第7話 さらば王都
「でもソウサクくん、この国を出て――――どこにいくのかしら?」
マリのためにこの国から逃げる事を決意したのだろうが、本当は不安でたまらないのだろう。マリとダリンさんの腕を抱いている手が小刻みに震えている。
「そうですね、取り敢えずはアワリティア王国に向かおうかと思っていますよ。ここでは、落ち着いて今後の話もできそうにないですからね」
ブロームが去った方向に視線を向ける。さっきの発言からして、間違いなくやつは俺を捕らえに来るだろう。やれやれ、モテる男はつらいぜ。
「やっぱりそうなるわよね……。でも、あの国で生活していけるのかしら。この国よりも税金が重いと聞くけれども。それに……」
マルナさんが自分とマリの細い足を見ながら言いよどむ。長距離を歩かせるつもりなんてないんだけどな。今後に対しても多少安心してもらえるように、俺の能力を見せた方がいいかもしれない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。いでよ、大型人力車!!」
「これは馬車?でも馬がいないわ。馬の代わりになんか変なのがついてるけど……それに、こんなに大きなものをどこから……」
「これは、馬車ではなく、人力車ですよ。馬ではなく僕がこのペダルをこいで引く乗り物です。そして、これはアイテム袋という何でも収納できる魔法の袋から出したんですよ」
アイテム袋から何度も人力車を出し入れしてみせる。改めて考えると、アイテム袋ってすごいよね。
「そんな便利な袋があったのね。今まで知らなかったわ」
そりゃあ僕が作るまで存在しなかった物ですから、多分。
「でも、ソウサクくんがこれを引くって……」
「こう見えても、力持ちなんですよ。そうですね、あ、あれなんか丁度いいですね」
10メートルほど先に、5メートル程の大きさの木があった。あれを引っこ抜けば、多少は信用してもらえるかな?正直、俺でもこんな小さな子どもが自転車っぽいもので人力車引くって言われても信じられないと思うしね。
「ふんっ」
「――!?」
どや顔で木を引っこ抜いた後、マルナさんの表情を見て己の失敗を悟った。普通に考えてこんなデカイ木を引っこ抜ける子どもなんて、化け物以外の何者でもない。そんな化け物が一般の人にどう見られるかなんて火を見るよりも明らかであろう。
「マルナさん――――」
俺の怯えている態度が伝わったのか、マルナさんは静かに首を横に振り、いつものような笑顔を見せてきた。
「大丈夫よ、言ったでしょ? ソウサクくんは悪い子じゃないって。なら、何にも怖い事はないわ」
「マルナさん……」
「さ、さっさと支度済ませちゃいましょうか」
やはり、この人たちを守るという判断は間違っていなかった。守るからには絶対に不幸になんかはさせない。男の甲斐性の見せどきだ。
「そうですね、ブロームも何か仕掛けてきそうですし速く準備をしたほうがいいでしょう。それでマルナさん、そのダリンさんの腕ですけど――――」
「大丈夫よ。あの人が腕一本亡くしたくらいで死ぬはずがないもの。この腕もずっと持っているわけにもいかないものね。埋めてしまいましょう」
マルナさん無理をしているよな。ダリンさんの腕を握る手に力が入っている。ダリンさんが生きてる可能性が絶望的だと分かっているのだろう。このまま腕を置いていくのも忍びない。
「マルナさん、これをに魔力を通しながら『レジスタ』と唱えてください」
俺はアイテム袋から1枚のカードを取り出し、マルナさんに手渡す。
「えっ、こう?『レジスタ』」
マルナさんが唱えると同時にカードが発光する。
「びっくりしたわ。あら? カードに私の名前が書いてあるわ」
「それは、そのカードがマルナさんのものになった証明です。そのまま、『リリース』と唱えてください」
「リリース」
ポンっと小気味のいい音と同時に、マルナさんの手の中にはアイテム袋が納まっていた。
「これは、マルナさん専用のアイテム袋です。僕が見せたアイテム袋よりは容量が少ないですが、500キロまでの重量を自由に出し入れできます。そして、このアイテム袋に入れた物は時間が停止しますので、物が腐ることがありません」
ダリンさんの腕をそっと返すと、マルナさんは静かに頷いてアイテム袋に収納した。
「何から何までありがとう……。これがあれば、支度も簡単にできるわね」
「ん~、あれ?おかーさん、泣いてるの?」
マリがようやく気がついたようだ。不幸中の幸いなことに、気絶したおかげで一番ひどい場面を見ずにすんだ。後は、ここから出ることをどう説明するかだが……。
「いーえ、少しあくびをしただけよ。それよりもマリ、今から旅に出かけましょう」
「旅?」
「えぇ、マリと、私と、ソウサクくんの3人で」
「3人? おとーさんは?」
「おとーさんは、お仕事で長い間帰ってこれないらしいの。だからその間、旅でもして世界を見て回りなさいって」
「んー、そうなんだ。お仕事だったらしょうがないね。分かった、マリ旅に行く! ここ以外の場所に行くの初めてだから楽しみ!!」
「ふふふ、楽しみましょうね」
どうやら、うまく説明できたようだ。騙しているようで心苦しいが、いつかマリが精神的に成熟した時、事実を伝えよう。
「それでは、準備はいいですか?」
「うん、だいじょーぶ」
「ええ、大丈夫よ。でも、本当にこんなにもらってもいいの?」
マルナさんが自分とマリの体を見ながら尋ねる。正確には自分達が着ている服だ。今までボロボロの服を着ていたために、旅に出るならと新しい服をプレゼントしたのだ。もちろん、俺の能力で作ったやつだ。地球での知識を活用して作ったため、この世界の既存の服とは一線を画してるが、似合っているから問題はない。マリなんか先ほどから数十枚のカードを見比べながら目を輝かせている。
「ええ、どうせ女物の服を僕が持っていても着られませんから」
「ありがとう。ふふ、こんなにかわいい服があったなんてね。年甲斐もなくはしゃいでしまうわ」
和やかに会話をしていると、頭の中で警報がなった。10以上もなる赤い点がこの場に接近してきている。間違いなく、ブロームの手の内の者たちだろう。こんなに楽しそうにしている彼女達を今更怖がらせることもない。急いでこの場を離れよう。
人力車では目立つため、いったんカードへ戻し2人を脇にかかえる。
「それでは、出発しますよ」
「ソ、ソウサクくん?……わ、わかったわ」
「はーい」
王都の入り口のところまで来ると商人らしき男と門兵が揉めていた。そのせいで数人の列ができていた。
そんな光景を陰で確認しつつ、人力車を取り出す。
「なにやら揉めているようね」
「ええ、出来れば早く出たいのですけどね」
少し引き離したが、未だに赤い点が追いかけてきている。時間的に余裕はない。
「少し待っていてください。中から顔を出さないようにしといてくださいね」
人力車の荷台にマリとマルナさんを乗ってもらい待機してもらう。門兵に近づくとだんだん話し声が聞こえてきた。
「俺を誰だと思っている! アワリティア王国の大商人だぞ。この俺がこの国で商売してやるっていうのに、滞在1日につき金貨1枚だと!? ふざけるな! 10日で金貨1枚にしろ!」
「いえ、だから規則でして。皆さん平等に支払っていただいています」
あのおっさん、門の入り口を塞いで何を揉めているかといえば呆れてものもいえない。1日金貨1枚で文句言うなんて……。俺なんか何枚盗られたと思っているんだよ。
おっさん達は無視して、揉めている兵士とは別の兵士に声をかけてみる。
「あの~、急いで出たいので先に通行許可を頂きたいのですが?」
「規則だから順番が来るまで待て」
「あー、多少であればお金を――――」
「ガキの相手をしているほど暇ではない。大人しく順番を待ってろ」
怖っ、睨まなくてもいいじゃないか。目の前でお金を積んでみせてやろうか。しかし、厄介なことにこの場に門兵以外の人間がちらほらいる。アワリティア王国の人間もいるためあまり目をつけられたくない。
「おい、何時までかかってるんだ」
悩んでいると後ろから新たな門兵が――――
「「あっ」」
この王都で最初に出会った人間――――あのがめつい門兵がやってきた。
「この間のガキじゃねぇか、滞在日数を追加しにきたのか?」
「いいえ、そろそろ王都を出発しようと思っていたのですが、揉めているせいでなかなか出発できずに困っていたのですよ」
「は、それは残念だ。ま、出国手続きは入国の時と違いすぐに終わる。諦めて順番待ちな」
「それが、急いでまして……。そこで、これで解決できないかなと思いまして」
手で丸を作ると、俺が金を持っているのを知っているおかげか、愉快そうに口元を歪めて続きを促す。
「あそこの揉めている商人の10日分の滞在費肩代わりするので、金貨1枚でさっさと通してあげて下さい。それと、直ぐに出国手続きしてくれるならば、追加で20支払いましょう」
「よし、乗った。おい、そこの商人を金貨1枚で通して差し上げろ。規則? 俺がいいっていっているんだ、つべこべ言わず早くしろ。ガキもすぐ準備しな」
俺が金貨を手渡すと、テキパキと支持を飛ばした。他の門兵が指示を聞いていることから、意外にこいつは階級が上なのかもしれない。下っ端だと思っていたよ。
やつの気が変わる前に急いで人力車を引いていく。
「まず、水晶に触れろ……。よし、犯罪は犯していないな。次に積荷を確認するそ。ん、人か?」
「はい、少し一緒に旅をしようかと思いまして」
「念のため水晶に触れてもらうぞ」
がめつい門兵いや、ガメツ(仮)がマリとマルナさんに水晶を触れさせ、人力車から降りてくる。
「ふむ、下級平民か。この二人には現在所有者がいないから、お前が連れ出すのはかまわない。ただし、今後この2人がこの国に帰ってこなかったら、民という重要な財産を失うことになる。そのため他国の人間がこの国の住民を連れ出す時は金が必要だ。奴隷であれば上流平民以上の人間から購入しているから支払う必要なないのだが、こいつらはお前の奴隷ではないらしいからな」
マジかよ、連れだすだけでもお金がかかるなんて。ブロームのやつが1人金貨500枚で値段をつけていたが、さすがにそんなお金はないぞ……。しかも、相手はガメツだどれだけ値段が吊り上げられるのか分かったものではない。最悪の場合強行突破するしかないか。
「そうだな、一人当たり金貨20枚でいいだろう。2人で合計金貨40枚だ、嫌なら無理にとは言わないがその二人を置いていって貰うぞ?」
嫌らしいガメツ(仮)の顔が今ではまったく気にならない。一人当たり20枚でも十分ぼったくっている価格なのだろう。しかし、ブロームのときと比べたら微々たる物だ。ここは笑顔で支払おう。
「わかりました、はい、金貨40枚です。それではもう行っていいですか?」
「お、おう。気をつけてな」
「ありがとうございます」
あまりに素直だったのか、面を食らって道中の心配までしてくれた。ガメツ(仮)、最初に会ったとき最悪なんて思って悪かったよ。お前は全然ましなやつだよ。お金で融通が利くし、ぼったくるといっても、金貨数枚程度だ。可愛いものだ。
「さて、王都も出たことですし、めちゃめちゃ飛ばしますよ?」
「だいじょーぶ!」
「あら、どれくらいの速さなのかしら?少し楽しみね」
さらば王都。ここにはもう戻ってこないよ、絶対にね。
まずは先ほどの倍、時速40キロ位のペースで走行する。果たしてどこまで2人が耐えられるのか。悪戯心が刺激されるな。
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