第四十八話潰す
メリケンサックとナイフがぶつかる。そこで生まれる少しの隙間から天道のナイフが手に突き刺さる。
「ぐぁあ!」
傍から見たらそう激しくはないが、本当はかすり傷では済まされないほど傷は深かった。思わず叫び声を上げてしまう
「どうした?蛇山?それくらいで痛がっちまうのか?」
「そんなわけねぇだろ!!」
傷口からダラダラとこぼれる、他に体中が傷だらけなのがひしひしと伝わってくる。だがここで止まってはいけないことも体が分かっている。だが思考はそれを拒否している。
「何で俺は戦わなきゃいけない?何で俺はこんなに人を殴ることに躊躇がない?何で普通の軽音部なのに武器なんか持ち歩いている?」
自分が分からない…自分のやりたいことややってることがかみ合わない。鳴神は何故一緒に戦ってくれるのか?これ以上戦いが続くならもう川や澤村、黒川にも合うことがすくなってしまうのか?そんなのは嫌だ!
思うことは出来るものの体と拳は止まらない。天道の蹴りを顔面に受け、さらに腹にもパンチを打たれる。そしてやり返すように胸ぐらを掴み顔面を殴る。耐久力はギリギリこっちの方があるようだ。どんどん拳を叩きこむが天道は攻撃を腕で受け腕を絡ませる。
普通の空手と何かが違う技や受け方…蛇山は昔の記憶を探る。和徳叔父さんか…お父さんか…誰かかの試合を見ていた気がする…その時に自慢げに説明してくれた。
振るわれた拳を掴み、膝を蹴る。
「お前糸東流だろ?」
種を見透かされた天道はほくそ笑む。
「よく知ってるな」
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一般的な空手として知られているのは松濤館流と呼ばれる一撃必殺且つ、型を重視してものだ。そして実践向けなのは極真と呼ばれる打撃の打ち合いを重視した流派…それに対して糸東流は豊富な技の引き出しを持つ伝統派の空手だ。
大量の拳を天道に振るい続けるがどれも違う受け方で返されてしまう。
「防御だけだと思うか?」
そして防御だけではない、完璧な回し蹴りをしてくる。このままだと勝てないということは分かっているのに勝てるビジョンは全く見えない。でも勝てなくていいのではという考えも浮かんでくる。
「お前が戦う理由が分からない!!」
蛇山の髪を掴み喉を殴る。一瞬志向が思考が出来なくなる、その後ネガティブなことばかり考えてしまう。
「お前は軽音部だろ!?そもそもこれは俺らと佐鹿の問題だ!何でお前が俺と戦って厚治が佐鹿と戦ってる!?だったらそのまま黙ってればいいんだよ!!」
天道は足を蹴り、蛇山を倒れさせる。そして倒れた蛇山を一方的に蹴る。だがここでまたネガティブな感情が増幅されていく。
「確かに…このまま負けてもいいな…負けても俺が傷つくだけ…そもそも喧嘩がバレたら俺の方の経歴に傷がつくよな…あれ?今の生活ってデメリットしかない?」
このまま終わってしまいたい…自分だけの世界に入ってしまった蛇山は立ち上がり天道の顔面を殴る、だがその拳は途轍もなく弱弱しかった。
「ん?」
首を傾げる、天道を凝視する。だがその瞳は先ほどとは違いかなり弱弱しく見えた。
「もうあきらめるのか?」
足からナイフを取り出し。蛇山に突きつける。
「おいおいおい…ハンデありの俺に負けちゃってんの?」
挑発する天道の言葉がグサグサと心に突き刺さる。
「そうだ…もういっそのこと…さぁ」
不気味なまでに遅いスピードで天道に近づきナイフを掴んでいる腕を掴む。腕から血を流し、傷だらけでにじり寄る姿はまるでホラー映画の殺人鬼のようだった。そしてそのナイフを自身の腹部に近づける。
「いいけど…お前死ぬぞ?」
腹部にナイフを近づける蛇山の手はかなり震えていた。それは死への恐怖か…全てへの諦めか…
「俺だってさ…こんな事望んでないんだよ…俺だって喧嘩なんてしたくない…俺はマジでバンドをやりたい…こんなところで止まってる暇じゃないんだよ…」
天道は蛇山の手を振り払い顔面を殴る。
「そ…俺初めて人殺すことになるかな」
だがそのまま立ち尽くす蛇山は一瞬のうちに思考をめぐらした。
「これだけ…これだけで終わればいい…」
考えを提示するのは誰だってできる。でも自分から動かなければ自分で結論を着けることもできない。自分を立ち上がらせるのは自分しかいない…
「じゃあお前死にたいってことね」
そしてナイフを持ち突進する天道、その顎をメリケンサックをハメた拳で殴る。
「うがあ!」
思わず顎を抑え、こちらを睨む。
「てめえ…死にたいんじゃないのかよ!さっきの何なんだ!?」
蛇山は首を回し関節を鳴らす。
「少し…時間が欲しかっただけだ…」
蛇山はストレートを振い天道は思わず避ける。あの技を大量に持ちいつもなら受け流すはずの天道がコンマ一秒で避ける。
「クソが…本当でぶっ殺すぞ…」
天道の蹴りを避け、腹部を一瞬で二発殴る。
(クソッ!スピードも上がってんのか?)
バックステップを取る。だが蛇山もただじゃ止まらない。みぞおち、顔面、足。様々な急所を狙い攻撃を続ける。
「クソッ!さっきと人格まで変わりやがって!」
いつの間にか落としていたナイフを拾い横に切り払う、それにより額から血が垂れる。それでも蛇山は猛攻を止まらない。
「スタンスがさっきまでは定まってなかったからな…でも決めた、俺はこの喧嘩を音楽経験の糧にする。」
狂狼で知られる天道が精神的に追い詰められる、こんなことは初めてだ…感情に振り回される馬鹿だということは薄々感じていたものの、ここまで感情、自分一筋な男はこいつが初めてだ。
「俺は別にあんたら見てーなヤンキーじゃないけど…これはこれでロックだよなぁ!」
メリケンサックについている血が目立つ。ホラー映画の殺人鬼というより、意思疎通のできない生物というのが合うかもしれない。まるで毒蛇だ。
「そうかよ、勝手にやってろ!」
天道の回し蹴りを避けられた後、拳を振う。そしてお互いの拳の連撃が見えない領域に行く。そして天道の顔面に拳が届く。
「ぐはぁ!」
口から血を流す。天道、そしてその腹部に右ストレートを叩きこむ!天道はそのままぶっ倒れた。
「あっ…お前…やっぱ場数違うだろ…」
天道の言葉に蛇山は答える。
「お前は喧嘩の場が違うかもしれないが…公式の試合は俺の方が出てるな」
天道は先の戦いで感じた、雰囲気で分かる。蛇山も誰にも言っていないジュニアボクシングの優勝者だと言うことを見抜いた。
「でもなぁ…俺はまだ諦められないんだよ…」
ナイフを取り出し、立ち上がる。天道だがその視線は別のところに行っていた。
「あっ…あ…」
天道が見ている方向に視線を向けるとそこには真崎を倒した佐鹿が居た。
「厚治ぃ!」
天道は蛇山そっちのけで真崎の方に駆け込む。
「やっぱバカじゃん」
だがその後ろにバットを振りかぶった紀村がいた。そしてそのバットで天道の後頭部を殴った。




