触れられない向こう側
かおりは自室で、久しぶりに何も考えずにのんびりしていた。
以前なら、何となくスマホを取り出して、意味もなく画面を眺めていた時間だ。
ここには、当然そんな物は無い。
……いや。
有るには、有るんだけど。
そっと引き出しの奥から取り出したそれは、
もう電源も入らない、小さな四角い板。
前に撮った写メを、かおりは指でなぞる様に眺めていた。
◇
そこに写っているのは、見慣れた街並みと、何気ない日常。
私が、この建物ごと急に消えちゃって……
向こうの世界では、今どうなっているのだろう。
家族は?
友人は?
職場は?
突然、丸ごと消えたら――驚くどころの話じゃない。
神隠し。事故。
それとも、宇宙人に誘拐されたとか……?
……流石に、それはないか?
自分で考えておいて、少し苦笑する。
◇
けれど、答えはもう確かめようがない。
連絡も取れないし、戻る方法も分からない。
私は、もう……その続きを、かおりは口にしなかった。
◇
スマホをそっと戻し、ベッドに寝転ぶ。
天井を見上げながら、ふと考える。
ここで、他にできる事はないかな?
道具を作るだけじゃなく。
仕組みを考えるだけでもなく。
もっと、誰かの負担を減らせること。
気づかれない所で、流れを整えること。
それなら、まだ出来る。
そう思うと、不思議と胸が軽くなった。
◇
かおりは、静かに目を閉じる。
向こう側には戻れないかもしれない。
でも、ここには――
「今の私」が居る。
それだけで、十分だと。そう思える夜だった。
リーナは執務室で書類に目を通しながら、ふとかおりの事を思い出していた。
以前のかおりは、何か思いつけばすぐに口にし、形にするまでの勢いがあった。
それはそれで助けられる事も多かったし、
領地を前に進める原動力にもなっていた。
けれど――最近は、少し違う。
……前に出なくなった、というより。
一歩引いた場所から、全体を見ている。
自分で決めきらず、必ず誰かを交えて話をし、「どう思う?」と問いかける様になった。
◇
今回の物流の件もそうだった。
答えを押し付ける事はせず、可能性と懸念だけを並べて、判断を委ねてきた。
結果として、現場は混乱せず、ゆっくりと、だが確実に動き始めている。
……変わったわね。
リーナは小さく息をつく。
それは未熟になった訳でも、意欲を失った訳でもない。
むしろ逆だ。
「自分一人で出来る事には限界がある」
それを理解した人間の立ち振る舞い。
◇
かおりはもう、“異物”ではなくなっていた。
この領地の中で、この世界の流れの中で、
自然に呼吸をしている。
……頼れる、わね。
それは、一人の人間として。
リーナはそう評価し、机の上の書類に視線を戻した。
――今は、それでいい。
前に出る者が居て、支える者が居て、流れを整える者が居る。
その中に、かおりの居場所はもう、ちゃんと出来ていた。




