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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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夜を越える香り

ラーメン……

考え始めたら、もうダメだった。


かおりは、夕暮れの空を見上げながら小さく息を吐く。


「……完全に、食べたい」


頭の中に浮かぶのは、湯気、香り、濃い色のスープ。

ここまで来たら、もう作る前提で考えている自分がいる。


「豚骨醤油……」


この世界に豚はいない。

でも――


「猪っぽいの、いるわよね」


肉は既に試している。なら、骨もいけるはずだ。


「骨を砕いて、じっくり煮込めば……」


香味野菜っぽい根菜も、ネギのような葉物もある。

油もある。醤油に似た発酵調味料もある。


「理屈は、通る」


決めた瞬間、もう動いていた。



「骨、分けてもらえますか?」


肉屋さんをしている人に声をかけると、不思議そうな顔をされた。


「骨?捨てるやつだが……」


「ください!」


即答だった。


しばらくして、ずっしりとした袋を受け取る。中には、太くて硬そうな骨。


「……うん。いい感じ」


完全に料理人の目だ。



次は倉庫。


「えーっと……寸胴鍋、寸胴鍋……」


棚を一つ一つ確認していく。


「……あった!」


埃をかぶってはいるが、形はしっかりしている。


「洗えば、全然使えるわね」


鍋を抱え、かおりは小さく笑った。


「揃った」


骨。鍋。時間。


「後は……覚悟だけ」



夜。


火を起こし、鍋に水を張る。

骨を入れ、強めの火で一気に沸かす。


「まずは下茹でね」


浮いてくる灰汁を取り、湯を捨てる。

もう一度、水。


「ここからが、本番」


香味野菜を刻み、鍋に放り込む。

ぐつぐつと、音が変わる。


次第に、空気が変わった。


「……来た」


重く、濃い香り。肉の旨味と、骨の匂い。


「これは……」


かおりは、鍋を覗き込み、静かに頷いた。


「明日、いける」


今夜は煮るだけ。焦らず、時間に任せる。


「ラーメンは、待つ料理だから」


そう呟き、火加減を落とす。

鍋から立ち上る湯気が、夜の空気に溶けていく。


それは、この世界ではまだ誰も知らない香り。だが、確実に――


「私の知ってる“あの味”に、近づいてる」


かおりは鍋を見守りながら、静かに夜を越える準備をした。



んー……もう朝?


かおりは、布団の中で小さく身じろぎした。

目を閉じたまま、ふぁっと大きく息を吐く。


「ふぁ〜……眠い……」


昨日は遅くまで鍋に付きっきりだった。

火加減を見て、灰汁を取って、香味野菜を足して。

気づけば深夜をとっくに回っていた。


「そりゃ眠いわよね……」


ゆっくりと体を起こした、その時だった。


――ざわ……ざわ……


「……ん?」


外から、いつもと違う気配がする。

人の声。それも、ひそひそではなく、はっきりとしたざわめき。


「……何だか、外が騒がしくない?」


窓に近づくと、確かに人影が多い。

村人が数人、家の前で立ち止まっている。


「……何かあったのかしら?」


慌てて上着を羽織り、外へ出る。


すると――


「……え?」


家の前に、人だかり。


「……人盛り?」


しかも。


「……リーナさんまで?」


かおりは思わず目を瞬かせた。


「ど、どうしたんですか?」


声をかけると、近くにいた人が一歩前に出る。


「かおりさんの家から……」


「嗅いだことの無い、すごくいい匂いがするって!」


「朝から、あちこちで話題になってまして……」


「それで、報告が上がって……」


リーナが、少しだけ困ったように笑って続ける。


「“異様に食欲をそそる香りが漂っている”と、何件もですね」


「……見に来ました」


「……えーー!!」


思わず声が裏返った。


「ま、まだ……完成してないです!」


「鍋、煮てただけで……!」


しかし、既に遅かった。


「この匂い……」


「腹が……鳴る……」


「朝飯前なのに……」


あちこちから、正直な反応が漏れる。

リーナは鼻をくん、と動かし、真剣な表情になる。


「……確かに、これは」


「……新しい“事件”の予感がしますね」


かおりは、内心で頭を抱えた。


しまった……香り、広がりすぎ……!)


鍋から立ち上る匂いは、どうやら夜のうちに――

いや、朝になって、完全に目覚めた村を捕まえてしまったらしい。


かおりの家の前は、いつの間にか。


「朝なのに、空腹を誘う現場」


と化していた。

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