第4話 一方、その頃クレイドル家では
――私の名前は、セバスチャン・ルノー。
クレイドル伯爵家の家令である。
「あの、申し訳ありません旦那様……。ファナお嬢様はどちらにいらっしゃるのでしょうか……?」
外出から戻った私がリビングで寛ぐ旦那様に尋ねると、旦那様の代わりにバーゲンレーグ子爵家のコーネリアス様がお答えになった。
「ああ、あの女か。追い出したぞ」
「…………はっ?」
信じがたい言葉に、思わず不躾な声を漏らしてしまう。
――ファナ様を、追い出した――?
いったいどうしてそんなことになったのかと思いながら、コーネリアス様におそるおそる尋ねた。
「あの、なぜ……、ファナ様を追い出してしまわれたのでしょうか」
「決まっているだろう。私がメアリと結婚するためだ」
「………………」
聞くとどうやら、メアリ様と結婚するにあたってファナ様が邪魔になったから追い出したのだと言うコーネリアス様。
平然とそう言ってのけるコーネリアス様に、私は黙って旦那様に視線を移した。
「……し、仕方なかろう……! 確かにコーネリアス殿の言うことはもっともであったし……。それに何より我が家としても、今回の婚姻を破談にするわけにはいかなかったのだ!」
私の視線を受けた旦那様がバツが悪そうにそう答える。
旦那様の言わんとされていることはわかる。
財政の苦しい我がクレイドル家としては、裕福なバーケンレーグ家から婿を取ることで、なんとかこの状況を乗り切ろうとしているのだ。
なぜ裕福なバーケンレーグ家がクレイドル家に次男を婿養子にと提案してきたのかはわからなかったが、またとない機会だと捉えた旦那様は、この話に一も二もなく飛びついた。
私自身も、クレイドル家の将来において悪い話ではないと思っていたのだが――。
なぜ。
今私が。
この状況に、こんなに心痛を感じているのか。
それは、この家の経済が他でもないファナお嬢様によってギリギリ成り立っていたからだった。
散財をすることしか知らないこの家の方々は知る由もないが、ファナお嬢様はご自分で稼いだお金のうちの一部を家に入れ、時に領地の中で農作物や魔術資源的に価値が出そうなところを教えてくださり、クレイドル家の収益となる一助となっていたのだ。
確かに普段は魔術にのめり込み、怪しげな研究をしているように見えた令嬢ではあったが、客観的に見て一番まっとうな人物でもあった。
――それにひきかえ、旦那様は。
『旦那様、今年の領地の作物の収穫率ですが。今年は乾季が長く、作物の出来が良くなかったため、昨年よりも収益が2割減となる見込みでございまして――』
『なんだ、そんなもの。領地民から取り立てる税を引き上げれば良いではないか』
『……』
――この有様である。
『旦那様。それでは領民が飢え、民の作業効率や生活水準に影響が出ます』
『そんなもの、一時的に下がっても来年よくなればまた元に戻るであろう』
何を言っておるのだ、セバスは――? と。
心からそう思っている様子の主人に、私は内心でこっそりとため息をついた。
――残念ながら、我が領地の主人は無能なのである。
「ねえコーネリアス様。結婚式のドレスなのですけど、王都で人気のデザイナーに頼んでもいい?」
「ああ、メアリの好きなようにするといい」
「あと、お色直しの回数も他の結婚式よりも多くないと嫌だわ」
「もちろんだ。我々の権威を見せつけるためにも必要なことだしな」
「きゃあ! コーネリアス様大好き!」
ファナ様の妹であるメアリ様と、入り婿となるコーネリアス様の会話に、思わず頭が痛くなる。
「あの、横から申し上げにくいのですが、あまり贅沢なものは我が家の経済状況では……」
「なんだ。ケチケチすることを言うものではない。だったら、結婚祝い金として領民から税を徴収すれば良いではないか」
――――あ、ダメだこれは。
入り婿の思考も、どうやら旦那様と同じようだ。
――――終わった――――。
次世代の主人もぽんこつな上に、この家の経済を支えてくれていた最後の良心も失われてしまった。
(……頃合いを見て、辞職を申し出た方がいいのかもしれない)
そんなことを真剣に考えはじめながら。
呑気にはしゃぐコーネリアス様とクレイドル家の人々を、なんともいえない気持ちで見つめたのだった。




