数字に出ない違和感
報告は、簡潔だった。
「農家の人たちは、概ね助かっているそうです」
かおりはそう切り出し、用意してきたメモを机に置いた。
「市場へ運ばなくていい」
「売れ残りを気にしなくていい」
「作ることに集中できる」
「表向きは、かなり好評です」
リーナは静かに頷いた。
「……“表向きは”、ですね」
「はい」
かおりも、その言葉を否定しなかった。
◇
「不満が出ているわけではありません」
「でも……」
かおりは言葉を選ぶ。
「皆さん、“様子を見ている”感じです」
「様子見?」
「はい。反対ではないけれど、完全に納得しているわけでもない」
リーナは、指先で机を軽く叩いた。
「理由は?」
「一番多かったのは……」
かおりは少し間を置いてから言った。
「売っている実感が薄れた、という声です」
◇
その瞬間、リーナの中で何かが噛み合った。
「……数字は、出ていますよね」
「はい。集荷量も、支払いも、想定通りです」
帳簿上、問題はない。むしろ効率は上がっている。
「でも」
リーナは、窓の外を見た。
「“感覚”が、追いついていない」
「そうです」
かおりは小さく頷く。
◇
「農家の方々は、これまで」
リーナは、言葉を整理するように続けた。
「作る」「運ぶ」「売る」
「この三つを、自分の手でやっていた」
「はい」
「それが今は、“売る”が見えない」
「ええ」
リーナは、息を吐いた。
「数字には出ない。でも……時間の使い方と、気持ちの置き場が変わっている」
◇
「不安、というほど強くはない」
「でも、“任せている”という感覚が、少し落ち着かない」
「……そういうことですね」
かおりは、農家の表情を思い出す。
楽になった、と笑いながら。
それでも、どこか探るような目。
◇
「これは、失敗ではありません」
リーナは、はっきり言った。
「むしろ、想定内です」
「想定内……ですか?」
「ええ」
リーナは、書類の端に小さく線を引いた。
「仕組みを変えれば、必ず“感覚のズレ”が生まれます」
「今回は、それが“売る実感”だっただけ」
◇
「問題は」
リーナは顔を上げ、かおりを見る。
「このズレを、放置するか、埋めるか」
かおりは、少しだけ表情を引き締めた。
「……埋める、ですよね」
「当然です」
リーナは微笑んだ。
「農家の方々は、不安を声にしていません」
「だからこそ、こちらが気づかなければならない」
◇
「方法は、いくつか考えられます」
リーナは、静かに言った。
「情報を返す」
「流れを見せる」
「成果を“見える形”にする」
「売っている実感を、別の形で取り戻してもらう」
かおりの目が、少しだけ輝いた。
「……なるほど」
◇
「次は」
リーナは、椅子から立ち上がる。
「“中間を作った責任”を、こちらが果たす段階ですね」
「仕組みを作ったら、終わりではない」
「その先まで、面倒を見る」
かおりは、深く頷いた。
「はい。私も、協力します」
◇
数字は、正しい。仕組みも、間違っていない。だからこそ。
“人の感覚”という、帳簿に書けない部分に、
リーナは最初の修正点を見つけたのだった。




