表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を呼ぶアリア  作者: 藤宮花凛
夢の話
9/34

第1夜

 高い塔の最上階に、僕は──いや、僕たちは座っていた。寒々しい石造りの部屋の中に、二人分の呼吸音と、紙をめくる微かな音だけが響いている。

 正面の椅子に座った少年。真っ赤な髪と瞳をしていて、簡素な白いシャツとパンツを身につけている。燃えるような色彩とは正反対にその雰囲気は冷たく、瞳からはなんの感情も読み取れない。ただ黙って、手元の本を読んでいる。


「……」


 今、黙々と本を読んでいる華奢な少年の監視。それが僕の仕事だった。



上官に「この少年の監視がお前の新しい任務だ」と告げられた時、僕はとうとう彼の頭がおかしくなったのかと思った。どこにでもいる十七、八歳頃の少年。燃えるような赤い髪と瞳は少し珍しいけれど、でもそれだけだ。体つきも華奢で、なにか強い力を秘めているようにも見えない。そんな普通の少年を「監視」しろという上官の命令が不思議で仕方なかった。


「了解しました」


 とはいえ、僕はただの一般兵。しかも同じ隊の中では一番年下で、上官の命令に逆らうなんてとんでもない。即座に了承して、任務に就いたのが一週間前。

 任務自体に問題はなかった。辛いことも嫌なこともなく、ただ少年と同じ部屋にいるだけでいいのだから。ただ一つ気になったのが、少年の常軌を逸した寡黙さだった。なにせ、一週間経っても一言も話さないのだ。初日に自己紹介したときですら、微かに頷いただけで終わった。一度紙で指を切ったときに小さく声を上げていたから、声がでない、というわけではないようだ。上官は僕と少年が会話することを禁止せず、むしろ推奨してさえいたのだが、今日まで成果を挙げることはできていない。


 ほんとうに、静かな少年だ。呼吸音と衣擦れ、紙をめくる音意外に彼が空気を震わせることはほぼない。白い指先が、また一枚ページをめくる。それを目で追いながら、僕は投げやり気味に口を開いた。


「……なあ、いい加減名前くらいは教えてくれてもいいんじゃないか」


 赤い目がひたりとこちらを向いた。その恐ろしいほどの静謐さに圧倒されながらも、僕は負けじと口を開く。


「僕の仕事は君の監視だ。そう、仕事だよ。でもさ、もう一週間も経ったんだ」

「……」

「同じ歳くらいの奴と一週間も二人きりで、名前も教えてくれないなんて寂しいもんだぜ」

「……寂しい」


 僕は驚愕のあまり呼吸が止まった。それは、赤髪の彼が初めて発した言葉だった。声は思っていたよりずっと少年らしくて、黙っているより大声で笑っている方がずっと似合う音をしていた。


「俺が喋らないと、君が寂しいの?」

「う、うん。自分は名乗ったのに、名前も教えてくれないなんてそりゃ寂しいよ」


 少年は小首を傾げて「そっか」と呟いた。彼がとうとう口を開いた驚きで、僕はもうすっかり混乱していた。任務に就いてから一週間、懲りずに毎日話しかけてみてはいたけれど、返事なんてもうとっくに諦めていたのだ。呆然とする僕を眺めてなにを考えたのか、少年は僅かに目を細め、口を開く。


「ノア」


 それだけ呟いて、彼は再び本へ目線を落とした。それが彼の名前だと気がついたのは、紙のめくる音が三回響いた後だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ