第1話 商人への道
目が覚めるとそこは見慣れぬ天井だった。……だってキッチンで寝るなんて普段しないからな。
「あら、ソウサクくんおはよう」
「おはようございます」
あの後、魚をあげた時のマルナさんのテンションの上げっぷりといったらそれはもう凄かった。
魚をどのように料理したらいいのか教えてほしいと頼られれば男として断わるわけにはいかない。別にマルナさんに涙目で見つめられて断れなかったわけではない。
それからキッチンに移動し、2人きりで料理作りに明け暮れた。基本的にマルナさんが調理、俺が味見係という分担だったが。
最初に俺が刺身、焼き魚、煮魚、つみれ、あら汁な多岐にわたる基本的な調理法を伝授すると、後は試行錯誤の繰り返しだった。お陰で俺のお腹は破裂寸前で、もう一歩も動けずに撃沈したというわけだ。
それにしても、料理の皿が増えているが気のせいだろうか? というかマルナさんは寝たのか?
「もう少ししたら朝ごはんが出来るけどもちろん食べるよね?」
……うっぷ。
「い、今から用事があるのでまた夜にもらいますね。ごめんなさい!」
急いでマルナさんにお断りを入れて扉から出る。
「あら、残念。仕方がないからソウサクくんの分もグレンさん達に食べてもらおうかしら……」
最後に聞こえた声はきっと気のせいだろう。合唱、頑張れグレンさん。
「ソウにぃー!」
廊下にでると白虎の着ぐるみを着たネスが声をかけてきた。因みにネスは虎シリーズの着ぐるみを7着持っている……全部俺が作ったものだが。着ぐるみが似合うネスが悪い。
あの日から大分時間が経過し今では屈託のない笑顔が見られるようになった。ネスも魔物の被害を受けた一人ではあるが、商人を目指すならば感情よりも損得勘定で考えられるようになるはずだから大丈夫だと信じたい。
「みてみて、この本全部終わったよ!」
「ほう、見せてごらん」
ネスが手渡してきた本、これは高校3年生レベルの数学の問題集だ。
彼女は商人になりたいと言っていたから、小学校から高校までの算数と数学の問題集を作って手渡していたのだ。商人になるためには計算はまず絶対必要になるだろう。言わばこれは商人になるための基礎作りだ。……商人の知識がないからこれ以外どうしようもないというのが本音だが。
それにしてもこれは凄い。
「全問正解だ。この短期間でよく頑張ったな」
「えへへー、早く一人前の商人になってうちも皆の役に立ちたいからね」
家族と仲間、そして故郷をを一度に無くしたネスにとってこの国は第2の故郷であり、皆は第2の家族だ。一度失っているからこそ、彼女はそれの大切さを誰よりも知っている。今度こそ自分の出来ることで皆を守っていきたいのだろう。
そんなネスには本当に申し訳ないと思っている。俺が商人のことを分からないせいで遠回りさせてしまって。正直高校生の数学とか最早商人関係ないかもとはとてもじゃないけど言えない。
「ねー、次はうち何をすればええ?」
「そうだな……」
次か。他に商人について詳しい人がいればいいのだが残念ながら誰もいないため俺が考えるしかない。
俺の考えでは物価を知らなければ商人としてはやっていくことはできないだろう。国によって物価というものは他の国とは全然違うし、他の国に赴いてその国の物価を知っていかなければならない。また、なぜ国々によって物価が違うのかも考えてもらう必要がある。でもこれは今すぐに知ることはできない。であるならば、もう一つ必要な能力といえば交渉力だろう。
交渉力といっても、金と力に物をいわして上下関係の様な形で取引するというのは自分でいうのもあれだけれどもあまり好きではない。ネスには出来るだけ双方が納得のいくWinWInの関係で成り立つ商人を目指してもらいたい。
「よし、ネスの新たな課題はこれだ」
「これが新しい課題?」
一枚の文書を作り出しネスに手渡す。
『交渉してみよう:その1』
・マルナとの交渉:料理1日禁止
・マリとの交渉:おやつ1日禁止
「むむ、これはまた難しそうやね……」
「マルナさんもマリもそれぞれ納得して、寧ろ喜んで禁止にする位でないといけないぞ」
マルナさんにとっての料理、マリにとってのおやつ。それぞれ自分の家族と仲間の次位に無くてはならないものだ。自分から止めさせるのは至難の業だろう。もちろんネスが達成できるとは考えていない。俺でもこの二人に止めさせることはできないだろう。だからこそ頭を使ういい機会になる。是非ともこれを機に柔軟な考え方が出来る能力を身に着けてもらいたい。
「そうだな、期限は1週間。それまでに達成出来たらご褒美としてネス専用の大容量の鞄をプレゼントしてあげよう」
「それ本当!? やっぱやめたとか無しやで? ソウにぃ絶対約束守ってや!」
「お、おう」
ツインテールが喜びに合わせてピコピコと上下に動いている。そこまで収納鞄が欲しかったのか。まあ、確かに商人からしたら何でも大量に入る鞄というのは喉から手が出るほど欲しいものだろう。これで少しでもやる気を出してくれたらと思っただけなんだが、こうなると罪悪感で胸が痛む。絶対に不可能に近い課題だ。当然景品を手に入れることは無理だろう。でもここまでの喜びようを見ていると……。
「よーし、ソウにぃ! うち絶対にこの課題達成して見せるからね!」
「うん。ネスの成長に期待しているよ」
これは残念賞として鞄をあげるべきだろうか?
ネスに課題を渡して4日後、俺はどうせ達成は無理だと確信していたため、その内容はあたまの片隅に追いやられていた。
「ほーら、マリ。今日のおやつはクレープだ」
「今日は要らないからおにいちゃんが食べていいよ」
「え……」
「マルナさん、今日は晩御飯何にするんですか?」
「あら、今日は私は料理しないわよ」
「えっ、じゃあ今日の皆の晩御飯は……」
「ふふふ」
いやいやいやいや。どういうことだ? 2人の様子がおかしい。何あったのか? もしかして何か病気にかかったりしたのでは!?
「ソウにぃー!」
「おお、ネスか。ちょうど良かった。マリとマルナさんの様子がおかしいんだけど何か知らないか? なにか辛そうにしているとか、咳が止まらなかったり。2人とも俺の目の前では体調が悪くても隠していそうだから——」
「いや、何言ってるのソウにぃ。まさか課題のこと忘れたの?」
カダイ……? 何のことだっけ? ネスをみると心なしか、ツインテールが垂れ下がり萎れているような気がする。
これは早く思い出さないとやばい。えーと、えーっと……。
カダイ、かだい、課題……あっ。
「も、もちろん忘れていないぞ。よく4日目にして課題を達成したな」
「へへ。約束忘れていないよね」
「ああ、だけどちょっとネスように装飾にこだわっているから後1日だけ待っていてくれ」
「うん、わかった!」
ふぅ。良かった、元気を取り戻したようだ。
まさか4日で課題を達成できるとは。こんなに早いとは思ってなかったから選択肢に無かったというか。 だから鞄なんてまだ用意していないし……。
しかし、どうやってあの2人の課題を達成したんだろうか。
お読みいただきありがとうございます。
今章からは、様々な人物にスポットライトを当てていきたいと思っておりますので宜しくお願い致します。




