小さな滞り
最初の変化は、とても些細なものだった。
市場へ向かう道の途中で、かおりは足を止める。
いつもなら朝のこの時間、野菜を積んだ手押し車が何台も行き交っている。
「……少ない?」
完全にいないわけではない。
ただ、数が減っている。
「今日は、収穫日じゃなかったっけ……」
首を傾げながら歩いていると、知った顔の農家が立ち話をしていた。
「おはようございます」
「ああ、かおりさん」
声をかけると、農家は少し困ったように笑った。
「今日は市場に出さないんですか?」
「出すには出すんだけどな……」
歯切れが悪い。
◇
話を聞くと、理由は単純だった。
「集め役が来るって聞いたからな」
「だったら、畑の作業を先にしようと思って」
なるほど、と思う。
物流の“仮の仕組み”。
農家が直接市場に出なくてもいいようにする試み。
「それで……集め役は?」
「昼前になるって話だ」
「……なるほど」
かおりは、心の中で小さく息を吐いた。
問題が起きている、というほどではない。
だが。
「市場は、朝が一番人が多いんですよね」
「ああ。昼を過ぎると一気に減る」
結果として、農家は楽になった。
だが、市場の活気は、少しだけ落ちた。
◇
別の場所でも、似た話を聞いた。
「今日は品数が少ないね」
「午後には来るらしいけど」
商人たちは文句を言うほどではない。
ただ、いつもと違う、という顔をしている。
「……時間、か」
かおりは、歩きながら考えた。
農家の都合。集め役の都合。市場の時間。
それぞれが、ほんの少しずつずれている。
◇
夕方。
今度は、集め役として動いている若者と話した。
「思ったより大変だな、これ」
「どう大変?」
「農家ごとに収穫時間が違う」
「畑も散らばってるし」
「全部回ると、市場に着く頃には昼過ぎだ」
それでも若者は、前向きだった。
「でも、農家の人は助かってる」
「俺も仕事になってる」
失敗ではない。むしろ、手応えはある。
ただ――
「流れが、まだ合ってない」
かおりは、そう感じた。
◇
夜。
かおりは、一人でノートを開いていた。
「朝市」「集荷時間」「農家の作業時間」
箇条書きで、静かに書き出す。これ、誰かが悪いわけじゃない。
むしろ、みんな善意で動いている。
「……だからこそ、調整が必要」
今はまだ、誰も困っていない。
だが、このままでは、「慣れない不便」が積み重なる。かおりは、ペンを止めた。
私は、口を出しすぎない。
それは決めている。でも、気づいたことは、渡せる。
リーナの顔が浮かぶ。
「……報告、かな」
問題提起ではない。抗議でもない。
「こういう“ズレ”がありました」
それだけでいい。
小さな滞り。小さな違和感。
けれどそれは、仕組みが“動き始めた証拠”でもあった。




