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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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手を動かさないという選択

かおりは、その日、工房に入らなかった。


木の匂いも、鉄を打つ音も聞こえる場所なのに、今日は不思議と足が向かなかった。


「今日は……作らない日ね」


自分に言い聞かせるように呟き、彼女は市場の方へ歩いた。



市場は、いつも通りの賑わいだった。


籠を抱えた農家。声を張り上げる人。

値段を交渉する人。


かおりは端の方に立ち、ただ眺める。


馬鈴薯のような芋。葉物。果実。


それぞれの前に、それぞれの人が立っている。


「……全部、個人」


誰かがまとめているわけではない。

仕分ける人も、運ぶ人も、売る人も、同じだ。


「効率が悪い……って言ったら、失礼よね」


みんな真剣だ。

自分の畑で、自分の作物を、自分の手で売っている。


誇りもあるだろう。責任もある。


でも。


「疲れてる」


それも、はっきり見えた。



かおりは、市場の裏手に回った。


売れ残った籠。途中で崩れた荷。

量が足りず、客を逃した人。


「これ、全部“作る”とは関係ないところで起きてる」


作物は、十分にある。技術も、少しずつ良くなっている。足りないのは、力じゃない。


「流れ、か」


道具を作れば、楽になる部分はある。

でも、それは点だ。


今、見えているのは線。

畑から市場までの線。

人の動きの線。


「……これを変えるのは、難しいわね」


かおりは思う。


ここに「仕組み」を置けば、誰かの自由を奪うかもしれない。仕事を奪うかもしれない。


善意でも、便利でも、やりすぎれば、壊れる。



工房へ戻る途中、例の紙を取り出した。


畑。市場。その間。


前に描いた歪な線を、今度は少しだけ整理する。


「運ぶ」「揃える」「分ける」「売る」


今は、全部一人。


「分けるだけでも、別になれば……」


かおりは、そこでペンを止めた。


「……いや、まだ」


思いついたからといって、すぐに動かない。

それは、ここ最近で学んだことだ。


リーナの顔が浮かぶ。

領主として、全体を見る目。


「これは、私が一人で決める話じゃない」


道具なら作れる。でも、流れは――

人の生活そのものだ。



その夜、かおりは何も作らなかった。


ただ、考えた。


作らないという選択。

動かないという判断。


「……これも、統治に近いのかもね」


技術を出さない。答えを出さない。

それでも、世界は回っている。

かおりは紙を畳み、引き出しにしまった。

いつか、必要になる時まで。


今はまだ、“考え続ける”という役目だけで十分だった。

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