畑に残る安心、胸に残る戸惑い
朝の畑は、静かだった。
鍬の音と、土を踏みしめる音だけが響く。
以前なら、この時間はもう少し慌ただしかったはずだ。
「……楽になったな」
そう呟いたのは、年配の農家だった。
背を伸ばし、腰を叩きながら畑を見渡す。
「市場に持って行かなくていい」
「集め役が来てくれる」
それだけで、朝の段取りが随分と変わった。
◇
別の畑では、若い農家が籠を並べていた。
「今日は、ここまででいいか」
以前なら、売れるかどうか分からない量を抱えて市場へ向かっていた。
売れ残れば、そのまま持ち帰る。
だが今は違う。
「全部、引き取ってくれるって言われると……な」
肩の力が抜ける。収穫量を調整する余裕。
畑の手入れに使える時間。
「助かってるのは、間違いない」
それは、誰もが感じていた。
◇
けれど。
「……で、値はどうなるんだ?」
昼休憩の時、自然とそんな話題が出る。
「前と同じ、とは言われてるけど」
「直接売らない分、感覚がな」
市場でのやり取り。客の顔。売れ行き。
それらが、少し遠くなった。
「売れてるのかどうか、分かりにくい」
「そうそう」
不安というほどではない。
だが、完全な安心でもない。
◇
集め役の若者が来ると、空気は和らぐ。
「今日も助かります」
「いやいや」
受け渡しはスムーズだ。
帳面にもきちんと記録が残る。
「ちゃんとやってくれてる」
それは分かる。
「でもな……」
農家は、ふと畑を見た。
「俺たち、今まで“売る”とこまでやってたからな」
作って、運んで、売って。全部、自分の仕事だった。
「今は……半分、任せてる」
◇
夕方。
作業を終えた農家は、以前より早く家に戻れた。身体は楽だ。時間にも余裕がある。
「悪くない」
「むしろ、いい」
そう思いながらも、心の奥に残るものがある。
「これで、本当に大丈夫なんだろうか」
◇
夜。
家族と食卓を囲みながら、農家は笑った。
「今日は、早く帰れたな」
「お父さん、楽そう」
その言葉に、頷く。
「まあな」
畑に残る安心。生活の余裕。
けれど、胸に残る小さな戸惑い。
「慣れ、だよな」
そう自分に言い聞かせる。
この仕組みが、“当たり前”になるまで。
農家たちは、静かに様子を見ていた。




