第43話 ファナ、「はああああああ?」
「なかなか似合ってるじゃないか」
「……え?」
コーネリアスの叫び声を背中に聞きながらパーティー会場に戻る道すがら、エリクが私に向かってそんなことを言ってくる。
「まあね、素材がいいからでしょ」
ははは、謙遜するかと思ったかね諸君。
私は自分の可愛さはちゃんと自分で認めているタイプなのでね!
そう思って、ふふんとエリクに向かって言葉を返したら、
「それはそうかもな」
とあっさりと肯定された。
……なにこれ。
てっきり、『素材って、自分で言うなよ』とか『はいはいそうだな』とか、なにかしらツッコミを返されるだろうと思って放った言葉をあっさりと受け入れられると、なんだか私がすべったみたいな気持ちになるじゃん……。
なんだかむず痒いなあ、と思っていたら、隣にいたエリクから、
「せっかくだし、一曲踊るか?」
と言われたので。
そう言われて改めてちらりとエリクを見ると、エリクの方も場が場なだけにいつもの気楽な服装ではなくちゃんとした正装みたいなスーツを着ていた。
……はいはい。
イケメンですね。
これが普通の夢見る令嬢だったら、おめめをうるうるさせて頬をほんのり赤く染めながら「……はい」とか言って手を取ったりしちゃうんだろうけどさあ。
「……踊りは別料金になります」
「ふはっ……!」
私の返した言葉に、エリクが噴き出して肩を震わせた。
……なによお。
会心の返しに、いまだ笑いから抜け出せずにいるエリクを睨んでいると、
「……ファナは本当に、最高に面白いやつだよ」
と涙目で言われた。
……ふん。
面白い女で結構ですよー。
むしろ上等なくらいだ。
そう思いながら、エリクを置いて先に進もうとしたら「……はぁ」とようやく笑いから一息ついたエリクに右手を取られた。
「ちょっ……」
そのまま握り込まれ、手を繋いだ形で進むことを余儀なくされたことに抗議の視線を向けたが、それは見事なくらいに無視された。
……なんなんだってのよ、もう!
☆ ☆ ☆
「……魔術顧問師匠。馬子にも衣装すぎじゃないっすか?」
「リーゼント。褒めてんの貶してんのどっちなの」
エリクが全体に向けての挨拶をして、それから挨拶回りに行っている間、ひとりで飲み物をちびちびと飲んでいるところにリーゼントがやってきてそんなことを言ってきた。
「……褒めてます」
褒めてんのかい。
「だったらもっと、『お綺麗ですね』とか気の利いたこと言いなさいよ」
「嫌ですよ。俺だって分をわきまえてますし」
そう言って、ちらりとリーゼントが向けた目線の先には。
「なに? もしかしてあんたも私とあいつが付き合ってると思ってんの……?」
「え? 違うんすか?」
意外なことを言われたとでも言わんばかりにリーゼントがキョトンとした顔をして見せたので。
はああああああああああああ?
と口には出さずに顔だけで示してやった。
「……え、違うんすか」
「なんで二回も言うのよ。違うわよ」
「えー……、でも……」
リーゼントがそう言って、渋い顔をして見せる。
……いや、どうしてそういうことになってるかなあ!?
「殿下が、こんなに身近に人を置くこと、見たことないっすし……。あとさっき普通に『あいつ』とか言ってましたけど……。あの人に向かって『あいつ』とか言える人、他にいませんからね?」
「……………………………。じゃあ『あいつ』って言うのもうやめる」
「いや……、そういう問題でもないと思うっすけど……」
じゃあどういう問題なのよ……。
別に私、エリクに対して普通に接してるだけだし。
なんでそんなふうに見られるねん。
「それにその服も」
「これがなによ」
ぶすっとしながらそう答えると、「え? 本当にわからないんっすか?」みたいな反応を返される。
「だってその色……。殿下の象徴色っすよね」
「は?」
しぐねちゃーからー?
「俺の口からこんなこと言うのも不敬っすけど。どう見ても下手に手を出すなっていう牽制がむんむんしてるとしか」
「はあああああああ?」
思わず、コントロールできずに溢れ出た魔力のせいで、『パンっ!』と手にしていたドリンクのグラスが爆ぜた。
「ちょ……、魔術顧問師匠、大丈夫っすか……!?」
突然破裂したグラスに、リーゼントが心配してくる。
だけど私は正直、今それどころではなかった。
……あ、あいつうううううううう!
仮にそれが善意だとして、彼なりの『私を守る』という考えの果ての行為なのかも知れなかったが、そうだと思っても煮え繰り返りそうなはらわたは収まらなかった。
私は!
色恋沙汰のごたごたに!
巻き込まれたくないってちゃんと言ったのに!
正直、前世も家族に恵まれていると言い難かったし!
今世もご覧の通りでありますけど!?
人は近付きすぎると離れるって思ってる。
恋愛? 結婚?
毎日一緒に暮らしていれば、相手の嫌なとこだって見えてくるでしょ。
――魔術の研究が一番。
それを軸に生きていれば、大きく心を乱されることなく生きていけると信じている私の、処世術。
特別な人など必要ない。
私には私がいればいい。
そう思って生きてきたし、これからもそう生きていくつもりだ。
なのに――。
「ファナ」
嫌というほどに聞き慣れてしまった低音が、私の名を呼ぶ。
「――別料金を払えば、踊ってもらえるんだろ?」
そう言って。
にやりと爽やかな笑みを浮かべてくる相方に、くるりと向き直ったその時。
――どぉぉぉおおおおおん!!
ど派手な音が、会場の外に鳴り響いた。
「おい! 魔王の遺産を受け継いだ奴がここにいるらしいな! 出てこい!」
外から聞こえてくる怒声と、逃げまどう人々の叫び声。
ほらね。やっぱり。
私の人生は、恋愛物じゃないし。
私の役回りは、灰かぶり姫でもない。
――お姫様ごっこの時間は終わり。
差し出された手を取ることなく、絶妙なタイミングで横槍が入ったのは、まさに私の運命を表しているようにも思えた。
――そうして。
私は差し出されたエリクの手に笑みだけ残して、外から聞こえる声に向かって足を踏み出した。




