第31話 ファナ、野営飯を堪能する
さて。
あれから幾許かの時間が経ち、ダンジョンの階層も最初のフロアから4階層ほど降りてきた。
「とりあえず今日のところは、ここで一休みしていきましょう」
上層階の森林のフロアはとっくに終わり、石壁でできた階層を調査した後。
ちょうどまとまった人数が寝泊まりできそうな部屋にたどり着いたので、パーティーに向けて声をかけた。
外の空模様が見えないので体感することはできないが、時計を見ると時刻はとっくに夜である。
ここで無理をして体力を削るよりは、ちゃんと食事を取って休んだ方がいい。
一応、私の魔術を使って簡単に罠が仕掛けられていないか確認をしつつ、聖騎士のパーティーの斥候士にも罠やしかけのチェックをしてもらう。
「はい。この部屋なら大丈夫そうです」
そう言われて、斥候士のお墨付きをもらったところで各々が荷物を下ろしそこで一息つくこととなった。
『女神の守護』
そうやって全員が一旦落ち着いたところで、左手の魔道具を使ってこの部屋全体を覆うように守護結界を作る。
「防御結界を張ったのか」
「ええ。念のためね」
当番制にして見張り役を置いておくとしても、防御結界はないよりあった方がいい。
一晩ここで明かすのだ。
なるべく体をゆっくり休めるためにも、備えはしておいた方がいいでしょう。
エリクとそんなやりとりをしていると、私に向けて話しかけてくる者がいた。
「ファナさんの魔術って、綺麗ですよね」
くるりと振り返ると、それは同行していた冒険者パーティーの魔術師の青年だった。
「あ、突然話しかけてすみません。僕、クルスっていいます」
にこにこと愛想のよさそうなクルスと名乗った青年は、「噂で、ファナさんのことはお聞きしていたんですが、まさかこんなところでお会いできるとはおもっていませんでした」と話しかけてくる。
「先ほどの『女神の守護』も拝見させていただきましたが、とても見事な術式だなと……」
「いや、わかる。わかるぜその気持ち。どうやったらあんなに滑らかに壁に沿うように結界が張れるのか意味わかんねえよな」
話しかけてきたクルスに同調するように、ダンジョンに入ってからずっと私たちにひっそりとくっついてきていたリーゼントが力強く同意を示す。
「はい。それにファナさんの術は、なんというかきらきらしていて綺麗で」
「……そうなんだよなあ! 魔術顧問師匠の術は、力強さもありながらなんというか、輝いてんだよ!」
俺もどうやったらあんな術を放てるのかとずっと観察しながら盗もうと思っていたけど、なかなか……、というリーゼントに私は半眼になりながら、
「私、リーゼントを弟子にした覚えはひとつもないんだけど……」
とジトリと返す。
「いいんっすよ別に。俺の心の中では師匠認定してるんすから」
「…………」
その割には、口調とか全然敬われている感じがしないのだけど。
そうは思えど、『じゃあ改めたら正式に弟子にしてくれるんすか!?』とか言われても面倒なので沈黙で返しておいた。
沈黙。
困った時と面倒な時にはこれが一番である。
やがて、炊事班が用意してくれた『ごった煮』が出来上がると、部屋中に空腹を促す香りが漂ってくる。
……結界って、こう言う時にも役立つのよね。
匂いとか温度ってどうしてもモンスターを呼ぶからさあ。
だから基本的に、防御結界などの術が使えないパーティーは、携帯食での栄養補給を余儀なくされるのだけれど。
今回はね、私も冒険者パーティーの魔術師も防御結界が使えると言うことで、携帯食ではなくちゃんと食事ができるようマジックバッグに食材などなどを持ち込んできたのだ。
――え? ピクニックじゃないんだからって?
いやいや、食事って大事だからね!
結局最後の土壇場で胆力が出るか否かは食事だから!
そう思っていると、エリクから「ファナ。ほらお前の分」と呼ばれたので、うきうきとごった煮の鍋の近くまで近寄っていった。
「……うまぁ」
「こういう時に食べる食事って、妙に美味く感じるよな」
私と同様にほふほふと汁椀から匙でごった煮を頬張るエリクがそう告げてくるが、それに関しては全くの同意である。
なんだろうな、気持ちの問題なのかなとも思うけど。
昔さ、ファラの時に調査隊の同行を頼んでいた斥候士で、めちゃくちゃ野営飯がうまい斥候士がいたんだよね。
ああいう人がパーティーに一人いると、俄然楽しみが増えるよねえ……。
「しかし、生きている間に新ダンジョンの調査隊に入れるなんて、思っても見なかったな」
「そうですわよねぇ……。前回のダンジョン出現が百年ほど前と言ってましたかしら。まさか、わたくしたちが冒険者をやっている間に現れるなんておもいもしませんでしたわね」
聖騎士シリウスくんと、治癒師のおっとりとした女性がそう会話を交わす。
現存するダンジョンは全部で6つ。
それに加えて、今回新たなダンジョンが増えたわけだが――。
「僕、この調査が終わったら、恋人にプロポーズをしようと思ってるんです」
突然、先ほど私に話しかけてきた魔術師のクルス青年が、鍋を囲んできた私たち一同に向けて、そんなことをぽつりとこぼした。
「ああ、この間の冒険者コンで出来た彼女か」
「はい。ずっと伴侶となってくれる人を探していたんですけど、やっぱり冒険者なんてやってるとなかなかそんな出会いなんてなくて」
でも――、この間の冒険者コンに思い切って参加したら、まさに理想そのままという人と出会うことができたんです――と。
「これまでは、冒険者としてこのままひとりでずっと生きていかなくてはいけないのかと思っていたんですけど。僕にも守りたい人ができたので。この仕事が終わったら、プロポーズしてしばらくは冒険者を休もうかなって」
「ああ、いいと思う。俺たちもお前が幸せになれるならそれが一番だよ」
そんなにいい出会いがあるのなら、俺たちも今度、冒険者コンってやつに参加してみるかなあ――なんて、和やかに笑い合う仲間たちを横目で見ながら。
……おい。ちょっとやめなさいよ……!
私、そういうのなんていうか知ってるんだからね……!
知らずに死亡フラグを踏みまくっている冒険者パーティーに一抹の不安を感じつつ、黙って食後のお茶を啜る私なのであった。




