第11話 口付け
「見つけた」
あの姿はどうみてもおにいちゃんだ。良かった。また、おにいちゃんに会うことができた。今度は間に合った。
今すぐにでも飛び出して行こうとしたが、自分の格好をみて思わず立ち止まる。全力で走ってきたせいで全身が乱れている。髪の毛もぐしゃぐしゃだ。こんな姿をおにいちゃんに見せるわけにはいかない。少しでも可愛いと思ってもらえるように素早く身だしなみを整えなくては。
うん、これでよし。
破けている服に関しては、寧ろおにいちゃんも喜びそうだしこのままでいいや。
「おにいちゃん!」
ふふ、私が声をかけるとおにいちゃんが驚いたような顔をしている。
あーあ、きっとおにいちゃんに勝手についてきたことを怒られるのかな。でも、何時までたっても帰ってこないお兄ちゃんが悪いのだから逆に私が怒っちゃうよ?
おにいちゃんは全身ボロボロになっているけれども、大きな傷は見当たらない。
五体満足な姿に思わず涙が出てしまいそうになり、大好きなおにいちゃんに向かって駆け寄る。
心配したんだよ?
生きていて良かった。
会いたかった。
私、すごく頑張ったんだよ?
ギュッと抱きしめて。
偉かったねって頭をなでて。
様々な感情が渦巻き――蠢くそれに気がついて全てが消え去った。
「おにいちゃん!!」
「マリ、いったいどう――ごふっ……」
おにいちゃんの胸から生えたそれが、何かを握り潰した。
何が起こったのだろうか。おにいちゃんの全身が赤色に染められる。
「あ……あぁ……」
重力に逆らわずに、そのまま人形のように崩れ落ちるおにいちゃん。
先ほどまでとは違い、指先一つ動く気配がない。
「あぁぁ……」
もつれる脚を必死に動かしておにいちゃんのもとへとたどり着く。
肌に触れると次第すでに冷たくなってきている。
おにいちゃんの肌の温もりが、あの温かな笑顔と共に私の手から零れ落ちる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
死んだ。
目の前でおにいちゃんが死んでしまった。
もうおにいちゃんと会うことはできない。
私よりも大きな手で頭をなでてくれることも、笑いかけてくれることもない。
…………ああ、そうだ。まだおにいちゃんに会う方法ならあるじゃん。なんで直ぐにこの方法が思いつかなかったのだろう。
私も死ねばいいんだ。
「ははっ……あははっ…………あはははははははっ!」
唸り声が真上から聞こえてくる。
怪物が突如現れた私を殺そうとしているのだろう。
さあ、さあさあ早く、早く私を殺して! おにいちゃんの魂が遠くに行ってしまう前にさっさと私を殺してよ! これ以上私とおにいちゃんを引き離さないで!
迫り来るであろう衝撃に目をつぶり、おにいちゃんともう離れまいとその死体を抱きしめる。
もう絶対に手離さない。
いつまでも一緒だよおにいちゃん。
………………。
いくらまっても衝撃が伝わってこない。それどころか、周囲の全ての気配が感じなくなっている。
もしかしたら気がついていないだけで、私はもう死んでしまったのだろうか?
それならば、おにいちゃんは、おにいちゃんはどこ!?
――――…………ぃで。
なんだろう、どこからか声が聞こえたような気がする。
これはそう、あの時私を助けてくれた声だ。
――――諦めないで!
次ははっきりと声が聞こえた。
諦めないでって、どういうこと? おにいちゃんはもういないんだよ?
――――大丈夫。まだおにいちゃんは完全には死んでいないよ。今ならまだ間に合う。私が、ううん、私たちが何とかしてあげる。
えっ……。生き……てる? 間に合うの? またおにいちゃんとお話できるの?
――――ええ。でもまずはこの状況を何とかしないといけないわね。あなたが死んでしまっては、おにいちゃんを助けるなんて夢のまた夢よ。
「――グラウィタス!」
咄嗟に前方に向かって魔法を放つ。
顔をあげると、全身をハリネズミのように刃物で覆われた怪物の手が、あと数センチで私に迫っていた。
潰すまではいかなくとも、なんとか動きを止めることは出来たようだ。
――――一旦距離をとりましょう。おにいちゃんを担いでその怪物から離れなさい。
おにいちゃんを抱きかかえると、全力で脚を動かし入り口付近まで退避する。
ふふ、いつもは私がお姫様抱っこされる側だけれど、今回は逆だね。おにいちゃんのことだから恥ずかしがるだろうな。
助けられると聞いたからか、こんな時にもかかわらず思わず笑みがこぼれた。
何故かは分からないけれども、頭の中に響く声は決して幻聴などではないと、言っていることに嘘はないと確信が持てる。
それにしても、あの怪物は何で直ぐに私を殺さなかったんだろう? 私が悲嘆に暮れている間にいくらでも殺せたはずなのに。今も先ほどの体勢のまま動こうとする気配はない。
まあ、何でかは分からないけど都合がいいから今は良しとしよう。
それで? 私は今から何をすればいいの?
――――そんなに難しいことじゃないわ。いつもどおり、頭に思い浮かんだ呪文を唱えてみて。ただし、その後おにいちゃんに口付けを忘れずにね?
分かったわ。呪文を唱えて口付けね。
……口付け?
――――さあ、早くしないと時間がないわ! 急いで!
~っ!
「月の海・生命の水・癒せ『魂捧治療』……んっ」
――――さようなら、おにいちゃんのことは頼んだわね。本当にありがとう。
キスした途端に私の中から何か大きなものが消えていく。そんな、何ともいえない不思議な感覚に襲われた。そして、もう頭の中に声が響くことはなかった。
「んんっ」
おにいちゃんの意識が戻ったため、思わず急いで唇をはなした。
そっと唇に指を這わす。
おかーさんがキスは甘酸っぱい味がするって言っていたけど、その意味が良く分かった。
本当に味がするわけではない。けれども、確かに甘酸っぱい味がしたような気がする。
おにいちゃんの唇、柔らかかったな。
そっか。私、おにいちゃんとついに……。
「……マリ?」
ハッとして意識を現実に戻すと、ちょうどおにいちゃんが起き上がろうとしていた。
胸の辺りをみると、先ほどまであった大穴はもう見当たらない。
「ただいま、マリ」
~っ
もう言葉は要らない。
流れ出る涙を無視しておにいちゃんに力いっぱいしがみついた。
私の頭が心地よい温かさに包まれる。久しぶりで懐かしい感覚だ。
おかえりなさい、おにいちゃん。
私の大好きな、世界で一番大切な人。
お読みいただきありがとうございます。
マリが……あのマリが…………キャー!(R18)




