落書きのような試案
工房へ戻る途中、かおりの頭の中には、さっきの会話が何度も浮かんでは消えていた。
話しかけてくれた農家の人。
確か、今育てているのは……。
「馬鈴薯、みたいなやつだったわよね」
この世界では別の名前で呼ばれているが、性質はほとんど同じだ。
地中で育ち、収穫量も多く、保存もある程度きく。そして、重い。
かおりは足を止め、少しだけ考え込む。
この領地では、農家の人たちが収穫から販売までを一通りやっている。
畑で採る。仕分ける。籠に詰める。運ぶ。
市場で並べる。
いわば直売形式だ。
無駄がないとも言えるし、自由でもある。
「でも……全部、だものね」
一人で、もしくは家族だけで。
作ることも、運ぶことも、売ることも。
道具で「運ぶ」は随分楽になった。
それでも、その前後――
揃える、数える、分ける、並べる。
そこは変わっていない。
工房に戻ると、かおりは作業台の端にあった紙を引き寄せた。きちんとした設計図ではない。裏紙だ。
炭で、思いつくままに線を引く。
畑。市場。その間。
「……この“間”ね」
農家が全てを抱えているから、当たり前になっているだけ。
でも、本当にそれしか方法はないのだろうか。
例えば――
収穫した作物を、一度まとめる場所。
そこで数量を揃え、状態を見て、分ける。
農家は“売る”ための準備を全部しなくていい。
「……卸、ってほどじゃないけど」
大げさな組織じゃない。
管理でも、支配でもない。
ただ、間に“場”があるだけ。
炭の線は歪で、文字も走り書きだ。
誰かに見せる前提ですらない。
それでも、かおりの頭の中では、さっきの声と繋がっていた。
「困ってはいないけど、楽になるなら」
それは、作業の一部を手放してもいい、という意味にも聞こえる。
「……まだ、作らない」
かおりは炭を置いた。道具の話ではない。
仕組みの話だ。
急げば、歪む。
善意で進めれば、また広がりすぎる。
今は、考えるだけでいい。
落書きのままでいい。
机の端に置かれたその紙を、かおりは畳まず、そのままにして工房を後にした。
この“間”をどうするか。
それが形になるかどうかは、まだ先の話だ。




