第14話 魔物とは
「マリ……」
「大丈夫だよ、おにいちゃん」
暫くダリンさんのいた場所を眺めていたマリに声をかけると、思ったよりも晴れ晴れとした笑顔をしていた。ダリンさんを最初に失ったころに比べて精神的に大人になったものだ。
「おかーさんには伝えないとね」
「そうだな」
マルナさんにとっては辛い報告になるにちがいない。折角自然に笑顔が出るようになったのに、今回の話によってまた悲しい日々を送る可能性も……いや、前と違ってマルナさんの周りには支えてくれる人が沢山いるし、マルナさん自身も支えなければならない子供たちがいる。今の彼女ならきっと乗り越えることができるだろう。
「それにしても、この部屋少し明るくなったね」
「あのオブジェの影響かな?」
先程まで黒く濁っていたオブジェがダリンさん消滅後には青く透き通り、部屋の中を明るく照らしている。あれだけあった嫌な感じもすでにこの場にはない。
新たな変化がないかと考えて、オブジェに触れてみるとひんやりとしていて冷たかった。気のせいか、先ほどよりも輝きが増してきているような……。
『管理者が消滅したため、旁宗作に全権限を移譲します』
「——!?」
びっくりした。まさかオブジェの中から声が聞こえるとは。しかし、管理者だの権限移譲だのどういうことだ?
『権限移譲により、システムを初期化します』
「ねえ、おにいちゃん。なんか嫌な予感がするんだけど……」
「ああ、俺も同じように思っていた」
遠くの方でゴゴゴと何かが崩壊していく音が聞こえる。次第に音が近づいてきており、揺れも感じるようになった。これはヤバイ。
咄嗟に右手でマリの手をつかむ。
「マリ、手を離すなよ」
「う、うん」
『初期化完了しました。これより、全空間が消滅します。衝撃に備えてください』
「きゃぁぁぁ」
「うぉぉぉぉ」
オブジェから発せられた眩い閃光により視界が埋め尽くされ思わず目を閉じる。同時に大地を揺るがすような大きな振動に襲われ立つことも儘ならない。
いつまでそうしていただろうか、気が付いたら揺れが収まっていた。恐る恐る目を開くと、そこはあの場所に行く前にいた森の中だった。横に目を向けると、ちょうどマリもこちらを向いたところで目が合った。
「もどってきたな」
「もどってきたね」
長かった。ようやく戻ってこれた。
本当に疲れた……。
大きなため息をつき、地面に寝転がる。
「マリ、少し休憩してもいいか」
「うん、私も疲れたしね」
マリの許可も得たし、少し体を休めよう。
日光に照らされポカポカしているし、風も心地よい。
これだけ気持ちいいなら少しくらいは寝ても仕方ないよな……。
おや……すみ…………。
「んっ」
「んん?」
至近距離に何か気配を感じ、目を開ける。
「あれ? マリ、おはよう」
「ふぁ、お、おにちゃん、おひゃみょう!」
目の前にはマリの顔があり、顔を赤くして口をパクパクさせてる。
一体どうしたのだろうか?
「とりあえず、体を起こしたいから顔をどけてもらってもいいか?」
「ご、ごめんなひゃい」
体を起こして大きく伸びをする。
マリは未だに顔を赤くしているが、何も言ってあげない方がいいだろう。
「そ、そういえば、おにいちゃんの左手に持っているそれは何?」
話題を逸らそうと必死になっているのがまるわかりだ。普段あまり見られない姿だからからかってやりたいが、臍を曲げられても困るからそっとしといてあげよう。
それにしても左手って……。
あれ? いつの間にかカードが握られている。
【名称】 感情のダンジョンコア No.1
【クラス】神器
【詳細】
様々な世界の感情から作られた負のエネルギー又は正のエネルギーを集約し消費する。管理者:旁宗作
……なりほど、そういうことか。様々な世界など昔ならば鼻で笑い飛ばしていただろうが、実際にこの世界に来ることが出来た今ならば、このように様々な世界があるというのは納得できる。
恐らくあのオブジェの中にあったのは、負のエネルギーであろう。それも、地球のエネルギーも混じっていたに違いない。あの時聞いた声は今でも耳に残っている。聞き取れなかった言葉は、きっと他の世界から集められたエネルギーなのだろう。そして、そのエネルギーから魔物というものが生まれているのだろう。
つまり、あらゆる世界のエネルギーをこれによってコントロールしていたということだ。
これがNo.1ということは、他にもまだコアがあるということになるだろう。ここで消費していた分は、その他のオブジェに振り分けられると考えた方がいい。
予測でしかないが、もしもこのエネルギーが消費されなければ——。
「どうしたのおにいちゃん?」
気が付くと、マリが心配そううに右袖を引っ張っていた。
どうやら考え事に没頭してしまっていたようだ。集中しすぎて周りのことが見えなくなるのは昔からの悪い癖だな。
「ああ。どうやらあの不思議な場所はこれで作られているらしい。そして、そこで様々な悪い感情を集めてこの世界に魔物というものが生まれているんだ」
「ふ~ん」
あまり気にした様子もなさそうだ。
マリはもしかしたら気が付いていないのだろうか。そもそも魔物がいなければダリンさんが死ぬことはなかったし、この国の人々も魔物に怯えることなくもっと外に出て楽しく暮らせていたかもしれない。このカードを破り捨てたい衝動に駆られるまではいかなくても、嫌悪感を抱いてもいいはずなのに。
「おにいちゃん、私は大丈夫だよ」
「……マリ」
どうやら俺が言おうかどうしようか迷っていたことをマリに見破られていたようだ。
そんなに顔に出ていただろうか?
「魔物がいたからこそ、冒険者としておとーさんとおかーさんは出会えたわけだし、二人が出会ったからこそ私が生まれてこうしておにいちゃんにも会うことが出来た。おにいちゃんと出会えてこんなにも私は幸せなんだよ?」
そんな考え方もあったか。
確かにダリンさんとマルナさんが結婚しなければマリは生まれなかったし、俺とも出会うことはなかっただろう。
「それに、魔物がいなかったからといって幸せだったかどうかなんて分からないし、逆に、魔物のおかげでいい思いできている人もいっぱいいるでしょ? 要は使い方なんじゃないかな」
要は使い方……か。なるほどな。この世界は魔物という共通の敵がいるからこそ、地球であったような人間同士の戦争が無い。つまり、魔物が抑止力にもなっているというわけか。それに、魔物の素材は色々と使い道があって便利な道具も作れるため生活も豊かにできる。そう考えるとそんなに悪いものではないのかもしれない。
マリの頭に手をのせて、ポフポフと頭を撫でてやる。
「おにいちゃん?」
マリも気が付かないうちに大人になっていっているんだな。もう、俺が面倒を見る必要も無くなるかもしれない。それは少し嬉しくもあり寂しさもあるな。
「まあなんだ、とりあえず帰るか。皆の所に」
「うん、そうだね!」
そうして一歩足を踏み出した時、思い出したかのようにマリに引き留められた。
「そういえばおにいちゃん、今回私頑張ったよね」
「ああ、マリがいなければ俺は生きていなかった。感謝してもしきれないよ」
「じゃあ、ご褒美」
マリがこ自分からご褒美を欲しがるのなんて珍しい。一体どんな心境の変化があったのだろうか?
勿論出来ることならば何でもしてあげるつもりでいるが。
「ファンタ1号の所までおんぶして欲しいな」
「はは、そんなことならお安い御用さ」
マリに背を向けると、いつも以上の力でぎゅっとしがみついてきた。
「そ、それじゃあ出発ー!」
「はいはい」
マリの温かな体温を感じながら森を進む。
背中に当たる感触が固いものから柔らかいものになることを祈りながら。
お読み頂きありがとうございます!
彼らの戦いはこれからだ!!(完)
…………まだ続きます。本日はここまで。




