第10話 獣の試練
ダンジョンの入口から少し離れた場所へ魔法陣を設置した。これは、ダンジョンの機能を発現させるために必要なものだ。大きさは直径10メートルであり、設置した魔法陣は決して壊れることはない。試しにグレンさんたちに全力で攻撃してもらったが、一切の傷をつけることも叶わなかった。
準備を整えたところで、俺は兎抱えていた兎をそっと地面へと降ろした。俺は今からこの兎に酷いことをしようとしている。これは地球でも行われていた云わば人間のエゴだ。しかし、それでも俺は実施しなければならない。こればかりは初っ端から人で試すわけにはいかなかった。
「本当にごめん」
生け捕りにした兎をひと撫でする。兎は何のことかわからないような顔をしており、俺の手の匂いをスンスンと嗅いでいた。そんな純粋無垢な兎を俺は『肉の塔』改め『獣の試練』の中へと放り込んだ。案の定、数十秒後には「コケェ!」という鳴き声と同時に甲高い叫び声が轟いた。間違いなくダンジョン内で兎は魔物に殺されたのだろう。
それから数十秒後、設置していた魔法陣が光りその中に一つのシルエットが現れた。それを見た瞬間、俺はホッ安堵の息を吐いた。どうやらダンジョンの恩恵は問題なく機能しているようだ。
正のエネルギーを使用して得た唯一の恩恵、それはダンジョン内で死んでも復活することが出来るという、摩訶不思議な機能だ。効果は今見た通り、先ほどダンジョン内で息絶えたはずの兎が怪我一つのない状態で現れていた。何が起こったのか理解していない兎はずっとキョロキョロと辺りを窺っていた。そんな兎に向かってスッと手を差し伸べるも、先ほどとは違って怯えており、その手から逃げるように森の中へと姿を消した。
「やはり説明通りか」
伸ばしたままの手を引っ込めると、この復活の恩恵の説明を思い返した。
【復活の恩恵】
正のエネルギーを使用、ダンジョン内で死んだ者は、魔法陣を設置することで復活することが出来る。ただし、死ぬまでに受けた痛みは暫く残る。また、この恩恵は1人につき1週間に1回しか受け取ることが出来ない。尚、復活の際に身に着けている服も再生されるが、鞄などの付属品はそのままダンジョン内に残る。
つまり、肉体的には死にはしないがそれだけ。痛みが消えるなんて都合のいいことがあるわけでもなく、場合によっては精神的ダメージにより再起不能になる恐れもある。それに、復活制限もあるため特攻を仕掛けるわけにもいかない。だがそれでも、何もないよりは確実にマシなのには間違いない。
さて、ダンジョン内で死ぬことはないことが確認できたし、今後の為にも早速探索することにしよう。
1階層は昨日も戦った白い悪魔『コカトリオ』だけしかいなかった。奴は嘴を突き出してま直ぐに突進してくるのみ。動きは素早いものの、その軌道は単純であるため避けるのは容易であり、カウンターも容易い。左程苦労することもなく、簡単に地下へと続く階段を発見することが出来た。
2階層へ降りると、次に待ち受けていたのは『ファイアフロッグ』という2メートルを超える巨大なカエルの魔物だ。近距離ではその舌を鞭のように使って攻撃し、遠距離では火の玉を吐き出してきた。その速度は時速150㎞程の速度である。しかし、どちらも口を開けてから1秒ほどのタイムラグがあり、火の玉に関しては真っ直ぐにしか飛ばないためこれも回避は容易であった。舌の動きは単調ではないため、倒すのであれば遠距離攻撃の方が安全だろう。俺は伸剣を取り出すと、ファイアフロッグを掃討していった。
3階層は『アイスフロッグ』、4階層は『ウィンドフロッグ』、5階層は『サンダーフロッグ』と、カエル型魔物のオンパレードであった。実際に食べたことはないが、カエルの肉は鶏肉みたいで美味しいと言われている。日本では、その見た目から一般的に受け入れられなかったが貧困な国では見た目なんかに拘る人間はいなかった。そのため、裕福とは言えないこの世界でもカエルだろうが美味しければ問題なく受け入れられるだろう。
6階層からは猪型の魔物ゾーンであった。まず最初に額に1本の角が付いた『ホーンボア』、7階層は左右に角が付いた『ダブルホーンボア』、8階層は額と左右の軽3つの角を持つ『トライデントボア』だ。基本的な攻撃は直進の突撃だ。しかし、今までと違いその巨体から繰り出される踏み込みにより微細に地面が揺れるため足をとられる恐れあった。それに加えて、額の角からは電撃たれ、左右の角からは火炎放射が放たれた。どちらも射程は10メートルといったところだ。その電撃を浴びると、死に至ることはないが麻痺が付与されるため突進の餌食となる。また、火炎放射では放たれる速度こそ早くはないが、左右の逃げ道を火の海で塞がれ、そのままではこれまた突進の餌食となる恐れがある。電撃は絶縁体の盾で防ぎ、火炎放射に関しては上に逃げるか、火傷を恐れず火の海を突破、又は射程外に逃げるしかない。この魔物を倒すには、遠距離からの電撃や火炎放射の射程外から狙撃が無難だろう。しかし、遠距離攻撃を持たない者でも、難易度は上がるが攻略は可能だ。電撃も火炎放射も前方120度までしか攻撃は及ばない。つまり、後ろや側面に回り込んでの攻撃か、もっと簡単なのは背に飛び乗って直接攻撃することだ。
9階層へ降りると、今までとは違い可愛い姿をした兎型の魔物『ラビマジロ』だった。しかし、その可愛い外見に騙されると痛い目に合う。その兎は、後ろ足で地面を蹴ると同時に玉の様に体を丸くして、地面・壁・天井を縦横無尽に跳ね回る。そして、跳ね回っている間は硬化魔法によりその体は石のように固く、攻撃と防御の両方を兼ね備えていた。攻略法としては、相手に気づかれる前に遠距離で倒すか、固い石でも両断できるような武器で倒すか、強力な網のようなものでその動きを止めるしかない。
9階層まで順調に追う略した俺は、ようやく10階層へと降り立った。10階層は今までの階層とは違い、迷路みたいにはなっておらず、石で出来たの遺跡のような空間が広がっていた。いつどのような魔物が襲ってくるか分からないため、慎重に足をすすめるものの、一向に魔物に出会う気配がない。そうして歩くこと数十分、目の前に闘技場のような開けた場所が現れた。そして、ついにこの階層に降り立って初めての魔物と出会うことが出来た。
鉄でできた十字の鈍器を両手に持ち、仁王立ちでこちらを見据える2メートル級の人型魔物。その頭には立派な2本の角を持つそれは、鼻息が荒く、今にも涎をこぼしそうだ。俺のことを食料か何かだと思っているのかもしれない。
「ンモォォッォォォ‼」
牛の頭を持つそれは、物語に出てくるミノタウロスといったところであろうか。まだ10階層であるため、極端な強さではないであろうが、油断せずに愛剣のデアグニス・グラディウスを構える。
ミノタウロスは、武器を持ったまま両手を地面につけて四つん這いのような体制をとった。顔だけは正面を向きその顔は遠目からでもわかるように笑っていた。
「おっと!」
両足の筋肉が一気に膨れ上がるのを見た瞬間、俺は咄嗟に横に回避した。すると、100mは離れていたにも関わらず、弾丸の様にミノタウロスが真横を通過していった。そして、そのまま石の壁に突き刺さりその動きを止める。あんな分厚い石に角が突き刺さるということは、生身の体ではひとたまりもないだろう。
「ンモォォォ!」
石から角を引っこ抜いたミノタウロスは、一撃で仕留められなかったのがよほど悔しかったのか地団太を踏むと、両手の武器を振り回し近場の石を破壊して此方へ向かって石の礫を飛ばしてきた。焦ることなく目の前に土の壁を作り出す。たかが石ごときではこの壁を破壊することはできない。しかし、何か嫌な予感がして咄嗟に身をかがめる。わずかな時間差で土の壁が崩れると、鉄の塊が姿を現し頭の上を通り過ぎていく。そして、そのまま旋回すると再び頭の上を通り、ミノタウロスのもとへと戻っていった。ブーメランみたいのようなものだろうか。その攻撃を避けたのを見て、他に手段がないと思ったのだろう。再び笑みを浮かべると、俺に向かって再び鉄の塊を投げてきた。つぎは1つだけではなく、時間差でもう一つ投げてきている。
別に避けれないことはないが、ミノタウロスの笑みがなんだか気に食わないため愛剣に魔力を通しその能力を解放する。一瞬で高温に達した愛剣は、目の前に迫っていた鉄の塊を思い描いたとおりに両断した。
真っ二つにされた鉄の塊は、そのまま遠方に飛んでいき、そのまま壁に突き刺さった。これで、ミノタウロスの武器は無くなった。その顔は真っ赤に染まっており、完全に憤慨していた。
その後、武器を失ったミノタウロスは周りにある石の塊を武器代わりにしたが、あの鉄の塊よりも脆い武器でやられるはずもない。それから俺は敢えて積極的な攻撃はせず、逃げに徹した。そうして相手の手札や攻撃パターンを記憶していく。しかし、特に目新しいものはなかった。
「ここまでか」
「モォォォォ!」
もうこれ以上の攻撃パターンは無いと思った俺は、相手が跳躍しようとしているのを見て目の前に剣を置いた。そして、そこにそのまま突っ込んだミノタウロスは真っ二つになり俺の両脇をすり抜けていった。
「弱点は知能が低いことと、空中では方向転換できないこと、後は本人自体は鉄よりも脆い所かな」
ミノタウロスが倒れると、最初に奴がいた場所に下へと続く階層が現れた。どうやらこの階層は魔物を倒さなければ次の階層への階段は現れないらしい。案の定、そのまま待機していると30分程度で新たなミノタウロスが現れた。ご丁寧に次へと続く階段は閉じられている。すぐさまミノタウロスを倒すと、また直ぐに階段が出現した。そして、その横には青く光る魔法陣が存在していた。どうやら一瞬で地上へ戻るための移動装置らしい。
「うん、体力も魔力もまだまだ余力があるな」
左程疲れてもいない俺は、その魔法陣をスルーして更なる階層へと足を踏み入れた。
お読み頂きありがとうございます。ミノタウロスの味はいかに!!




