第16話 この世界に来た理由
心臓の鼓動が早まる。シンと静まった空間の中では、こんな僅かな音さえよく響いてうるさい。
手汗が止まらず、喉がカラカラになりうまく言葉を発せない。
帰ったら話さないといけないことは分かっていた。そして今まさに言おうと思っていた。だが、まさかマルナさんの方から声を掛けられるのは予想外だ。マリの方を見ると、俺と同じく驚いて固まってしまっている。
「ふふ、何年マリを育ててきたと思ってるの? それに、ソウサクくんと一緒に長い間暮らしてきたのよ?
あなたたちが何か隠し事をしているのは帰ってきてからすぐに分かったわ。そして、恐らくそれが夫——ダリンに関係しているということもね」
「なっ」
落ち着け、落ち着くんだ。
息を全部吐き出し、呼吸を整える。マルナさんが予測がついているのに自分から話題をふったということは、恐らく聞く覚悟が決まっているにちがいない。そして、俺たちが気を使わないように配慮してくれているのだろう。
やれやれ、マルナさんにはこれからも頭が上がらないな。今の彼女ならこの辛い現実を必ず乗り越えることが出来るだろう。
「はい、マルナさんの言う通りです。少し長くなるのでお茶でも飲みながら話をしましょうか」
「もう、何がいい人がいれば遠慮するな……よ」
話を聞き終えたマルナさんはため息吐きつつさっぱりとした顔をしている。その目じりは薄っすら涙で滲んでいるが、以前みたいに絶望に打ちのめされている様子もなさそうだ。
「二人とも話してくれて、そしてダリンを救ってくれてありがとう」
「おかーさんっ」
会話の途中から涙声になっていたマリとマルナさんが抱き合う。暫く二人きりで話したいこともあるだろう。そっと扉を開けて俺はその場を後にした。
城の最上階にあるこの庭に久々に足を運んだが中々居心地が良い。
ベンチに腰掛けて感じることができる生暖かい風が気持ちいい。色鮮やかで香り豊かな花に囲まれて、だったらなお良かったのだけれども。
「ふふ、ここはいい場所でしょ? 私のお気に入りの場所なの」
背後から現れたマルナさんが俺の隣に腰掛ける。その目にはもう涙の跡が見当たらない。
「ええ、いい場所ですね。ただ、僕が知ってる庭とは少し変わっていましたが」
「あははー、近くに畑が欲しくて……許して?」
マルナさんが座ったまま身を乗り出し、上目遣いで俺を見つめる。
悔しいが可愛い。例え前まであった花壇が全て畑に変わり野菜だらけになっていたとしても怒れるわけがない!
「さて、冗談はこの位にしてっと。今回は本当にありがとう。そしてソウサクくんに辛い思いをさせてごめんなさい」
「そんな、僕はっ」
急に体が傾き、柔らかくて良い匂いのするものに顔が包まれた。
な、な、な……。
「マルナさんっ!!」
「なあに? ソウサクくん」
「いやっ、あのっ、そのっ」
「ふふ、可愛い」
いつの間にか膝枕の状態で何度も何度も頭を撫でられる。
これは思ったよりも気持ちい——じゃなくて恥ずかしすぎる。
「疲れているでしょ? ここは私以外だれも見ていないわ。偶にはゆっくり休んだらどうかしら」
「…………っ」
確かにひと撫でされるごとに疲れが抜けていくような気がする。それに何だか眠気が……。
「おやすみなさい、ソウサクくん」
ここで寝たら負けのような……起きないと……おき……ぐぅ……。
————創作さん、どうか私の子供たちを救ってください。
待ってくれ、俺には人を救う力なんてない。
————いえ、あなたなら必ずやり遂げてくれるはずです。
だからちょっと待ってくれって!
————もう、もう時間がないんです。このままでは私の子供たちは皆不幸に見舞われてしまい、世界が崩壊していしまいます。
おい、泣くなよ。泣かないでくれよ。俺の前で悲しい顔をしないでくれよ。分かった、分かったから。とりあえず話を聞かしてくれ。
————私は女神ルーナです。私の管理する世界が悪意で満ち溢れているのです。私の子供たちの絶望や怨嗟がこの世界を崩壊に導いているのです。
女神なら自分で何とか出来ないのか?
————私の力の源は人々の幸福なのです。しかし、どの世界も悪意だらけでもう幸福を感じている人が殆どいないのです。とある世界ですべての世界の悪意を浄化する装置を設置しましたが、あまりにも悪意が多すぎて装置がバグを起こし、逆にその世界の人々を不幸に貶めるようになってしまったのです。全て私のせいです。私の————。
落ち着けって! で、どうすればいいんだ? 俺に何を求めているんだ。
————私の残りの力を全てあなたに託します。それで、世界を少しでも幸福に導いてください。そうすれば私の力も多少は回復します。願わくば、バグの起こった装置をあなたの者にして正しく作動するようにしてもらいたいのです。か、勝手なお願いだとは分かっているんです。でも、輪廻転生するこの世界では私の子供たちは永遠に不幸な人生を繰り返さなくてはならなくなるのです。世界が崩壊するその日までっ……。
輪廻転生……? ということは彼女たちも今後もあんな理不尽な思いをしなくてはいけないのか? そんなことは絶対に許せない。それに、目の前で女の子が泣いているにもかかわらず手をさし伸ばさなかったとなったら彼女たちと再び会えた時に合わせる顔がない。
だが、正直今の俺では自信がそこまで持てない。残りの女神の力で俺が自信をもって進めるように何とかしてくれ。
————あり、ありがとうございます。本当にありがとうございます。どうか、どうか私の子供たちを頼みます。そして忘れないでください。創作さんも私の大切な子供です。あなた自身もどうか幸せになってください。身勝手な、何の役にも立たない女神でごめんなさい。創作さんのことを信じています……。
「あら、ソウサクくんおはよう。よく眠れたかしら?」
目を覚ますと、マルナさんの明るい声が降ってきた。
目を覚ましても前の時とは違い夢の内容を鮮明に覚えている。いや、夢なんかではない。きっとあれは俺がこの世界に来る前……。
「そ、それでね、ソウサクくん。すっかり聞き忘れていたんだけどお魚、お魚はちゃんと持って帰ってきてくれたよね? ね?」
「思い出した……そうだった。そうだ、俺は!」
「えっ、忘れていたの!?」
それは俺が今までで聞いてきた中で一番悲痛な叫び声だった。
お読み頂きありがとうございます。
これにて第4章は終了になります。また、次の章でお会い致しましょう!!




