調整が仕事になる
朝の集積所は、以前よりも静かだった。
人が減ったわけではない。
声が消えたわけでもない。
ただ――慌ただしさが薄れた。
◇
「今日は少し早めに来ました」
そう言って籠を下ろした農家に、集積側の男が帳面を見ながら応じる。
「ああ、聞いてます。雨予報でしたからね」
「昼前にもう一度来る人もいる」
それは特別なやり取りではなかった。
確認でも、交渉でもない。
ただの“共有”だ。
◇
数日前までは、時間がズレるたびに小さな混乱があった。
待つ人。焦る人。
何となく居心地の悪い空気。
だが今は違う。
「今日は多そうだな」
「なら、こっちを先に受けよう」
そんな言葉が、自然に飛び交う。
◇
リーナとかおりは、少し離れた場所からその様子を見ていた。
「……変わりましたね」
かおりが言う。
「ええ」
リーナも頷く。
「“仕組み”そのものは、ほとんど変えていないのに」
◇
変わったのは、認識だった。
時間がズレること。量が前後すること。
天候で予定が崩れること。
それらを「問題」ではなく、「調整が必要な前提」として扱い始めている。
◇
集積所の責任者が、リーナの元へやって来た。
「領主様」
「少しご相談を」
「どうしました?」
「時間と量の確認をする人間を、決めたいと思いまして」
◇
リーナは、一瞬だけ目を瞬かせた。
「役目として、ですか?」
「はい」
男は少し照れくさそうに言う。
「今までは、誰かが何となくやっていました」
「でも、今は……それなりに大事な仕事だと思いまして」
◇
かおりは、その言葉を聞いて胸の奥が温かくなった。
「調整する人がいないと、回らない」
それを、現場の人間が自分で言っている。
◇
「農家側にも、一人立てましょうか」
別の者が口を挟む。
「まとめ役がいれば、連絡も早い」
「そうだな」
話は、すぐに形になり始めた。
◇
リーナは、かおりを見る。
「……予想していました?」
「いえ」
かおりは首を振った。
「でも、こうなるといいな、とは思ってました」
◇
道具を作っていた頃は、形があればよかった。
使いやすければ、広がった。
でも、仕組みは違う。形だけでは足りない。動かす“役割”が必要になる。
◇
その日の終わり。
帳面には、新しい項目が書き足された。
・時間調整担当
・量の事前連絡
・天候時の例外判断
それは、命令でも規則でもない。
「必要だから、そうする」
その積み重ねだった。
◇
「……仕事、増えましたね」
かおりが小さく言う。
「ええ」
リーナは笑った。
「でも、これは“負担”じゃない」
◇
調整が、仕事になる。
誰かの善意でも、我慢でもなく。
役割として存在することで、仕組みは静かに強くなっていく。
◇
かおりは、ふと空を見上げた。
道具を作らなくても、
魔法を使わなくても。
世界は、少しずつ変えられる。
そう、確かに感じていた。




