第二十五章 無駄なんかじゃない(5)
◆
「隊長!……に、博士とソフィア……?」
駆け寄ったヴェルナーは、パヴコヴィックたちの姿を発見すると、不思議そうに首をかしげた。ドメルトはともかく、何故二人がここにいるのか。
「大尉、お前今までどこ行っていたんだ?」
「すみません隊長。外からの襲撃者を食い止めてまして―――って、これは!?」
報告の途中で、ヴェルナーは目を見開いた。三人の陰にあった首のない死体に思わずうめく。一瞬誰だがわからなかったが、胴体の側に転がっている男の顔を見て、それがアーベントのものだと認識した。
「隊長、これは―――」
「私から説明しよう、青年」
二人の間に割って入ったパヴコヴィックがここで起きた出来事を簡単に説明してくれた。同時に、ヴェルナーの方からも外から反政府組織の襲撃があったこと、そして黒幕であるランドルフとリーシャが現れ交戦になったことを報告する。
「この一連の騒動の裏にいたのはイザイアたちか……、これはますます難解になってきた」
「で、その襲撃者たちはどこにいる?外か?」
「はい。彼らも連中に襲われた被害者です。その、処遇なんですが……」
「……考慮しよう。だが期待はするなよ。お前はここを頼む」
そう言ってドメルトは、町の入口へと向かった。入り口にはバズがいる。彼ならうまく説明してくれると思うが、どのみちバズを含めて彼らの拿捕は免れないだろう。どんな結果であれ、彼らがこの街を襲おうと攻め込んできたのは間違いないのだから。
今はとにかくドメルトの判断に任せるしかない。ざわざわと野次馬が集まりつつある中で、パヴコヴィックとヴェルナー、そして放心状態になったソフィアが残される。
「とにかくその死体を何とかしよう。さすがに人が集まってきた」
「はい。あの、博士たちは、どうしてここに……?」
パヴコヴィックと二人でアーベントの亡骸を道の脇にどけると、通行人の目に触れないように大きな布を被せる。現場が落ち着いたところで、パヴコヴィックはヴェルナーにここに来た一部始終を話した。
「アイリの……夢、ですか?」
ヴェルナーは以前アイリに聞いた予知夢の話を思い出した。アイリはこの暴動についても夢を見ていたというのか。その事実に驚きつつ、パヴコヴィックの話を聞いている。
「―――それでソフィア君と一緒にモーゼンテルに来た」
「暴動を止めるために、ですか。」
「さすがに暴動自体を止めるつもりはなかった。ただ、アーベントの死だけは予見されていたから、それだけでも防ごうと思ったんだがな」
結果としてそれはリーシャに阻まれた。予知夢とは異なる結末だったが、アーベントの死を回避することが出来なかった。悔しそうに俯くパヴコヴィックにヴェルナーも唇をかんだ。アーベントは憎らしい男だが、腐っても議会の権力者。彼の死はおそらく、この後世論に大きな波紋を呼ぶことになる。そう考えるだけでも、阻止できなかったことは口惜しかった。
「だが、君がいてくれて助かった。……課題の答えも見つけてきた様だしな」
パヴコヴィックはにやりと笑う。ヴェルナーが先ほど繰り出した一閃、それだけでパヴコヴィックはヴェルナーの成果を把握しらしい。
ヴェルナーも深く頷き、そして笑った。
だが騒動が治まってもなお、パヴコヴィックの心は晴れてはいなかった。そんな彼のそばにソフィアがやってくる。
「博士、一般市民にはほとんど危害は無かったみたいですが、…探さないのですか?」
「……いや、いい。騒ぎが収まったのなら、もう大丈夫だろう」
「……何か探しものですか?」
パヴコヴィックがこの街へやってきた本当の目的。それはアーベントの命を救うことではない。だがもうこれで十分だと思った。このまま帰ろう。後は時がこの街を元通りにしてくれる。彼らの平和を守ってくれる。
その時、時計塔の周りに集まっていた野次馬の中から一人の少年の声が響いた。
「ねーママ!ぐんじんさんがいる!ねえ、なにがあったの?」
「あ、ずるい!わたしもみたい!」
状況を理解していない無垢な少年と少女の声だった。すると人込みの間から二人の小さな影が顔を出して、こちらへと歩を進めたようとした。ヴェルナーが反射的に後ろに安置してあるアーベントの死体を隠すように立つ。布で隠しているとはいえ、さすがにこれを子供に見せるのは酷だ。パヴコヴィックも無意識にヴェルナーの側に寄り、それを隠す。その時だった。
「こら!ヒューイ、イルサ!やめなさい!」
悲鳴にも近い叫び声をあげ、母親らしき女性が飛び出してくる。わが子の体を抱きかかえると、一目散に退却しようとした。その女性の姿に、パヴコヴィックは息を呑み、固まった。
「―――ニーナ?」
我知らずその名を呼んだ。
嘘だ、そんな馬鹿な。そう思いながらも、目の前に現れた女性の姿に、幼い頃の娘の面影が見えた。
女性の足が止まる。ゆっくりとパヴコヴィックの方を振り向いた。そして、パヴコヴィックと同じように、固まった。
「……パパ?」
その瞬間、パヴコヴィックは一目散に逃げ出した。その背中を追うように、女性が叫ぶ。
「待って!パパ、パパでしょ!?」
「……っ!」
「パパ!」
その呼びかけを跳ね除けるようにこの場から離れようとしたが、すぐにパヴコヴィックの体に女性の腕が絡みついた。後ろから抱きつかれて、意識に反して足が止まる。
「――ニーナ、やっぱり、お前は……」
「そうだよパパ!ニーナだよ、あなたの娘だよ……」
改めて女性と向き合う。女性、ニーナは成長していても確かにニーナだった。妻に似て美しく、愛嬌のある女性だった。
その姿に、パヴコヴィックは崩れ落ちそうになる。
二十年以上あっていなかった娘、切り捨ててからも狂おしいほど思ってきた己の家族。それが今、幻で無く、パヴコヴィックの目の前にいる。
「やっと帰ってきてくれた……!私もママも、ずっと待ってたんだよ。」
「―――違う、私は、君たちを……」
「パパ!私もう全部知ってるよ。パパがどうして私たちの元を離れたのかも、私たちの事を考えてくれてたことも全部知ってるから!」
そう言って娘は強く強くパヴコヴィックの身体を抱きしめた。少年の姿になった父親を、何のためらいも無く。
「母さんから、聞いたのか?」
「うん、パパが死んだのはホントは嘘だって。…それから、こっそり援助してくれた事も全部聞いた」
「そんなことまで話さなくてもいいものを……」
縁を絶ったと言っても、完全に立ち切れなかったパヴコヴィックは、密かに二人にお金を送っていた。ばれないように別名義で。妻にはおそらくばれているだろうな、とは思ったがまさか娘にまでばれていたとは思わず、パヴコヴィックが苦い顔をすると、ニーナは「甘く見ないでよね」と泣きながら笑った。
「帰ってきてくれたの?」
「……いや、暴動があるという噂を聞いて、君たちが心配になっただけだ…。またすぐにここを出るよ」
その言葉にニーナは残念そうに目尻を下げた。だが、すぐに笑顔になってパヴコヴィックの手を引く。
「そうだ。私ね、結婚したんだ。子供もできたんだよ。ほら、あの子たち」
パヴコヴィックの視界に、きょとんとした顔で佇む少年と少女がいた。先ほど飛び出してきた二人だ。ニーナはパヴコヴィックを彼らの元へ連れていく。
「ママー、このおにいちゃんだれー?」
「だれー?」
「この人はね……」
ニーナは告げる、ゆっくりと、そしてはっきりと。
「二人のおじいちゃんだよ」
パヴコヴィックはなんだか恥ずかしくなって俯いた。その瞬間、目から熱いものが零れおちる。
「おじいちゃんなんて見た目じゃないぞ、私は……」
「あら、でもそうだから仕方ないじゃない?おじいちゃん」
ニーナは笑った。そっとパヴコヴィックの背中を押す。
「……孫の顔が見られるなんて、考えた事も無かったな」
パヴコヴィックは目の前に不思議そうな顔で見つめてくる幼い孫の頭を撫でた。
不思議なものだ。たったそれだけで、パヴコヴィックは二人が自分の大切な家族であると一瞬で理解した。二人もパヴコヴィックが家族である事を本能的に理解したのか、何の抵抗も無くパヴコヴィックに抱きついて来た。
「―――っ、お前たちが、無事でよかった。本当に、無事で……!」
ここに来るまでの躊躇いも戸惑いも霧散した。切り捨てたはずの家族がこんなにも尊い存在であった事をパヴコヴィックは改めて思い知った。
「博士、家族に会いにきたのか?」
一連の出来事を茫然と眺めていたヴェルナーは、同じく隣でじっとしていたソフィアに問う。
「ああ、暴動場所がモーゼンテルと聞いて、血相変えて飛んできたんだ」
「…そうだったのか」
目の前で孫を抱き涙を流すパヴコヴィックは、少年ではなく子供を持つ親の姿そのもので、ヴェルナーは少し戸惑った。それでも、こうして無事に再会できた事は何よりも嬉しい、はずなのに―――
「……」
ヴェルナーの中に生まれたのは戸惑いだった。どうしてそう思うのかわからない。でも、何故かパヴコヴィックの姿を直視できなかった。
「―――ヴェルナー?どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
ヴェルナーは必死に靄をかき消そうと誤魔化した。ソフィアも何故かそれ以上追及してはこなかった。
「―――なあヴェルナー、お前、リーシャから何か聞かなかったか?」
うろたえているヴェルナーをよそにソフィアも思い詰めた顔でこちらを見る。
「リーシャ?何かって何だ?」
「……その、サイフォスの事とか……」
歯切れ悪くサイフォスの名を口にする。ヴェルナーは自分にも思い当たる事があって、口を噤んだ。
「ソフィア、その件だけど――、いや、今度改めて話す」
「何か聞いたのか……?」
「聞いた、というより俺自身が気づいた事、かな。お前にも伝えておかないと不公平だ。……だけど、ちょっと気持ちの整理を付けさせてくれ」
ヴェルナーとソフィアはお互いに目を合わせた。両者の心中にあるのはサイフォスの事。記述世界に戻ってから数週間経った。今日、ランドルフとリーシャに邂逅したことで、ここらで改めて向き合わなければいけない事が出来たようだ。
しばらく二人で黙りこんでいると、ふいにヴェルナーの方に明るい声がかかった。
「……あれ?ひょっとして軍人さん、二年前の?」
振り向くとそこにはヴェルナーの顔を真剣に覗きこむパヴコヴィックの娘、ニーナがいた。ニーナはヴェルナーの顔を見つめると、しばらくしてぱっと顔を輝かせる。
「やっぱり!あの時の軍人さんですよね?」
「あの時……?失礼ですが、何のお話ですか?」
「ほら二年前、街道で馬車が盗賊に襲われているのを助けて下さいましたよね?」
あの時は本当にありがとうございました、と深々と頭を下げる。ヴェルナーは記憶を辿って、その事を思い出す。
そうだ、確か二年前、メテルリオンヘ向かう道中で馬車を襲う盗賊をバズとアイリの三人で迎撃した事があった。まさか、あの時あの馬車に乗っていたのか―――
「家族で旅行に行って、モーゼンテルへ帰る途中だったんです。あなた方がいなければ、私たちも無事で済まなかったでしょう。本当に感謝いたします」
その視線の先には二人の幼い子供の姿があった。あの子たちも乗っていたらしい。そして、
「あの時の女騎士さんはお元気ですか?」
「――え、騎士、ですか?」
アイリの事だ。するとニーナは嬉しそうにこう語った。
「実はあの子たち、あの時助けてくれた女騎士さんがすごく格好よかったらしくて、あれからしばらく騎士様、騎士様ってずっと騒いでたんですよ」
「―――っ!?」
「上の兄の方なんか、大きくなったらお姉ちゃんみたいな正義の騎士になるんだって。軍人になるのが夢なんだって、今でもずっと言ってます」
その瞬間、ヴェルナーの中で何かが弾けた。ここ数日、ずっと凝り続けた迷いと後悔、振り払えなかった悲しみ、そんなものが今たった一言で消え去った。
気づけばヴェルナーは地面にへたり込んでいた。ニーナやソフィアが何事かと動揺するのも構わず、ただ座り込んで、笑った。
「―――あいつは元気です。大丈夫ですよ」
かすれた声でそれだけ呟いた。
アイリ。無駄なんかじゃない。
お前はあの旅で、たくさんの人を救ったんだ。
お前に出会って命を救われた者がいる。人生を変えた者がいる。
無駄なんかじゃない。
俺たちの旅は、無駄なんかじゃなかった。
第二十五章 完。&一年近く間が空いてしまいましたが、これにて第二部終了です。
第二部では、ヴェルナーが記述者に目覚めその力を受け入れるまでの成長期かな、と個人的に思っております。
後はバズの件に関してある程度の決着が着いた、という感じでしょうか。
三部はもう少し時間がかかりそうです。いよいよ『あの人』の真相について明らかになるかも。オルセン帝国も間もなく終焉を迎えます。頑張って書いていきたいと思います。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。
【宣伝】現在同時進行で「イスカと七人の獣王」という作品も執筆しています。こちらは女性主人公の恋愛ファンタジーとなっております。興味のある方はぜひこちらもよろしくお願いします。




