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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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仮に動かすという決断

リーナは、執務机の上に置かれた一枚の紙を見つめていた。


そこには、かおりが残していった簡素な言葉だけがある。


――集める

――分ける

――運ぶ

――売る


装飾も、結論もない。

あるのは「間」に目を向けろ、という視点だけ。


「……確かに、理屈は通っているのよね」


独り言のように呟き、リーナは椅子に深く腰掛けた。


農家は、育てるところから売るところまで、すべてを担っている。それが当たり前だっただが、それは「効率的」かと言われれば、違う。


「農作物を作ることに、専念できる環境……」


頭の中で、かおりの言葉が蘇る。



問題は、すぐに見えた。


「中間を設ければ、コストは上がる」


集める人。

運ぶ人。

まとめる人。


今まで存在しなかった役割を作るということは、必ず“余分”に見える部分が生まれる。


「……けれど」


リーナは、書類棚の一角に目をやった。

最近まとめられた報告書。

工具、農具、荷馬車。


「仕事は、確実に増えている」


領内の景気は、ゆっくりだが確実に上向いていた。

職を求める声はまだあるが、絶望的ではない。


「仕事が増えるということは、金が回るということ」


税収。

消費。

生活。


すべてが、少しずつ繋がっている。



リーナは、立ち上がり、窓の外を見た。


領地は、まだ小さい。だからこそ――


「他領で前例がない、か」


これは欠点でもあり、利点でもある。


失敗しても、広がりすぎない。

成功しても、すぐには真似されない。


「……一部だけ、なら」


かおりが言っていた言葉を思い出す。


――成功させようとしないでください。


リーナは、静かに頷いた。


「“改革”なんて、大袈裟な名前は付けない」



その日のうちに、リーナは数名を呼んだ。


市場を知る者。

運搬を請け負っている者。

農家と話せる者。


「正式な制度ではありません」


最初に、そう断った。


「試しに、です」


「仮で、です」


「合わなければ、やめます」


誰も反論しなかった。むしろ、戸惑いの方が近い。


「農家が、全部やらなくてもいい……と?」


「ええ。一部だけ」


「値は?」


「大きくは変えません。まずは“流れ”を見るだけです」


書類も、規則も、最低限。

責任の所在も、曖昧なまま。


それでも。


「……やってみる価値は、ありそうですね」


誰かが、そう言った。



夜。


リーナは、執務室に一人残った。


「かおり」


声に出して、名を呼ぶ。


「あなたは、正しかった」


だが、それ以上に。


「慎重でいてくれて、助かった」


いきなり完成形を持ち込まれていたら、

おそらく断っていただろう。


“仮に動かす”。


それは、領主として選べる、最も安全で、

そして最も勇気のいる判断だった。


「さて……」


小さな実験が、始まる。


誰も気づかないほど、静かに。

けれど確実に、領地の流れを変える一歩が。


踏み出された。

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