次に動かすもの
かおりは、作業場の隅で腕を組み、少しだけ遠くを見ていた。
頭の中に浮かんでいるのは、これまで作ってきた道具とは比べものにならない存在だ。
「……次は、これよね」
馬や牛が引く、荷馬車。
人の手で押す、引く。そこから一段、規模が上がる。これまで作ってきた運搬道具の延長線上ではある。
だが、大きさも、重量も、かかる力もまるで違う。
「今までで、一番大きいわ」
それだけで、簡単ではないと分かる。
◇
作り始める決断は、早かった。
躊躇はしない。ただし、楽観もしない。
「これは……時間が掛かる」
材料の量。加工の手間。そして、試作と改良。どれを取っても、今までの比ではない。
「焦らない事が大事ね」
かおりは、そう自分に言い聞かせた。
◇
まず手を付けたのは、足回りだった。
「ここが全部を支える」
車輪。車軸。地面との接点。
少しでも弱ければ、全体が台無しになる。
「頑丈で、シンプル」
口に出すのは簡単だ。だが、実際に形にするとなると、話は別だ。
「強くしすぎると、重くなる」
「軽くすると、耐久が落ちる」
その間で、答えを探す。
◇
木材の選定から始まる。硬すぎると割れやすい。柔らかすぎると歪む。
「……これね」
何度も触り、叩き、目で確かめる。
鍛冶士と話し合い、金具の形も最小限に抑える。補強は必要だが、増やしすぎない。
「壊れた時に、直せる事も大事」
ここが、重要だった。
特別な技術がなければ直せない物は、使い続けられない。
◇
試作の車輪が、地面に置かれる。
ごろり、と転がす。
「……悪くない」
だが、満足はしない。
「まだ、足りない」
段差。石。ぬかるみ。
想定できる地形を、一つ一つ思い浮かべる。
「ここを越えられないと意味がない」
◇
かおりは、深く息を吸った。
「大丈夫。今までやってきた事の、延長よ」
無理な事はしていない。魔法も、奇抜な発想も使っていない。必要なのは、手間と時間と、確認。
「じっくり、やろう」
周囲の職人たちも、その空気を感じ取っていた。
「今回は、時間掛かりそうだな」
「だが、やりがいはある」
誰も、急かさない。
◇
こうして。
領地で最も大きな道具になるであろう、荷馬車の試作が始まった。それは、ただ物を運ぶための物ではない。
この領地が、さらに外へと繋がるための――
大きな、一歩だった。




