回り始めた歯車
一度、流れが出来てしまうと。
後は、驚くほど自然に回り始める。
かおりは、その様子を少し不思議な気持ちで眺めていた。
◇
新しい運搬道具の実験は、数日かけて行われた。
手押し車。手引き車。
最初は、ほんの小さな違和感から始まる。
「ここ、少し持ちにくい」
「段差で引っかかるな」
「重心が前に寄りすぎかも」
使う人が違えば、出てくる声も違う。
若い男性。女性。年配の作業者。
その全てを拾い上げ、職人たちは黙々と手を動かした。
削る。補強する。角度を変える。
大きな変更は少ない。
だが、小さな修正が積み重なっていく。
そして――
「これだな」
誰かがそう言った時、全員が頷いた。
最終の型。
◇
そこからは、早かった。
量産化の指示が出ると、木工師と鍛冶士が一斉に動き出す。
補佐として集められた人員も、手際よく配置される。
材料の運搬。組み立て補助。仕上げ確認。
誰が何をすればいいか、もう説明はいらなかった。
「前と同じ流れだな」
「覚えてるぞ」
成功体験は、確実に残っていた。
◇
完成した道具は、あっという間に領内へと広がっていった。
畑で。倉庫で。建築現場で。
「楽だな、これ」
「腰が全然違う」
「一人で運べる量が増えた」
使い手の表情が、はっきりと変わる。
そして同時に。
「前の道具、持ってきたぞ」
今まで使われていた運搬道具が、次々と回収されていった。
◇
回収された道具は、捨てられない。
リーナの指示で、再び職人の元へ運ばれる。
「ここを直せば、まだ使える」
「強度を上げて、形を変えよう」
領内向けではない。領外向けだ。
改造され、整えられた道具は、外から来た商人たちの手に渡る。
「前より、ずっと使いやすいな」
「これなら、また欲しくなる」
そんな声が増え始めた。
◇
気が付けば。
領内向けの製造と、領外向けの製造。
二つの流れが、同時に動いていた。
「忙しくなったな」
「でも、いい忙しさだ」
職人たちの顔に、疲労と同時に充実が浮かぶ。
リーナが補佐を募集したタイミングは、まさに最適だった。
人が足りない、という事態にはならなかった。
◇
仕事が増えれば、次に繋がる。
領境で保護されていた人々にも、少しずつ声が掛かるようになった。
「手伝ってみないか」
「簡単な作業からでいい」
いきなり重い責任は渡さない。まずは、関われる場所を作る。
「……やってみます」
そう答える声が、少しずつ増えていく。
◇
急激ではない。劇的でもない。
だが、確かに。ゆっくりと、少しずつ。
この領地は、回り始めていた。
かおりは、その流れの中に立ち、静かに息をつく。
「……よかった」
無理に引っ張らなくてもいい。押し付けなくてもいい。
一度整えた歯車は、自分たちの力で回っていく。
その事実が、何より嬉しかった。
静かに、確実に。
この場所は、前へ進んでいる。




