第26話 青き熱源・新型魔導窯の点火
アデルヴァイト公爵領、北西部の山麓。
かつて母エレオノーラが無価値として放置していた旧製鉄所跡地に、巨大な石造りの試作工房が新設されていた。
煙突が突き出る工房の内部には、エルヴィラの引いた図面通りに組み上げられた、異様な外観の大型炉が鎮座している。
従来の魔導窯が均一な円筒形であるのに対し、この新型炉は複数の魔導管が複雑に絡み合い、三層の熱循環室が段状に重なり合っていた。
「準備は整いました、お嬢さん……いや、当主代理様」
煤まみれの革エプロンを締めたバルトが、緊張で声を上擦らせながら報告した。
背後には、帝都の下町から引き抜かれてきた数十名の錬金技師や鍛冶職人たちが、固唾を呑んで控えている。
エルヴィラは作業用の簡素な濃紺のドレスに身を包み、炉の前に進み出た。
傍らには、腕を組んだセドリックが立ち、冷淡な視線を鉄扉へと注いでいる。
「投入する鉱石は、予定通り公爵領の第3鉱区から採掘した低純度粗石ですわね?」
「ああ。貴族共が『砂利同然』と吐き捨てていた、魔力純度わずか十五パーセントの粗悪品だ」
バルトが木箱を指差す。中には、濁った灰色の鉱石が山積みになっていた。
ガルディニアから輸入される高純度触媒であれば、触れるだけで青白い光を放つ。それに比べれば、ただの石ころにしか見えない。
「始めなさい、バルト」
「へいっ! 第一循環弁、開放! 点火式魔導水晶を装填しろ!」
バルトの怒号とともに、職人たちが一斉に動いた。
粗石を満載した鉄籠が炉の最上段へ投入され、分厚い鉄扉が重い音を立てて閉じられる。
カチリ、と小さな起動音が響いた。
炉の覗き窓の奥で、小さな赤い火種が灯る。
最初は鈍い赤色だった。
低純度粗石特有の不完全燃焼を起こし、黒い煙が観察窓を覆いかける。
「だ、駄目か……!? やはり純度が低すぎて火力が上がらねえ!」
若い職人が悲鳴のような声を上げた。
「慌てるな!」
エルヴィラが凛とした声で制した。
「第二循環バルブを三十度絞りなさい。不純物の魔力を排気ダクトへ逃がさず、炉底の魔導回路へ強制送還するのです!」
「第二バルブ、絞れッ!」
バルトが巨大な真鍮のハンドルを力任せに回した。
配管が激しく軋み、炉全体が低く唸りを上げ始める。
次の瞬間、覗き窓を覆っていた黒煙が一気に吹き飛んだ。
炉の底で魔力の対流が逆流し、粗石に含まれる不純物が自己発火のエネルギーへと変換されていく。
ボッ――!
爆発的な吸気音とともに、炉内の炎が赤から白へ、そして鮮烈な『青』へと一変した。
工房内の温度が一気に跳ね上がり、職人たちの顔を青白い熱光が照らし出す。
「な……なんだこの火力は……!」
バルトが目を見張り、計器の針を凝視した。
針は、従来の触媒式魔導窯の限界値を遥かに超えた数値を指して静止していた。
「温度、千八百度を突破……! 魔力密度の減衰なし! 安定しています! ガルディニアの最高級触媒を使った時より、熱量が三割以上も高い……!」
静寂の後、工房内が割れんばかりの歓声に包まれた。
職人たちが抱き合い、涙を流して叫んでいる。
「成功した……! 俺たちの手で、あの外国製の触媒を超えちまったぞ!」
「砂利同然の石から、これだけの火が……!」
熱風の中、エルヴィラは乱れた前髪を指先で払い、静かに息を吐いた。
その隣で、セドリックが口元に薄い笑みを浮かべる。
「見事だな、エルヴィラ。貴族院の連中が見れば、泡を吹いて卒倒する光景だ」
「当然の結果ですわ、殿下」
エルヴィラはセドリックを見上げ、涼やかな笑みを返した。
「ガルディニアに莫大な金を払う時代は終わりました。我が領地の鉱山、そしてこの工房が、これより帝国の心臓となります」
職人たちの熱狂が渦巻く中、一人の使者が工房の裏口から駆け込んできた。
エルヴィラ直属の家令が、青ざめた顔で彼女の元へ駆け寄る。
「エルヴィラ様……! 療養棟の医師より至急の報せがございます!」
「父上ですの……?」
エルヴィラの表情から笑みが消えた。
「旦那様の容態が急変されました。……もう、長くは持たないとのことです」
工房の熱気とは対照的な冷たい知らせに、エルヴィラは拳を強く握り締めた。




