第二十六章 王の願い、語られる頃(2)
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第一連隊長執務室、その一角に座らされていたのは軍とは縁遠い二十歳前後の青年だった。
彼の名はバズ=グロック、数日前帝都で暗躍していた反政府組織の重要参考人として帝国全土に指名手配され、そしてつい二日前モーゼンテルの貴族街襲撃事件で、責任者アーロン=ドメルトに身柄を引き渡された青年である。そして彼は、向かいのソファの傍らで険しい顔で腕を組んでいるヴェルナーの無二の親友でもある男だった。
この一件で即日逮捕、刑に処されるかと身構えていたバズは少しやつれていたが、不思議と憑き物が取れた様な穏やかな顔をしていた。
部屋にはヴェルナーとバズの二人しかいない。この部屋の本来の主は今軍部のトップに呼び出され面会をしているはずだ。おそらくあまり好ましくない用件である事は明白で、この部屋を出ていく時のドメルトの顔は苦虫を何十匹も噛み潰したかのような面妖な顔だった。
上官の帰りを待っていたヴェルナーは窓から見える兵舎の正面玄関を見つめていた。そこには今朝方から軍に抗議するために押し掛けていた市民たちが未だに退去せず門番の兵士たちと言い争いを繰り返している。締め切った部屋の中に微かに彼らの怒鳴り声が聴こえて、思わず窓のカーテンを閉めた。
「やっぱり、俺がここにいるのまずいんじゃないのか?」
気まずそうに座っているバズが呟いた。門前の騒動の原因が自分にあるという事は、バズも痛いほどわかっているらしい。
「お前がいるかどうかはさして重要な問題じゃない。下の奴らが怒ってるのは、『どうしてお前を検挙しないか』じゃなくて、『どうして市民に情報を公開しないか』だからな」
モーゼンテルの暴動は大規模なものだった、にもかかわらずそれらの詳細や主犯格の人間について軍は市民に一切の説明を行っていない。それに憤りを示したのは、上流貴族や知識人の面々。どうやら彼らの間で軍部が暴動に加担していた等という噂も広まっているらしい。
「どうして俺の事公表しないんだ?手配書で出回ってるなら皆薄々わかってるだろ?」
「お前は今回の主犯格として全ての罪を被って刑に処されたいのか?」
「……そういうわけじゃないけど、俺があいつらを扇動したのは事実だし……」
確かに全てを仕組んだのがバズで無かったにしろ、表立って彼らを率いていたのは彼だ。その事実は変えようが無く、裁かれるべきは裁かれなければならない。
だが、あの事件でランドルフ、そしてリーシャという存在が明るみになった以上、それをむやみに公表する事は出来なかった。
「お前を主犯として刑に処す事は簡単なんだ。……でも、それをすることで本来裁かれなければいけない存在が隠れる可能性がある。ましてそれが軍に関わる人間だとしたら尚更迂闊に動けない」
例え一時でも軍事顧問として軍に同行していた人間が、反乱分子として暗躍していたとなれば、大事になる。バズを主犯格としてでなく表に出すためには、必ず彼らの事も矢面に立ってくる。そうなった時軍の立場はどうなるか?下手をすれば自分で自分の首を絞めることにもなりかねない。
今世間の間で広まっている、軍部が暴動に加担していたという噂はあながち間違いではないかもしれないのだ。
「これはお前が思っているよりデリケートな問題なんだよ。だから慎重に事を進める、って言うのが隊長の判断だ」
だが、軍部が関わっている可能性があるという事は、責任者であるドメルトの方にも何かしらの圧力がかかる可能性がある。いや、むしろすでにかかっているのかもしれない。
「……なんかごめん。ややこしい事になっちまって」
「まったくだ。お前しばらく拘留だからな、大人しくしてろよ」
「……ごめん」
謝る姿にも覇気が無かった。今朝ここに連れてこられてから、バズはずっとこんな調子だ。まあ、この状態で明るく振舞っているのもどうかとは思うが。
ヴェルナーもこの先の彼の待遇については保障できない。どう転ぶかは本当に上の出方次第だ。だからこそヴェルナーもバズに迂闊な事は言えない。だから変に励ますのも気が引けた。
(…あの時は少し元に戻れたと思ったんだがな)
ヴェルナーは内心で呟いた。ランドルフと対峙し共に戦ったあの時は、和解できたと思ったが、嵐が過ぎ去ってしまうとまた二人の間に蟠りが滲みでてきた。ヴェルナーが思っている以上に、二年の歳月というのは思いのほか大きかったのだ。やはり二年前の元の状態にはすぐに戻れない。両者の間に流れていく空気はどこか辛気臭く、そしてぎこちなかった。
気まずい沈黙を破ったのは、ドアを乱暴に開く音だった。慌てて音の方向を向くと、そこには見るからに不機嫌そうなドメルトが部屋に入ってくるところだった。
「隊長……、やはり総帥から圧力をかけられましたか…?」
「いや、総帥の方は概ね予想通りの反応だったよ。圧力に関しても今のところは大丈夫だ。問題はあの男が―――」
「あの男?」
「……いや、なんでもない。遅れてすまんかったな、さて、改めて話を聞かせてもらおうか」
ドメルトが向き合ったのは、ソファで萎縮しているバズだ。
今日、拘留されていたバズがここに連れてこられたのはこのため。第一連隊長自らが直々に行う尋問の始まりである。
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「……つまり君は二年ほど前から、各地の反乱分子を扇動し、若者を中心とする組織団体を作った。目的は労働者階級たちの地位向上を政府に打診する事。具体的な試案としては労働法成立、憲法成立、平民の選挙権獲得その他諸々。間違い無いな?」
「……はい」
「で、それらの実権を牛耳っているアーベントを強襲し、モーゼンテル民間人を人質に取ることで世間に訴えかけようとした」
ヴェルナーが部屋の片隅で見守る中、バズは自身が反政府組織を指揮する経緯を話し、ドメルトはそれを逐一確認していた。
バズは生気のない人形のようにぽつぽつと語り、時に上の空で頷く。緊張しているのか絶望しているのか、ヴェルナーにはわからないが、いずれにせよバズにとって生きた心地はしない状況だろう事はわかる。
「これらの計画を立案したのはお前か?」
ここで初めて、バズは首を振った。
「……いえ、俺じゃないです」
「そうか、誰の指示だ?」
「……誰の指示、というより仲間内で決めたものです。要求内容も、そのためにモーゼンテルを襲う計画を立てたのも。俺は実際、労働者待遇の話しはよくわからないんです。でも、仲間のほとんどはそういった問題を解決するために集まった奴らで、当然方針もそっちに傾きますから。
俺のやった事は、どうすれば暴動やデモを上手く達成できるかを指導する事。具体的に何を要求するかを考えたのは仲間です」
「つまりお前は、ただ仲間に訴えるための方法と手段を教え扇動していただけという事か?」
「はい。……それでも、俺が煽った事には変わりありませんけど…」
彼自身は貧困に喘ぐ労働者というわけではなく、彼らが抱える要求や不満は共有できない。だがバズはこう見えても、長年グリアモで『バルドグロック』の副将をしていた男だ。組織の統率なんかはバルドの手腕を見て学んでいただろうし、自身も多くの部下を持っていた。彼になら組織をまとめ上げる事が可能だろう。仲間の主張に耳を傾け、彼らの要望をくみ取る術を知っている。
やはり彼には上に立つ者の才があるのだと思う。未熟でも不完全でも、あれだけの人数を突き動かしただけの力が彼にはある。
『バルドグロック』で過ごした年月が培った物か、或いは彼自身の出自が影響しているのかそれは定かではないが。
しばらく組織の形態や情報網など詳細を聞きだしていたドメルトであったが、一通りの質問を終えると、その鋭い眼差しを一層険しくしてバズを見据えた。
「……では、最後に君自身の事について聞きたい。君はグリアモの自警団に所属していたそうだな。今回の一件について自警団との関与はあるか?」
「いえ、ありません」
バズはきっぱりと否定した。その瞳に迷いは無く、『バルドグロック』は一切の無関係であると主張している。だが、毅然としていたバズもドメルトの次の質問には動揺を見せた。
「ならばもう一つ、君のもう一つの故郷についてはどうだ」
「―――!?」
傍観していたヴェルナーも思わず身を乗り出した。
バズのもう一つの故郷、それは彼が本来いるべき場所であったイシル共和国の事。バズの父親は十二年前までイシルで権力を握っていた議長ブノワ=ラパトゥールで、彼は権力者の息子であった。だが、クーデタの勃発により父親が殺害されると、親族であるバズも命を狙われ命からがらオルセンに亡命したのだ。
この事実は、ヴェルナーがバルドより受け取った先代バルド=グロックからの遺書に記載されており、ドメルトにもその詳細を伝えてある。
問題としているのは、反政府組織がイシルの人間を幾人か帝国に引き入れていた事だ。もし、バズが今でもイシルに通じておりイシル族を扇動していたというなら、それこそ社会問題となりバズの極刑は免れない。しかもそれがイシルの元議長の息子であると知れれば、大々的な報道となるだろう。
勿論、ヴェルナーもドメルトも、今回の一件には黒幕が存在するという事はすでに承知している。だが、完全にバズが白であるという事を証明するためにも、彼に問いたださなくてはいけないのだ。
「君は〝とある場所″からグリアモへ移住してきた。その元いた場所との親交は今でもあるか?」
「それは―――」
「返答は『はい』か『いいえ』だ。それ以上は言わなくていい」
ドメルトがあえてぼかしているのはここが軍の中枢だからだ。バズがイシルの人間であるという事はここ以外の部署に漏洩させるわけにはいかない。
「……いいえ、ありません」
「そうか、了承した」
随分あっけなくドメルトは引き下がる。
「さて、私からは以上だ。バズ=グロック、悪いが君はしばらくの間、第一連隊の元拘留となる。正式な刑囚所や裁判所に引き渡さない理由は概ねわかっていると思うが、しばらく不自由になるだろう。理解してほしい」
「……わかっています」
「大尉、彼を留置所まで連行しろ」
不意に呼ばれてヴェルナーはバズの元に寄り彼を立たせた。手枷も足枷も付けていないただの青年は、まるで重りを取り付けられたかのような鈍い足取りでヴェルナーの後をついて来る。




