第13話 ファナ、魔術の訓練をする
――さて。
王宮での暮らしにも慣れてきたし『そろそろ朝のルーティーンを再開するか』と思った私は、使用人頭のジェームズに早朝の訓練場を使わせてもらえるよう頼んだ。
――私のルーティーン。
それは、毎朝起きたらランニングしながらすべての呪文を最低2周暗唱することだ。
なんで?
って思う人のために、一応ちゃんと説明させていただこう。
――人の脳は、使わないことで忘れてしまう。
よく使う術は比較的問題ないが、そうでもないものに関してはいざという時にど忘れしてしまう恐れがある。
それじゃあ術なんて何の役にも立たないじゃないの。
せっかく術を覚えたのにここ一番で使えないなんて。
まあ今の時代、無詠唱魔術が主流なのだから別にいいではないか――という意見もあるかもしれないけどね。
あたしゃなりたくないよ。
そんな魔術師には。
――すべての魔術を、いつでも最適な時にぶっぱなせる自分でいたい!
そのために、日々の努力は怠らないわけで。
ランニングをしながらそらんじるのは、そのほうが記憶力があがるから。
あと、単純に体力作りになるから。
デスクワーク中心の魔術師とは違ってフィールドワークを重んじる魔術師は体力を必要とする。
あと単純に、フィジカルの鍛錬はメンタルにも影響する。
より強く、より早い魔術を使うためには、肉体の鍛錬もある程度は必要なのである。
あとね、これが一番大事なのだけど。
普段から魔道具での無詠唱魔術に頼りきりになりすぎると、いざ何かトラブルがあって魔道具が手元にない時に何もできなくなる。
だから所詮、簡略化は、簡略化なのだ。
すべての基本を体得した上で使わないと、あまり意味がないと私は思ってる。
まあ、言うよりはやるが易し。
朝の鍛錬ついでに、今日は呪文をそらんじるだけではなく実際の魔力発動訓練もやっておこう。
せっかく訓練場を使わせてもらえるんだしね!
ひととおり、走りながらの暗唱を終えた私は、軽く汗を拭いて水分補給する。
そうして手に取った杖を起動させ、目標地に向かって身構える。
杖に彫り込んだ呪文に指で触れるとそこに魔術を流し、それを呪文詠唱の代わりとして術を発動する。
『岩壁!』
無詠唱とは言いつつも、最後のキィスペルについては省略せずに声に出す。
すると、ずうううううううん! という盛大な音と共に巨大な岩壁が現れた。
そこに、手にした杖の別の箇所に掘り込んだ別の呪文に触れ、次の魔術を発動すべく魔力を流し込む。
一つの杖に掘り込める術は大体四つほど。
それを状況によって使い分けるのだ。
『火焔!』
どぉーーーん! と、間髪入れずに音を立てて、自ら生み出した岩壁にこれまた自ら生み出した炎の塊がぶつかる。
魔術がぶつかった岩壁には、焦げ跡がくっきりと残り、中程までえぐれた程度だ。
まあー、こんなもんか。
これでも普通に下級の魔物くらいだったら一撃で倒せるんだけど。
さて、次は。
『――風よ、舞い上がれ。炎を起こせ』
魔術の元となる、古代語を用いて呪文を唱える。
言葉を紡ぐほどに、先ほどの無詠唱での術式とは比較にならないほどの負荷が体に巡る。
『……すべてのものを灰燼となし、我が敵を灼き滅ぼせ――、火焔!』
瞬間。
どごおぉおおおおおおおおぉん……!
と。
先ほどは少しえぐれただけでしかなかった石壁が、魔術が当たった衝撃で、大きな音を立ててガラガラと崩れ落ちた。
うん、まあまあかな!
簡単に説明すると、結局、術の発動に魔道具というものを媒介した段階で、どうしても威力は劣ってしまう。
本来、魔術というものは体内に満ちる魔力をスペルワードと共に練って練って、最終的に膨れ上がらせたものをキュッと締めてバン! と出す(感覚ね、感覚)なのだが、無詠唱で発動するとあんまりこの感覚がない。
だからなのか知らないけど――、というか多分そうなんだけど。
最近の魔術師は、魔術の練り方もあんまりうまくないし、それ故にみんなが体内に保有してる魔術量も昔と比べて減ったねー、って感じがすごくするのよねー。
肺活量とかと似てるかどうかはわからないんだけど、魔力って練れば練るほど大きくなるものだから。
だから、最近の魔術師の魔力量が貧弱になっちゃったのは、かつて私が無詠唱魔術とかを生み出しちゃった弊害かなあ〜、ごめん! という気持ちがあったりなかったりもする。
「あれ……、先客?」
そうやってしばらくドゴドゴと魔術の発動訓練を続けていたら、背後から声をかけてくるものがいた。
「ああ? 新入りか?」
どうやら、この国の宮廷魔術師らしい。
――しまった。
ちょっと長居し過ぎたみたいだ。
「ごめんなさい。ちゃんと許可は取って場所を借りていたんだけど。すぐに片付けて出ていくわね」
変に絡まれても面倒臭い――。
そう思いながら、そそくさとその場を離れようとした時だった。
「あっ、この人ですよ確か! 殿下が相方だって連れてきた冒険者の魔術師!」
最初に私に向かって「先客」と声をかけてきた、くりくりパーマのおぼっちゃん魔術師が私を指差してきた。
「ほお……。殿下が俺たちを差し置いてまで客人にしたってあの魔術師か。そりゃあ、ぜひとも実力を見せてもらわねえとなあ……」
それを受けて、兄貴分みたいなオールバックの男が不敵ににやりと笑う。
――あ。
どうやら面倒ごとの回避に失敗したらしい。
そのまま逃げ去りたい気持ちをぐっと堪えながら、ぎぎぎっ、と振り向いた私なのであった――。




