第15話 魔除月
今日はマリに友達を紹介する日だ。マリは同年代の子どもたちと知り合うことがよほど嬉しいのか鼻歌を歌いながら歩いている。ふふ、この笑顔のためなら俺は何でもできるぞ。
マリと雑談をしている間にようやく孤児院にたどり着いた。畑には誰1人としていない。今は丁度朝ごはんを食べている最中だろうか?
孤児院扉をノックするとミハルが顔を出した。
「お待ちしておりました。ソウサクさん、それとマリさん。本日はうちの子達をよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
マリが俺の動きを真似して挨拶する。可愛い。
「今丁度朝ごはんを食べ終わったところで、片づけしているのでもう少し待っていてください」
予想通り朝ごはんを食べていたようだ。
片づけを終えた孤児院の子ども達がぞろぞろ食堂に集まってくる。
「ほら皆、それぞれ挨拶をして」
全員が集まると、最初は自己紹介から始めることにした。皆少し緊張していているのを見ていると、なんだか幼稚園の先生になった気分だ。マリ、頑張れ!!
「始めまして、マリ9歳です。よろしくお願いします」
「こんにちは、私はミミです。マリちゃん、よろしく」
「俺はバンだ。よろしく」
まずは年長組から挨拶が始まる。ふふふふふ、バンにはお仕置きが必要なようだ。マリに対してそんなぶっきらぼうな態度を取っていいと思うなよ。やはり君にはグリグリの刑がお似合いかな。
年長組みの挨拶が終わると次は年少組の挨拶に移っていく。挨拶が終わると、さっそく外で遊ぶことになったようだ。うむ、元気があって宜しい。
外に駆けていくマリと子ども達。そのすれ違いざまにマリに声を掛けられる。
「おにいちゃん。皆いい人だから大丈夫だよ」
マリが大丈夫といったなら、信じるに値する人たちだろう。なんせマリの前では悪意を隠すことは不可能なのだから。
壁にもたれながら外で走り回っている皆を眺めていると、すぐ横にミハルがやってきた。十中八九、父親についての話だろう。
「ソウサクさん、少しお話いいですか?」
「ええ、いいですよ」
静かに壁から体を離し、ミハルに体を向ける。
「先日ソウサクさんは言いましたよね、『私はあなたの父のこと立派に思いますよ』と。あれの真意をお伺いしたい」
ミハルは真剣な眼差しで俺の目を覗き込む。俺の言うことが真実か否かを見極めようとしているのだろう。つくづく10歳児には思えないな。
「真意……ですか。いいでしょう。その前に一つだけ確認しておきたいことがあります。あなたは父親のことをどう思っているのですか?」
「私は、父を誇りに思っていました。強くて、聡明で、優しさを兼ね備えた完璧な父親でした。その父親が魔除月の効果がなくなるというのです。息子である私はそれを信じます」
それは、いままで自分の感情を押し隠してきたミハルの初めて本音が垣間見えた瞬間だった。
本当にいい父親だったのだろう。
「そうですか。分かりました、それでは私の話を致しましょう。ミハル君、何故魔物が魔除月を避けるか考えたことはありますか?」
「……いえ、当たり前なこと過ぎて考えたことがなかったです」
「そうですよね。それではこれを見てください」
そう言いながらアイテム袋から一本の木の枝を取り出した。
「これがなんだか分かりますか?」
「この色、つや、そして独特な葉っぱの形……これは魔除月の枝ですね」
「ええ、そうです。この王都についてから一番最初に拝借しました」
「拝借って、あそこの警備は厳重で枝一つ盗ることができないはず――」
確かに守衛っぽい人が見張りで立っていたがそんなの関係ない。俺のスピードを目視できるやつはそういないさ。それに借りているだけだからちゃんと返すよ?だからノーカンだよね。
「まあ、それは置いときましょう。それではこれが、魔物が魔除月を避ける理由です」
「いえ、これが理由といわれてもさっぱり――」
ミハルの言葉を遮るようにして木の枝が1枚のカードに変化する。
【名称】 魔除月の枝
【クラス】???
【詳細】
魔除月の枝。月の女神の力を取り込んで魔物を寄せ付けないようにする。持続時間4年、残り効果1日。
「これは!?」
「これは私の能力で触れたものをカードにできる魔法です」
「そんな魔法聞いたこともありません!」
珍しく取り乱している。ふふ、少しは歳相応なところもあるじゃないか。
「私の固有魔法ですからね。信じるか信じないかはあなたに任せます」
そう言いながらカードを再び枝に戻し、アイテム袋にしまう。ミハルはなんともいえない顔をしている。普通はこんな魔法なかなか信じてもらえないだろう。まあ、実際に魔法ではなくスキルだからね。しかし、今はそんな些細なことは置いておこう。
「ミハル君、この世界に月って今もありますか?」
この言葉にミハルは息を呑む。
俺はこの世界に着てから今まで月を見たことがない。
今までは異世界だから無いのだろうと特に深く考えたことは無かった。しかし、よくよく考えたら、『魔除月』という木があるのに月が存在しないなんてことがあるのだろうか? もしかすると無くなってしまったのかもしれない。
「ありました」
ぽつりとミハルが言葉を紡ぐ。
「確かにありました。あれは僕が2歳の時なので約8年前になります。小さかったのであまり覚えていないのですが、急に月が無くなったので当時は何か悪い事の前触れではないのかと噂されていたような気がします」
「やっぱりそうですか」
想った通り以前は月が存在した。そう8年前までは。俺がこの世界に来て8年になる。果たしてこの2つは無関係といえるであろうか。
「しかし、それが関係あったとして、なぜ父は事前に効力がなくなるって分かったのでしょうか?僕の知る限り父がソウサクさんのような能力を持っていないはずです」
「それに関してですが、ミハル君の父親は凄腕の冒険者だ。それが魔物に殺されたとなると、よほどの強敵だったに違いない。さて、魔除月の効果が無いことを示すために何故強力な魔物に立ち向かう必要があったのでしょう?」
「まさか、強力な魔物にはもはや魔除月の効果が無い……?」
「ええ、その可能性が高いでしょう。実は私もこの国に来る道中雷狼と魔狼の群れに遭遇したのですが、雷狼は本来あんな平原に出るはずの無い魔物なんですよ。森の中ならまだしも、平原に出てきても、魔除月に守られた国以外に食料なんてものは無いのですから。あの強さを維持するための食料が足りません。それなのにこのような場所に出てきたということは……」
「完全に効力が切れたところを低級の魔物たちと一緒に一網打尽に!?」
いくら強力な魔物といえども、冒険者数百人を1人で相手にするのはきついだろう。だからこそ、自分の眷属である低級の魔物が一緒に強襲できるのを待っているのかもしれない。
「それじゃあ父は……」
「ええ、恐らく偶然見かけてしまったのではないでしょうか。本来侵入できない領域に魔物が侵入してしまったところを。聡明な方であれば、他にも何か色々気がついていたのかもしれないですね」
実際のところミハルの父ミゼルが何故魔除月の効果が切れると考えたのかは分からない。であるからこれはあくまでも推測だ。俺みたいなインチキ能力で魔除月について調べることができないにも係わらず、この問題を解決しようとしたミゼルさんは本当に立派だと想う。
「それでは僕の父は間違っていなかったのですね」
「ああ、ミハル君の父親は立派さ」
ミハルの目尻から頬にかけて一筋の線が作られる。心の中で父親を信じていても、心の奥底では不安だったのかもしれない。
「はは、一人称が『私』から『僕』になっていますよ」
なんとなくシリアスな雰囲気に耐えられなくなりつい余計な口を叩いてしまう。
「ふふ、取り繕っていた仮面が剥がされてしまいましたね」
「でも、そっちの方がミハル君には似合ってますよ」
「む、ずるいですよ僕ばかり。ソウサクさんも普段通りでいいですよ」
「はは、ばれてたか。これからは普通に喋らせてもらうよ。改めてよろしくなミハル」
「そっちの方が似合ってますよ。宜しくですソウサク兄さん」
「なっ」
「初めてあなたを驚かせることができましたね」
「やれやれ、一本とられたな。もう好きに呼んでくれ」
二人であつい握手を交わす。そこには確かな友情が生まれた瞬間だった。
それにしても兄さんか……俺の方が年下ということは黙っておこう。年齢詐称上等だ。だって今更『マリよりも年下です』なんて言えないもの。
「それにしても、魔除月の効力は1日ですか。急いで何とかしないといけないですね」
「ああ、そこで一つ提案なんだが孤児院の皆で俺についてくる気はないか?」
「兄さんに?」
「ああ、詳しいことは今説明できないが、きっと不自由はさせないさ」
「……皆に聞いてみてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。だけど、もうあまり時間も無い。今日の夜にもう一度ここに来るからその時返事を聞かせてくれ」
その後ミハルと俺もマリたちの輪の中に入り一緒に遊び仲を深める。ふん、バンも無邪気に遊んでいると可愛いじゃないか。
「スキあり!」
前言撤回。やはりバンにはお仕置きをする必要がありそうだ。
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