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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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10 「わたしを食べてしまうのは誰?」



 フェトラスには「遊ぶぞ」とは言ったものの、さて、遊ぶというのは意外と難しい。娯楽のないこの島では食事かお喋りくらいしか楽しみがない。


 というか、単に俺が遊び方を知らないだけかもしれないが。


 だから俺は労働しながらフェトラスと他愛のないお喋りをした。


「お父さん、何を作ってるの?」


「いや、カルンに椅子をな……アイツも夜通し立ちっぱなしじゃ辛かろうと思って」


 俺は布団よりも先に、椅子作りを優先した。材料は家造りの際に余った木材だ。フェトラス製のノコギリを引き続ける。こういう単純作業は思わずボーっとしちまうんだよな。


 ぎこぎこぎーこ。ノコギリをひく。


「どんな椅子を作るの?」


「簡単なヤツだよ。でも長時間座れるように、ゆったりとした背もたれを付ける予定だ」


 ぎこぎこぎーこ。ノコギリをひく。

 それを見ながらフェトラスが何か音を発した。


「ふーん……今日は……を作るんだ。だっ……布団を作ってるひ……」


(アイツが何を目的としているかは分からないが、それでも俺達を、違う。ヤツが守ってるのはフェトラスだ。見返り・・・は何だ。そう考えるのが自然だ。期待するものは何だ。訂正。アイツがフェトラスを守ってくれてるので、俺なりの見返りというか、感謝を示そうと思う。思惑の外でも、そう解釈)


「……お父さん?」


「んっ……ああ、すまん。ちょっと飛んでた」


「……?」


 ぎこぎこぎーぷつり。


「よっしゃ。上手く切れた。あとはコレを組み立てるだけだな」


 フェトラスの釘も余ってる。どうやら昼前には決着が付けられそうだ。


「昼飯は何がいい?」


「あー、なんでもいいよ」


 シレッっと聞いてみたが、フェトラスも同様にシレッっと答えた。


(朝食は果物だけだったから、やっぱ昼は肉を食いたいかな……でもフェトラスに命を奪う覚悟は……やっぱ無いよなぁ……昨日の今日だし)


 だから俺が代わりに奪うのだ。彼女がそれを受け入れる日まで。生きていくためには、殺す必要があるということを、俺が代行する。


 だって殺害がストレスだというのなら、敵であるストレスから彼女を守るのも俺の役目だろう?


 昨日の食事にも肉は出たが、俺が全て調理したし、彼女が自分の内側を明確なモノに昇華させたのは食事のあとだ。


 だから、今日という日が特別な意味を帯びる。


 彼女が言った「なんでもいい」とは、まだ自分が出せない答えを先延ばしにしているだけだ。


 自覚の先。まだ出ぬ答え。――――だからこそ俺が、正しく導く必要がある。


「何でもいいんだな。んじゃ、後で森に行って狩りでもしてくるよ」


「あれ? お父さんが行くの? カルンさんじゃないんだ」


「いや、アイツ寝てるだろ。お前は酷いヤツだなー。いくら自分の部下とはいえ、そこまでコキ使うか」


「そ、そんなつもりじゃないもん!!」


 フェトラスにしては珍しく、真剣に怒ったみたいだ。


 彼女は顔を赤くして、自分の服のすそを握りしめた。


「部下とかじゃないもん! ただ、いつもカルンさんがご飯くれるから、今日は違うのかなぁって思っただけで、だから、その、別に部下じゃないもん!」


「分かった、分かった。言葉の頭とケツで、お前の言いたいことは分かった。そうだな、カルンは部下じゃないな」


「そうだよ! カルンさんは………………ええと…………」


 怒り顔はドコへ行ったのやら。


 フェトラスは黙り込んで『カルンとは自分にとってなんぞや?』というテーマに取り組んだ。


「カルンさんは…………」


(知り合い。友達。家族。執事。お客さん。被害者。便利人。ご飯ハンター。親切な人。ただの魔族)


 咄嗟にフェトラスの言葉の続きを想像したのだが、彼女の答えは俺の考えとは微妙に違った。


「カルンさんは、変な人・・・だもん!!」


 散々悩んで、挙げ句の果てに変人扱いですか。


「お、お前には一食の恩とか、加害者意識とか無いのか。……いくら俺でもそこまで言えんぞ」


 俺が苦々しく呟くと、フェトラスは慌てて前言撤回を試みた。


「ち、違うの! ちょっと待って! ええと……ええと……!!」


 見ているこっちが動揺するくらい、フェトラスは慌てふためいた。


「わ、分かったから。そんなに必死になるな。カルンはカルンだ。それだろ?」


「そ、そう。そうなのよ。わたしが言いたかったのはそういう事なのよお父さん」


 俺がそう言ってようやく彼女は落ち着いた。


「……何の話しをしていたんだっけ」


「さぁ?」


「……昼飯は何が食いたい?」


「なんでもいいよ」


 よし、方針は決まった。となると、この椅子をさっさと仕上げちまうか。どうやら家を一軒建てきったことにより、俺の大工スキルが上がったようだ。


 それから俺は一時間としないうちに椅子を作り上げてしまった。


「おおー。すごい。椅子だ」


「椅子だろ? 椅子を作ったんだから当然だ」


 ふふん、と言いながら俺は木槌で肩をたたいた。同じ姿勢だったので少しこっている。大ざっぱな椅子だが、試しに座ってみると座り心地は良かった。


「さて……それじゃ、森に行くかな」


「わたしはどうすればいいの? お留守番?」


「はて。どうしようか」


 そういえばバリケードは不在だったな。そして俺は森へ行く。


 即ちフェトラスが持っている選択肢は「お留守番」か「森へ同行か」という二択なのだが。


「………………」


「ね、わたしはどうすればいいの?」


「……お前はどうしたい?」


 答えはフェトラスに委ねた。


「家に籠もってたら大抵のモンスターからは身を守れるはずだ。もし大型が来ても、お前は魔法を使えるから勝てると思う」


(でもそれは、襲われたら殺害するという事でもある)


「それとも、俺と一緒に森に行くか」


(即ち、俺がモンスターを殺す様を見たいか、という事)


「お前が決めろ」


 樹海という名にふさわしい、木の葉がすれる波のような音が聞こえた。


「まぁ、今まで椅子を作ってたが、モンスターは来なかった。きっとお前は家にいた方が安全だろうな」


「…………ううん、行く」


 フェトラスは少しだけ苦しそうな顔をして「お父さんと森に行きたい」と言った。


 彼女が選んだのは、逃避ではなく戦い。――――敵は他ならぬ、己。


(シンプルに生きてぇなぁ……)


 ただ食べて、遊んで、眠っていられればどれほど幸せだろう。


 だけどそろそろ、そうも言ってられなくなってきた。


 フェトラスは成長し、言葉を身につけ、内面をどんどん成長させている。


 俺達は獣じゃない。言語を扱う、知的生命体だ。何事にも意味を持たせたり、理由を持って生きなくちゃならない。


『信念や覚悟が無いと踏み出せない一歩が、この世にはある』とは、誰の言葉だったか。


 確か死線を前にした英雄の言葉だったような気がする。


 要するに、その一歩とは物理的なものではなく、心の一歩だ。


 傷つくかもしれない、失敗するかもしれない、間違っているかもしれない。そんな不安と戦うために、俺達には信念や覚悟、あるいは勇気が必要になるのだ。


 だからこそ、俺はフェトラスを褒めてやりたい。


 彼女は「お父さんと森に行きたい」と言った。一歩を踏み出したのだ。


 俺は、自らの苦悩と戦うことを決めた彼女を、守りたい。


「わっ……な、なにお父さん?」


「いや……別に」


 俺は黙って彼女の頭をワシャワシャとなで回した。フェトラスは少し驚いているようだったが、やがて目を閉じて微笑んだ。俺はずっと、彼女の頭を撫で続けた。


「じゃ、一緒に行くか」


「うん!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 右手には剣を。左手には魔王を。


 俺はフェトラスと手をつないで森の中を進んだ。それは本当は危険な行為でもあるのだが、彼女を安心させるにはコレしか手が無かった。


「お父さん、迷子にはならないの?」


「ああ。この辺はキッチリ覚えてる。地図が頭の中にあるからな」


 通りやすいルートを選びながら、俺達は森の中を徘徊した。


「あっちには果物がなってる。だけど最近は数が少ない」


「ふーん……果物って、どうしてなるの?」


「結局は増えるためさ。中に種が入ってるだろ? あれを地面に植えれば芽が出て、また果物がなる……。例えば俺があれを持って帰って、食べるとするよな。でも種は食べられないから捨てる……んで、捨てた所で芽が出る。それを繰り返すうちにより多くの場所で繁栄することが出来るだろ? あれは植物なりの知恵なのさ」


「そっか……誰かに食べてもらうために、美味しくなったんだ」


 家を建て始めてから、こんな風にゆっくりと会話する機会は減ったように思う。


 思えばそれぞれに仕事が出来たせいか、時間が共有出来るのは朝晩だけで、以前のように丸一日そばにいるわけじゃなかったからな。


 フェトラスはよく喋った。その殆どが質問。彼女なりに様々な所からヒントを得ようしているのだろうか。それとも単純に世界の在り方を不思議に思っただけなのだろうか。


「なんで石はこんなにたくさんあるの?」


「元々は大きな岩だったんだ。でもそれが欠けたり、砕けたり。それを繰り返して小さくなったのが石だ。元が大きかったから、たくさんあるわけだな」


「石がもっと小さくなったら砂になるの?」


「そういうわけだな」


「じゃあ、砂よりも小さいのって……なに?」


ちり……いや、埃かな」


 色々と話しながら、果物のなる木の前に連れてきた。


「本当だ……なんか実が少ないね。あと五つくらいしかないや」


「ここ以外にも木は生えている。だけどここのは……そうだな、他の生き物にあげよう。俺達が独占したら可哀相だもんな」


「……そうだよね。可哀相だよね」


 本当なら全部持って帰りたいところだが、果物五つでフェトラスの情操教育が進められるのなら安いもんだ。緊急事態でもないし、ここの果物はあえて採らないでおく。


「これはルールじゃなくて、マナーの問題だ。分かるか?」


「うーん。なんとなく」


 フェトラスは苦笑いを浮かべて、「ところで葉っぱって食べられるの?」と聞いてきた。


「木の葉を食べる事が出来るのは、動物とか虫だけだ。人間が食ったら腹を壊す」


「なんで? 人間と動物は何が違うの?」


「種類が違う。人間は葉っぱを食べるように造られてないのさ」


「じゃあ、わたしは? わたし、人間じゃないと思うんだけど」


 ……そんなに葉っぱが食べたいのだろうか。


「止めておいたほうが無難だな。確実に不味いと思うし」


「そう……。ねぇ、どうして果物は食べられるのに葉っぱや枝は食べられないの?」


「世の中には食える葉っぱもあるんだが……まぁ、基本的には食えないな」


 一部の動物は普通に食ってるけど、まぁ今は人間と魔王の話だ。


「ふーん……やっぱり実だけしか食べられないんだぁ……」


「そういうこった。考えるに、葉っぱや枝が木にとって必要なモノだからだと思う。そういった大切な部分が美味しかったら、みんなに丸々食べられてしまうだろ? だから不味いんだと思う。あの不味さは植物なりの抵抗だな」


「なるほど。ねぇねぇ、枝は木そのものだから分かるけど……葉っぱは? どうして葉っぱはあるの?」


「葉っぱは植物にとって、顔みたいなもんなのさ。種類の違いを表したりする。だいたい住む場所によって形が違うかな。北の方には針みたいな形をした木が生えてたりするぞ」


「へー! 全然イメージ出来ない。面白いね!」


「木ってのは驚くほど種類が多いからなぁ。重かったり堅かったり、やたらと大きかったり。そういう特性を利用して家や食器、色々な道具を作ったり出来るな。食えないけど色々と便利だ」


「ふーん……そっかぁ……あれ? そういえば木って何を食べてるの?」


「水と、土の中にいる精霊の力だ。それと光を食べるという話しも聞く」


「光? 光って……太陽? 太陽を食べるの?」


「ああ。なんでも陽の当たり具合で成長のスピードが違うらしい。それに、葉っぱが太陽の光に当たるように伸びるからな。木は喋らないから確認は取れないが……まぁ、頭のいい人が言うには、葉っぱが日光を食べているらしい。顔みたいって言っただろ? 目に見えない口があるのさ」


「ふーん……そっかぁ……じゃあ木とか花や、草なんかは動物を食べないんだね」


(まぁ、中には虫を食べたりする植物もいるらしいがな)


 そんな例外をわざわざフェトラスに説明してやる必要は無いだろう。基本を知ってこその知識だ。不用意に多くの情報を与えれば、きっとこの娘は混乱する。そう思いながら、俺は一応の解答をした。


「植物は水を飲んで、精霊の力をもらって、太陽の光を食べてる。俺達のような食事はしない」


 俺がそういうと、フェトラスは眩しそうな顔をした。


「そうなんだ。凄いなぁ植物は。誰も食べないのに、食べられるために美味しい実を付けるんだ」


 何気ない言葉だったが、意味はとても深かった。


 フェトラスは植物に、献身と言う名の愛を見いだしている。


 だが、それは間違いだ。植物は増えるためにその方法をとっているだけの話しで、普通の木は明確な意志を持たない。


「……そうだな。植物は偉いよな」


 だが俺は、そんな大人の話は無視して子供の意見に合わせた。


 フェトラスはまだ子供だし、俺は褒めたり肯定して人を育てる方法を選択している。それでもデタラメに肯定はしない。時には別の切り口から思考の幅を広げてやる。


「しかし木は不幸でもあるぞ。植物は豚肉の味を知らない」


「ぶたにく。お父さんが三回も美味いって言ったお肉だね」


「いつか食わせてやるよ。アレはな、本当に半端じゃない美味さだ。今だからこそ分かる。あれは実に美味い。鳥肉よりも美味い」


「……楽しみにしておくよ」


 予想よりも笑顔の規模は小さかったけど、俺の言葉にフェトラスは笑ってくれた。




 再び森の中を進む。ここで俺は一つ、不思議な事に気がついた。


(……モンスターが、いない?)


 かれこれ一時間ほどウロウロしているが、全くモンスターと遭遇しない。いつもなら四匹はその存在を確認出来るのに。……これはどういうことだ?


 フェトラスはその事実に気がついていないのか。今では鼻歌を歌いながら呑気に歩いている。森に入る前の苦しげな表情に比べるとかなりマシなのだが……。何故モンスターがいないのだろうか。


「ルルル……♪ あ、お父さん。あれなに?」


「ん……? ああ、アレか」


 フェトラスが指差したのは、虫の巣だった。空を飛ぶ、両腕が鎌状のヤツだ。結構獰猛で近づくと危ない。


「虫のお家だよ。あの中にビッシリ虫と虫の卵が入ってる」


「たまご。見た感じマズそうだけど、美味しいの?」


「お前は何でも美味いかマズイかだな……そんなに腹が減ってるのか?」


「へ、減ってないもん!! でもでも、どんな味なのかなぁって」


「一度だけ食ったことがあるけど、あれは見ての通り不味い。鳥の卵とは違って味も量も遙かに劣る。あと毒を持ってるから、食べるのに少しだけ手間がかかる」


「ふーん……マズかったんだ…………」


「ああ……果てしなく不味かった……」


「というか……美味しくなさそうなのに、なんで食べたの?」


「…………腹が減っていたからだ」


 大人には色々あるのだ。


「あの虫は俺が前にいた大陸にもいてな。その時は餓死寸前の状況だったから、食った」


「が、餓死!? なんで? お父さんのいた大陸には鳥とか豚とか牛とか馬とか羊とか……食べ物が色々あったんじゃないの?」


「お前の言う食べ物は、全部肉なんだな。言っておくが、俺は馬だけは絶対に食わんぞ」


「いや、そういうのはどうでもいいの。なんであのマズそうなのを食べたの?」


「だからー。餓死寸前だったんだってば。元々俺は兵士だったからな。戦場によってはまともなメシなんて食えなかったんだよ」


「ふーん……」


 俺は虫の巣を指差しながら、その時の事を思い出した。


「まず、堅い。そして味気ないどころか、泥くさい。ついでに巣を守ろうとした虫に攻撃されて非常に痛かった。それでも食い続けたんだが、堅すぎて口の中がズタズタになった」


「う、うわぁ……」


「それでも食わないと死んでたからな。一応は食える素材だったから、完食した。ちなみにその時、二度と食わないと俺は心に決めた」


 ブーン、ブーンと。虫はこちらを気にすることなく辺りを飛び回っている。


「もう行こう。あっちの方角に別の果物がなってるから」


「うん。そうだね」


 俺はフェトラスの手を引きながら、再び森の中を歩いた。


 夏の残滓が残っている季節。


 まだまだ森の中は活気がある。草や葉は緑一色。新芽の色ではなく、成長しきった深緑だ。カルンの肌の色と似ているようにも見える。


 独特の匂いが鼻孔をついたが、この不愉快ではない濃密さは、時として癒しのような存在として俺達を包んでくれる。


「ねぇ、お父さん」


「ん?」


「あのさ……木はご飯を食べないよね」


「そうだな」


「でも動物や虫は植物を食べるよね」


「種類にもよるが、そうだな」


「……そしてモンスターが動物を食べるんだよね」


「ああ」


「…………で、わたしがモンスターを食べる」


「………………おう」


 フェトラスの足が、ピタリと止まった。


 彼女は前を見ながら、別のところを見ているような顔でこう言った。




「じゃあ、わたしは誰に食べられるの?」






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