次の発想の芽
工房の隅で、かおりは久しぶりに何も作らずに座っていた。
手元には木片も、図面もない。ただ、静かに湯気の立つお茶を眺めている。
荷馬車の件は、もう自分の手を離れている。
職人たちが工程を回し、リーナが人を動かし、商人たちが外へと運んでいく。
それぞれが自分の役割を理解して、自然に流れができていた。
「……ちゃんと、回ってるわね」
思わず、そんな独り言が漏れる。
最初は本当に小さな道具からだった。
手に持つ農具、運ぶための籠。
それが、今では領内の流通を支える荷馬車にまで広がっている。
――でも。
かおりは、工房の外を行き交う人々を眺めながら、ふと気づく。
「運ぶのは、楽になった」
人も、物も、確実に以前より楽になっている。それは間違いない。
けれど――
「運んだ“あと”は?」
市場での積み下ろし。
倉庫での保管。
数を数え、傷みを確認し、振り分ける作業。
そこには、まだ人の手が必要だった。
今までと同じように、屈んで、持ち上げて、積み直している。
「別に、不満が出てるわけじゃないけど……」
声に出さず、胸の中で考える。
今すぐ困っているわけではない。
だからこそ、誰も「変えよう」とは思っていない。
でも――
かおりの中では、何かが引っかかっていた。
道具は「困ってから」作るものじゃない。
「慣れてしまう前」に、少しだけ楽にするものだ。
「……次は、動きじゃなくて、流れかな」
はっきりした形は、まだない。
図面も、材料も、思い浮かんでいない。
ただ、
“運ぶ”から“置く”へ、
“移動”から“整理”へ――
視点をずらす感覚だけが、芽のように残っていた。
かおりは立ち上がり、工房を軽く見渡す。
今は、まだ何もしない。
無理に作らなくていい。
この領地は、ちゃんと回っている。
だからこそ、次は――「急がない発想」でいい。
そう心の中で区切りをつけて、かおりはまた静かに腰を下ろした。
芽は、まだ小さい。でも確かに、そこにあった。




