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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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9  「三者の思惑、温度差」




 酷い障気で目が覚めた。


「……朝っぱらから、激しいな」


 フェトラスはむにゃむにゃ言いながら微睡み続けている。そして彼女の夢の中には届かない、生きた鉄の臭い。血の臭いとは少し違う、生の鉄。


「……つっ」


 カルンが興奮するような事態でも発生したのだろうか。俺はフェトラスを起こさないよう、そっとベッドから抜け出してそのまま家の外へと出てみた。


 外は赤一色だった。


「……カルン」


 幾重にも重なったモンスターの亡骸。その少し離れた所に、返り血で真っ赤に染まったカルンが立っていた。


「ああ……おはようございます、お父上殿」


「……おはよう。これは、どういうことだ」


「太陽が昇ると同時にモンスターが襲撃してきました。恐らくテリトリーの侵害だと判断されたのでしょう。まったく、愚かな生物共です」


 モンスターの死体達に目をやると、それはこの地を表したかのように多種多様な死体が重なっているのが見て取れた。あまり見かけない大型のモンスターから、中型、多数の小型。実に多くの種類がいる。


 命だけでカウントするなら、十三はくだらないだろう。


「……テリトリーの侵害だと言ったな。だが、俺はこんなにも大量のモンスターに襲われたことは無いぞ」


「それは貴方が人間だからです。コイツらが惹かれたのはフェトラス様という、魔王の名を冠する精霊ですよ」


 つまらなさげに死体達に歩み寄ったカルンは、魔法を生み出した。


「魔王様の寝込みを集団で襲うような輩は、糧にすらなりません。灰になって終われ」


【炎葬】と、呪文を唱えたカルンの手の平が、闇に包まれる。


 朝日に照らされる闇は、不自然というよりも不吉だった。音もなく炎が生み出され、同様に音もなく死体達を燃やす炎。燃え移った火だけが、パチパチと死体の脂を弾かせた。


「ふぅ……服が汚れてしまったので、川で返り血を落としてきます」


「ああ。フェトラスは俺が見ておくから、服を洗い終わったらお前も寝ろよ」


「そうですね、そうさせておきます」


 カルンは【清葬】という呪文を唱えて、辺りの血溜まりを全て闇で包んで消した。


「フェトラス様のこと、頼みますよ」


「ああ……ありがとう。おやすみ」


 昨日と全く同じ足取りでテクテクと川を目指し始めたカルン。徹夜で、あれだけのモンスターを相手にしながら、まったくダメージや疲れを得ていないようだ。


 返り血と血溜まり。恐らく魔法など使わずに、全て素手によって打ち倒したのだろう。まだ本調子ではないのに、強い。


「カルンがいなかったら、この家なんてあっという間に壊されてただろうな」


 これが魔族だ。明らかに人間よりも、モンスターよりも格上の存在。魔の眷属にして、人間とは相容れぬ哲学を持つ者達。


 そんな魔族は魔王を崇拝する。


 モンスターは魔王を忌避し、時に無謀な排除を試みる。


 動物はそもそも魔王のことになど関知しない。


 人間は、どうなのだろうか。


 魔王崇拝者もいれば、魔王をほふる英雄もいる。


 まぁ、前者は人間として破綻しすぎているので徒党を組めない。みんなそろって発狂してるから、集うことが出来ないのだ。故に人間にとって脅威でもなんでもなく、ただの頭がイカれた個人・・・・・・・・でしかない。


 人間は魔王のフェロモンに惹かれない。しかし、人間は魔王を忌避し、時に排除を試みる。


 人間とモンスターは何が違う。


 魔族と人間は、どう違う。


 一陣の風がふいたが、障気を取り除いてはくれなかった。いつまで経っても、生物的な鉄の臭いと血臭が混じり合って鼻孔に残った。これは、死臭だ。


 これほどの死が舞い満ちる朝日の中、疑問を抱いた。どうしてカルンはそこまでしてフェトラスに固執するのか。


 人間にとって魔王は敵だ。


 モンスターにとって魔王は脅威だ。


 魔族にとって、魔王とはどのような存在なのだろうか。



「俺にとって、フェトラスは何なんだ……」



 いつまで経っても慣れなかった「父」という肩書き。


 彼女の呼び名に従うならば、フェトラスは俺の娘・・・ということになる。それが適切な表現かどうかは分からない。はっきり言うなら実感が無い。


 だが、それ以外の言葉はどうにも似合いそうにない……というのもまた俺の中にある事実だ。


 しかし同時に、子供どころか妻さえいなかった自分。


 もっと言うなら、親に育ててもらったという経験が俺には無い。


 だからだろうか――――我が子という表現が落ち着かない。


 フェトラスは俺の娘なのか?


「いいや、違うな……」


 俺は、フェトラスの親なのだろうか?


 彼女に「お父さん」と呼ばれるだけの、確かな何かを持っているのだろうか。



 胸くそ悪くなる臭いが、いつまで経っても俺に口癖を言うことを許してはくれなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「起きろフェトラス! 朝飯の時間だっ!!」


「……ご、ごはん……」


 彼女の肩をブンブン揺さぶって俺はフェトラスを無理矢理起こした。


「今日のメニューは果物と果物と果物だ!!」


「おにくは……」


「朝から肉なんて食ってられるかっ! 贅沢はエネミーだ! 排除しろっ!!」


「……………………」


 明らかにテンションが低くなったフェトラスをベッドから引きずりだし、俺は外にある台所と呼ばれるスペース(ぶっちゃけただの広場)まで彼女を引きずった。


「とりあえず今日も食え! 食って遊んで、たくさん寝ろ!」


「…………あ……」


 俺の言葉で、昨日の夜の事を想いだしたのだろう。ぼやけていたフェトラスの瞳が収束する。そんな彼女を笑顔にするべく、俺は元気いっぱいに叫ぶ。


「ほれ、果物と果物と果物だ! 文句は受けつけないから、腹一杯食え!!」


「……果物だけ、なの?」


「文句は受け付けないと言った。さぁ、コレ食って遊びに行くぞ!」


 布団も目的もどうでもいい。ただ、今日はフェトラスと一緒にいたかった。


「…………いただきまーす!!」


 やけくそ気味にフェトラスが果物にかぶりついた。


 まだ作り笑いかもしれないし、色々あるけどお肉は食べたいかもしれない。だけど今は果物しかないから、笑顔でそれを食うべきだ。フェトラスはまだ気がついてないようだが、果物だって命なのだから。


「ところでお父さん。カルンさんは?」


「アイツは水浴びに行ったよ。その後で眠るらしい」


「ふぇー本当に徹夜してガードマンになってくれたんだぁ……でも、変だよね」


「あ?」


 フェトラスは果汁をボタボタとこぼしながら、口を動かし続けた。


「なんでそこまでしてくれるのかなぁ?」


 それは俺も考えた。フェトラスも疑問を抱くということは、やはり相当に不自然なのかもしれない。あるいは、凄まじくシンプルな疑問なのか。


「わたし、カルンさんに迷惑かけただけで、何もしてあげられてないし……」


 彼女の不安げな瞳をのぞき込んだ俺は、反射的に考えられるだけの仮説を打ち立てた。


(五つの理由が考えられる。可能性の高い順に列挙。1・魔王の側近となるべく、早い段階でフェトラスに協力する、『先行投資』。2・モンスターとは違う意味でフェロモンが効いているという可能性。3・魔族の宗教。人間が神を崇めるのに似ている……という推測。4・取り入った魔王の力を武器として扱い、自分たちを発展させる魔王利用・・・・。5・不定理由。ただひたすらに本能。見返りを期待しているのか、それとも期待していないのか。つまりそれは、偽善なのか愛なのか。……やはり考えても仕方ないな)


「フェトラスが超可愛いからじゃないか?」


「や、やだお父さん……朝から馬鹿じゃないの?」


 それは照れた様子なぞ一切無い、冷たい反応だった。


 超可愛いって褒めたのに。


「わたし真面目に聞いてるんだけど」


 半眼である。俺は彼女の果物を取り上げた。


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


「お、親ばかー! 朝ご飯返せー!」


 くっ……ち、ちょっと上手いこと言いやがる。


「うるせぇ。俺が馬鹿だったら、お前も馬鹿だ。馬鹿というやつが馬鹿なんだ」


「ば、バカじゃないもん。賢いもん」


「ほほぉ……では聞かせてもらおう。なんでお前は賢いんだ?」


「えっ、なんでって言われても……」


「自らの賢さを証明しろ」


「む、難しいこと要求するねお父さんは……ええと」


 彼女はしばらく考え込んで、ポツリとこう言った。


「魔法で道具が造れるよ」


「それって賢いって事か? その技術は修練の結果だろ。賢さというよりは、フィジカルでマジカルな経験だ」


「うぐ」


「……だけど、この家を建てるにはお前の魔法が必要だったことは事実だな。実際お前が作ってくれた道具や釘とかが無かったら、ここまでのクオリティは発揮できなかった」


 俺はほいと、果物をフェトラスに返した。


「いやー。フェトラスは賢いなぁ。そうやって自分の功績を口にして、見事朝飯を取り返した。素晴らしい狡猾こうかつさだ」


「けなしてるよね? 馬鹿にしてるよね?」


「とんでもないぜベイビー。褒めてるのサ……!」


 俺が立てた親指を見せつけると、彼女は取り返した果物を一瞬で口に入れて咀嚼そしゃくしはじめた。その直後に、空いている右手でスパッと俺の果物を強奪しやがった。


「あっ、なにしやがる! 俺の朝飯を返せ!」


「ムグムグ……んっぐ……ぷは。お父さんも朝ご飯を返してほしかったら、みずからの賢さを証明してよ」


「その果物は、俺が取ってきた。昼飯も俺が取ってくるだろう。……昼飯抜きにされたいか?」


「ごめんなさいでした」


 勝負は一瞬でケリがついた。口元がベタベタな魔王はまるで献上するかのように果物を俺に差し出す。


「ふふん、どうだ。お前を上回る賢さだろう。ククク。まだまだ俺を越えることは出来ないようだな」


「うん。そんな卑怯な部分は超えられそうにないし、超えたくもないかなぁ」


 呆れる彼女を前にして、俺はまるでガキみたいに笑いながら果物を口にした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(……何故)


 川のなかで血をそそぐ魔族がいた。


(何故、フェトラス様は魔王でありながら命を奪おうとしない……)


 カルンだ。彼は返り血を落としながら深く深く考え抜いた。


(銀眼を抱ける魔王など、生きている内に会えるなどとは思ってもいなかった……しかも、あのように幼いのに! 才能などという一言では片付けられない。奇跡だ。フェトラス様は、奇跡そのものだ!)


 あの凍り付いた銀に魅せられた瞬間、カルンは死を覚悟した。そして同時に狂喜を覚えた。


(配下が一人もおらず、まだ何も知らない魔王……しかも銀眼の魔王! それと巡り会えるなんて! 嗚呼! 神よ! 私だけそんなに愛してくださるのは、流石に依怙贔屓えこひいきが過ぎるのでは!?) 


 まさに狂喜。カルンの精神は歓喜の白、絶頂に至る。


 だからこそ反動でカルンの精神はドス黒く染まる。



(命を奪わない魔王……)



 それはカルンにとって、絶対に認めてはいけない存在。


(やはり、あの者のせいか? 保護者などと、たわけた事を……)


 通常、魔王とは誕生の瞬間から闘争の人生を歩む。食うために殺し、殺されぬために食う。


 殺戮の精霊。魔を統べる王。


 その強さに限りなど無い。誰にも限界が見えないのだから、無限と解釈してもいいだろう。


(その強さを秘めた魔王が、指一本でも殺せるような存在を前にして怯えただと……?)


 背後から流れる水が、カルンの身体を通る度に薄い赤に染まっていった。


「………………ふざけるな」


 魔族は川の中で、独り言を呟いた。


(その在り方は間違っている。殺すべきモノを殺さぬというのなら、それはまるで種を作らぬ花だ。ならば、なぜ在る)


 遠い自問自答。結論がどこにあるのか、カルンは天を仰ぎながら答えに至る問いを見つけた。


(誰がそうした)


 答えはすぐに得られた。


(ああ、アイツか)


 水面が憎悪で揺れる。


(アイツが、フェトラス様が本来送るべき闘争の人生を奪った。だから“考えるヒマ”など与えてしまったのだ……!)


 既に血は流れていたが、服に残ったこの血染みは魔法を使わないと落ちない類のものだった。それは、フェトラスからくらった魔法で付いた自分の血も同じ。


 カルンはモンスターの返り血だけを魔法で落とし、自分の血はそのまま残した。


(これでいい……私はまだ幸運だ)


 明け方、徒党を組んで自分・・を狙ってきたモンスター共を引き裂いた感覚。


 それを思い出しながら、魔族はほくそ笑んだ。


(……ここのモンスターは本当に弱い。複雑な生態系が仇となったな。どいつもコイツも平均的だ)


 アリを踏み潰すとはワケが違う。攻撃を避け、一撃を加え、どす黒い憎悪を笑いながら放ち、血を浴びてはまた笑う。


 それはカルンにとって遊びだった。楽しい楽しい、蹂躙だった。


 相手はアリではなく、恐れ、絶望してくれる弱い弱い生き物だったのだから。解体するなら、虫よりも動物の方がやり甲斐がある。


 カルンは人間でいうところの『胸くそ悪い虐殺者』だった。



 疑問を抱き。答えを得て。憎悪をまき散らし、ほくそ笑む。彼は根っからの魔族。



 カルンは「うーむ、眠い」と呟いてから緑色の翼を羽ばたかせ、空に舞った。





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