第9話 ダリン
冒険者ギルドの一角、クエストボードの前で俺は思案していた。もう少ししたら娘のマリの誕生日だ。父親としては良い物を買って娘に喜んでもらいたいってもんだ。
『薬草×10:1セットにつき銅貨1枚』
『子狼駆除:1体につき大銅貨2枚』
『一角兎の角:1個につき銀貨1枚』
『魔狼の毛皮:1枚につき銀貨5~8枚』
『火炎熊の火袋:1枚につき金貨2枚』
『火炎大熊の炎袋:1枚につき大金貨1枚』
まず、採集や害虫駆除は論外だ。一角兎と魔狼は魔物の中でも比較的弱い部類であるため、プロ冒険者にでもなると無難に倒す事ができる。しかし、娘に良いものを買ってやろうと意気込んでいる俺にとって報酬はいまいちだ。そうすると、狙いどころは火炎熊、火炎大熊に絞られる。しかし、このレベルになると最低でも前衛2人、後衛1人の合計3人パーティーが望ましい。
それから数分間クエストボードの前で考え込んでいると、顔なじみの冒険者達が声をかけてきた。
「よう、ダリン。久しぶりだな」
「おお、ワルイ、バッド、キル、ライ、久しぶりだな」
「クエストボードの前ですごい考えてたが、何か悩み事か?」
「ああ、実は火炎熊の討伐を考えていたんだが……」
「ああ、なるほど。相変わらずお前はソロでやってるんだったな。ふむ、報酬もなかなかいいじゃないか。どうだ、久しぶりに俺様たちと組むか?」
ワルイ達とか。
ワルイは大盾、バッドは槍使いの前衛で、キルとライはそれぞれ風魔法と炎魔法の後衛で全員プロの冒険者だ。こいつらと何回か組んだことはあるが、妙に馬が合い連携も取りやすかった。マルナと結婚して以降こいつらとは疎遠になっていたが、久々に汲むのも悪くない。
「頼んでいいか?」
「ああ、もちろんさ。お前の嫁さんや娘の話も聞いてみたいしな」
「ふっ、すごい惚気るぜ?」
「楽しみにしてるよ。大体篭るのは1週間ほどでいいか。色々準備も必要だし出発は明日の朝だな」
「おう、それでいいぜ。それじゃあまた明日な」
火炎熊のいる所までは歩いて半日以上はかかる。ベテランの冒険者にでもなれば、遠出した時はしばらくそこに留まり、狩れるだけ狩るのが普通だ。その方が効率よく稼ぐ事ができる。そのために食料とか色々準備が必要だ。今日は害獣駆除でもして早めに切り上げることにしよう。
「ただいまー」
「おとーさん、おかえりなさい!」
「あなた、おかえりなさい」
家に帰ると愛しの妻と麗しの娘が迎えてくれる。俺にはもったいないくらい美人で可憐な2人だ。
貧乏ではあるが冒険者になっているおかげで奴隷にならなくてすみ、毎日笑顔が絶えない。これが幸せというものだろう。だが、これで満足していてはいけない。もっと美味しい物を食べさせてやりたいし、きれいな服を着させてやりたい。家もこんなボロボロではなく、隙間風の少ないきれいな家に住まわしてやりたい。すべては俺の頑張りにかかっている。もっとガンガン稼いでいかないとな。
「ほら、マリ。お土産の高兎だ。久々の肉だぞ?」
「わーい、おにく! おにく!」
「あらあら、それじゃあ少しでも美味しくなるように私も頑張らないといけないわね」
「なに言ってるんだ、マルナがつくるならどんな料理でも美味しいさ!」
「もう、ダリンったらいつも調子のいいことばっかり」
俺から顔をそらしてそっぽを向くが、その頬は赤く染まり照れているのが丸分かりだ。本当に可愛いやつだな。
「ああ、そうだ。マルナ、マリ。俺は明日から暫く遠出することになりそうだ」
飯を食い終わり、家族で団欒している時に切り出した。
長期間家を空け、マルナとマリに寂しい思いをさせることになるのは忍びないがこればっかりは我慢してもらうしかない。特に、構って欲しい年頃のマリには悪いと思っている。
案の定、マリは寂しそうな、泣きそうな顔をしてこちらをみている。くっ、心がすごく痛いぜ。
「おとーさん、行っちゃうの?」
「す、すまん。いつも家を空けてしまって……」
「んーん、マリは大丈夫。でも……やっぱりなんでもない。おとーさん頑張ってきてね!」
「おう、マリの為に沢山稼いできてやる。任せとけ!!」
なんていい子に育ったんだ。俺と離れるのが寂しいくせに我慢して俺を気遣ってくれるなんて。待っていろよ、沢山稼いで豪華な誕生日にしてやるからな!
「あら、マリのためだけなの?」
「い、いや、もちろんマルナの為にも頑張るぜ!」
「ふふ、冗談よ」
まったく、マルナの冗談は心臓に悪いな……。
「やっ! はぁっ!」
両手の獲物を交差させて魔狼の突進を受け止める。
勢いが殺され一瞬動きが止まったのを見計らい、魔狼が再び動き出すよりも前に右手の得物で前足を切りつける。痛みにより反射的に上体を起こした魔狼に向かって左の得物で強固な首の毛皮を裂き、続いて右の得物でその傷に向かって剣を突き刺す。
首から剣を生やした魔狼はしばらく体を痙攣させた後、ものの数秒で動かなくなった。
体の動きは悪くない。ベストコンディションといっていいだろう。
「さすが、双大剣使いのダリンだな」
「おいおい、その呼び方は恥ずかしいから止めろって」
プロの冒険者にでもなれば二つ名がつくことがある。
俺であれば2本の大剣を自由自在に操り魔物を葬ることから、双大剣のダリンと呼ばれている。
鉄壁のワルイ、神槍のバッド、風神のキル、爆炎のライと、ワルイ達も全員二つ名持ちだ。
倒した魔狼の素材を剥ぎ取り、馬車に乗っける。
大人数のパーティーでは倒す得物の量も多くなるため、必然的に冒険者ギルドから馬車を借りることが多い。ただし、利用できるのはプロ以上の冒険者限定だ。勿論使用料は取られるが、魔物の素材で十分元は取ることができる。火炎熊の素材でこの馬車いっぱいになれば……夢が膨らむぜ。
火炎熊の生息地に着いてからは、2人で馬車の見守りと3人で火炎熊の討伐を順番に交代しながら行い、1週間狩り続けた。結果は上々で皆ホクホク顔だ。
「よし、今日で最終日だ。今回はバッドとライが馬車の見張りで、俺様とキル、そしてダリンが火炎熊の討伐な。最後にもう一儲けしようぜ!」
「「おう!!」」
ワルイの指示に従い最後の狩が始まった。
音を立てないように草を掻き分け進んでいくと、魔物の集団を発見した。その中に一際大きく目立っている個体がいる。
2メートルを超える巨体に真っ赤な毛色、額に一本の紅の角をもつそれは火炎大熊だ。
最後の最後で大物が来たものだ。火炎大熊の他に火炎熊が3体もいる。何とか奴らを分断して各個撃破していきたいところだが……。
「どうする?」
「そうだな、幸い奴らの速度はそんなに速くない。攻撃しながら後退しつつ、バッドとライと合流して一気に殲滅、無理そうならそのまま馬車で逃走って感じでいいだろう」
「了解」
キルを正面に残し、俺とワルイは右に回りこむ。
キルがウィンドカッターで攻撃し、そっちに紀を取られた瞬間、俺とワルイで側面から攻撃するという作戦だ。
ここからは命がけだ。目の前の敵に全神経を集中させる。タイミングが重要だ。
いつでも飛び出せる体勢をとっていると、側面から殺気を感じ咄嗟に身をひねる。
左腕に痛みを感じ、次いで背後から衝撃を受け、そのまま前方に飛ばされた。
痛い、いったい何があったんだ!
前方では俺の存在に気がついた火炎熊達がゆっくり近づいてくる。
ヤバイヤバイヤバイ。急いで体勢を立て直さないと。
左手で地面を押し、体を起こそうとして――失敗した。ふと左腕をみる。左腕の肘より先に本来あるべきものがなかった。
目の前には火炎熊が獲物を逃がさないと俺の足に全体重をかけてきた。あまりの重みに骨が耐えられず、ベキバキと骨の折れる音が周囲に響く。
「がぁっ! わ、ワルイ。たす、助け……」
助けを求め、顔を持ち上げる。そこではワルイが今まで見たことない笑みを浮かべながら人の左腕を持っていた。
それをみた瞬間、何が起こったのか全て察することができた。横からの攻撃はウィンドカッター、後ろからの衝撃はシールドバッシュ。ということはつまり……。
「貴様ら……なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 俺がいったいなにをしたぁぁぁぁぁ!!」
「へへっ、悪いな。実は俺様たちは別途であるクエストを受けていたんだ。ブロームって商人からお前1人を消すだけで一人当たり大金貨5枚くれるってな」
「そうそう。なんでもマルナとマリのことがえらく気に入ったみたいでぜひ自分のコレクションに加えたいってよ」
「いやー、それにしても苦労したぜ。なかなかダリンは隙をみせてくれなかったからな。流石エリート冒険者目前と言われてるだけあるぜ。だが、最後の最後で気が緩んだようだな」
いつの間にかワルイの側に移動してきたキルから信じられない言葉を聞いた。
マルナとマリを自分のコレクションに加える? いったいなにをふざけたことを言っているんだ?
「ブロームが楽しんだ後は味見させてくれるらしいからな。実はずっと前からマルナのこと狙ってたんだぜ? いつか俺様の物にしてやりたいってな」
「俺はマリちゃんをいつかむちゃくちゃにしてやりたいと思ってたんだよ」
「おいおい、お前子ども好きかよ」
「いやー、可愛そうな位直ぐ壊れるのが溜まらないんだよ。一度ワルイも経験してみたらどうだ? 俺の後に使い物になってたらだけど」
目の前が真っ赤になる。味見? 壊す? 許さない。許さない許さない許さない!
「このクソどもがぁぁぁぁ! マリナとマリに指一本でも触れてみろ、お前らを必ず地獄のそこに叩き落してやる。殺すだけでは足りん。死ぬよりもつらい目にかなわず合わせてやる!!」
「おお怖い。でもまあ、それはお前が生きて帰れたらの話だけどな」
火炎熊が大きな口をあけて俺の下半身を噛み千切る。
全身を焼けるような痛みが走る。
くそ、こんなとこで死んでたまるか。マルナとマリが俺の帰りを待っている。それに俺が守らないとクソ野郎共にどんな目に合わされるか分からない。死にたくない死にたくない死にたくない。
ワルイたちを止めようと痛みを気にせず両腕を使いながら這っていこうとするも下半身を咥えた火炎熊に引きずられ、ワルイ達とは距離が離れていく。
がりがり、ばりぼり、ぺちゃくちゃ
魔物の咀嚼音と共に徐々に体が消失していっているのが分かる。
痛いのか痛くないのか、生きているのか死んでいるのかもはやわからない。
そんな様子をみて、ワルイたちは爆笑している。
殺す……殺す殺す殺す殺す!!
右手にまだ握ってた剣をワルイたちに向かって投げつける。
グサッ
「なっ……お前は化け物か!?」
まずは1人。顔面から剣を生やしたキルが崩れ落ちる。
「くそ、こんなところで死んでたまるか!!」
そのままキルを見捨てて、ワルイは走って逃走する。
逃がさない、絶対に逃がさない。石でもいい、骨でもいい。今すぐあいつも殺してやる。
目の前が真っ赤に染まる。殺す殺す殺す殺す!
しかし、その思いとは裏腹に、もう体に力が入らない。火炎熊たちは遂に頭にも噛り付いてきた。
くそう、マルナとマリは俺が守らないといけないのに。あまりの悔しさと憎しみで目から黒い何かが滴り落ちる。
許さない、殺してやる、守らないと、殺してやる、守る、殺す、殺す、殺す。
「全てごろじでやる!」
グチャッ
真っ暗だ。こおはどこだ、俺は誰だ。
ニクイ、クルシイ、ユルサナイ、シネ、コロシテヤル、ミナゴロシダ
この暗闇のなかでは幾万もの負の感情が渦巻いている。
そうだ、思い出した。守らないといけないんだった。マルナとマリを守らないと。守らないと、守ら……ないと…………マモル、マモル、マリトマルナマモル。コロス、マモル、コロス、コロス、ニクイニクイニクイニクイコロスコロスコロスコロス。
スベテコロシテヤル。
お読みいただきありがとうございます。
ダリンさん………………




