第二章 夜襲(4)
突然の襲撃者に部屋は一時騒然となった。大きな物音を聞きつけて、何事かと駆けつけてきた女将を何とか誤魔化して話を付けると、女将も他のお客に迷惑にならないようにしとくれ、とそれだけ告げて自室に戻っていった。
とりあえず、事情を聴くため、ヴェルナーたち一行は場所を変えて、襲撃者―――アイリの泊っていた部屋へと移動する。備え付けのソファに、ヴェルナーとバズ、アイリとカテラで隣同士になって座る。黒いコートに栗色の髪を肩口に切りそろえた女は、気まずそうにソファで足を組んでいた。
誰からこの状況を説明するべきなのか、考えあぐねていると先ずカテラが口を開いた。
「ええと、彼女はアイリ=ジュンア。私の娘です」
カテラは隣に座ったアイリを指すとそう言った。カテラの娘、確か昼間に話していた帝都で任にあたっている騎兵科出身の軍人だ。何故そんな奴が辺鄙な村にいるのか、そしてあまつさえヴェルナーたちを襲おうとしたのか。同じような疑問をバズも持ったのか、
「カテラさんの娘って、たしか昼間言ってた帝都の軍人だろ?なんでこんなとこにいるんだよ」
「……どうなの?アイリ?」
カテラが不安そうに問うと、それまで黙りこんでいたアイリがゆっくりと口を開いた。
「母さんを……追ってきたのよ」
「私を?」
どうしてまた、とキョトンとするカテラに、アイリはとたんに目を吊り上げてまくしたてた。
「どうして!?決まってるじゃない!心配だったからよ!屋敷の人にも何も言わずに出て行って、皆どれだけ心配したと思ってるの!?」
しかも、と今度はヴェルナーの方をキッと睨みつけた。
「こんなごろつきと行動を共にするなんてどうかしてるわ!何かされたらどうするのよ!?」
指を突き付けてくるアイリに、ヴェルナーもたまらず反論した。
「待て待て、ごろつきってなんだよ、ごろつきって」
「とぼけるんじゃないわよ!帝都から出発するときに、母さんらしき女の人が、柄の悪そうな奴らと一緒に街を出ていったって聞いたんだから!」
帝都で一緒にいた柄の悪そうな奴らと聞いて、ヴェルナーは内心ああ、と唸った。それはおそらくオルドの事だろう。奴がグリアモでお縄になった事をアイリは知らないらしい。
「それは俺たちじゃない。奴らはここに来る前の町で捕まった。俺はその町で正式にカテラさんの護衛を引き受けた軍人だ」
軍人という言葉を聞いて、頭に血が上っていたアイリが一瞬固まる。しかし、再び眉間に皺を寄せて険しい表情に戻った。
「……嘘」
「嘘じゃねぇよ、そんな嘘ついてどうするんだよ」
「あんたみたいな悪人顔の男が軍人なわけないでしょ!?」
「……は?」
信じられない、といった様子で喚くアイリにヴェルナーは怒る事も忘れ呆けてしまった。と、隣でくぐもった笑いが聴こえた。
「……ぶふっ、悪人顔……」
ヴェルナーにしか聞こえないような小さな声でそう呟いたバズの脇腹に思い切り拳を叩き込んだ。苦しそうに息を吐いてうずくまってしまったが、知った事ではない。
「まさか、お前……、俺の顔だけ見て俺がカテラさんを誘拐した奴らだと思ったのか」
「え、ええ……、まあ」
「で、俺はその勘違いで、寝込みを襲われ、危うく殺されそうになったと……」
「えっ、えっと……」
わなわなと肩を震わせるヴェルナーに、さすがのアイリもいたたまれなくなったのか、小さく「ごめんなさい。」と呟いて目をそらした。しかし、すぐに気持ちを立て直してカテラに向き直る。
「とにかく!お母さんは帝都に戻って。これ以上旅なんか続けたら危険よ。帝都までの馬を手配するわ、それで明日の朝一番に―――、」
「それは無理よ。私だって覚悟して家を出てきたんだから」
「そうだ、俺だって上から言われてカテラさんの護衛を仰せつかってんだ。勝手にやめられても困る」
「あんたは黙ってて、これは私たち親子の問題よ」
ぴしゃりと告げられて、ヴェルナーも目を丸くする。ああ言えばこう言うとはまさにこのことか。話し始めてからまだ数分しかたっていないが、この女とはことごとく馬が合わない事をヴェルナーは痛感した。
「じゃあ、こっちも言わせてもらうけどな。俺は軍の任務としてこの旅に同行してるんだ。部外者はそっちだろ、これ以上邪魔するようなら公務執行妨害で上層部に掛け合うこともできるんだぞ」
半ば脅すようにして告げると、これにはさすがのアイリも息を詰まらせた。
「……大体軍人って、所属はどこよ。町って言ってたけど、どこの町?」
苦し紛れにアイリが尋ねる。そういえば、今のヴェルナーはスラックスにカッターシャツ姿でジャケットも着用していないので、所属や階級がわからないのだろう。
「俺はここより北にあるグリアモって町の駐屯兵団員だ。帝都から来たのなら途中通っただろう?」
「グリアモ……ああ、あの辺鄙な田舎町のこと。通ったような気もするわ」
ぞんざいな言い方をするアイリに、憤慨し腰を上げたのは、先ほどから黙っていたバズだった。おそらく『辺鄙な田舎町』の辺りが気に障ったに違いない。掴みかかろうとしたバズをヴェルナーは慌てて抑えた。
「やめとけ―――!話が余計ややこしくなるから!」
「でも、今こいつ田舎町って……!」
「帝都より田舎なのは否定出来ねぇから!……もういいから、お前は部屋に戻ってろ」
ヴェルナーに窘められるも、バズは未だ腹の虫がおさまらないようだった。が、これ以上ここにいても有益な事は無いと判断したのか、黙ったまま大股で扉へ向かうとバタンと乱暴に閉めていった。
「……私、何か悪い事言ったかしら?」
「自覚がねぇなら気にすんな。あいつも相当馬鹿だから」
ヴェルナーは大きくため息をつく。もう夜はとっくに更け、後数時間もすれば、陽が昇るという時間帯なのに、この状況をどう打開すべきか皆目見当もつかない。
すると、カテラが静かにアイリに語りだした。
「アイリ、聞いて。これはただ好奇心で始めた旅ではないの。これは、あなたのお父さんにも深くかかわる旅よ」
佇まいを正し、神妙な面持ちで語るカテラに、アイリもそして向かいのヴェルナーも冷静になった。
「お父さんが、十五年前の戦争で亡くなった事は覚えているわね?」
「ええ……、まだ子供の頃だったけど良く覚えてる。戦場で爆発に巻き込まれて……。イシルの軍隊が持ち出した新兵器で、跡形もなく吹っ飛んだって」
アイリは先刻から一変して、意気消沈した様子で目を伏せた。シーザ=ジュンア、カテラの夫であり、アイリの父。二人にとってかけがえのない存在の死は、今でもその心に深い傷を残しているのだろう。
「そのお父さんだけどね、もしかしたら生きているかもしれないの」
突然告げられた真実に、アイリは驚愕する。傍観していたヴェルナーも驚きのあまり息を飲んだ。
「一年ほど前だったかしら、うちの庭師が庭で奇妙な人を見たっていうの。その庭師が言うには、夕暮れの逆光で顔は良く見えなかったのだけれども、屋敷に飾ってあるお父さんの肖像にそっくりだったと言っていたわ」
「ほん……とに?」
「勿論似ていただけで本物かどうかはわからない。遺体は回収されなかったとはいえ、その死は多くの部下たちが見ていたというし、本当言うと生きているはずがないわ。それに、その庭師は三年ほど前にうちに来た子だったから、直接お父さんとは会ったことはなかったし。でもね、」
カテラは胸元からジャラリと銀の鎖がついたペンダントを取り出した。
「これは昔お母さんがお父さんにプレゼントしたロケットなの。そのお父さんかも知れない人は、庭師にこれを手渡して、こう言ったそうなの。『カテラに渡してくれ、そしてこれをメテルリオンまで届けてくれ』と」
死んだはずの人間が突然現れて言伝を残していく。まるで物語のような話だった。
「このペンダント、中はお父さんとお母さんの肖像が入っているはずなんだけど、何故か開かないの」
カテラはその表面を撫でるように、愛おしそうに触れた。
少しいいですか、とヴェルナーはそのペンダントを見せてもらおうと手を差し出す。カテラは、そっとヴェルナーにペンダントを渡した。少し色あせた銀のシンプルなロケットペンダントだった。壊さないように慎重に蓋を開けようとするが、びくともしない。隙間を覗いてみると、特に何かが引っかかっているわけでも、溶接されているわけでもなかった。結局開ける方法がわからないまま、カテラにペンダントを返した。
「もしかしたら、これはお父さんの最期のお願いなのかもしれないと思ったの」
「父さんの……、最期の……?」
「ええ、メテルリオンにこのペンダントを持って行く。そうすれば、この開かなくなったペンダントの事もわかるかもしれない。これを届けに来たという謎の男の事もわかるかもしれない。そして、もしかしたら、お父さんがあの戦場で何を見、何を思って死んでいったか、わかるかもしれない」
言い終えるとカテラは、ペンダントを胸に抱きしめ黙ってしまった。
何故カテラが、この旅の目的を言い淀んでいたかがやっと理解できた。死んだはずの人間が会いに来たという話も、思い出のペンダントが戻ってきたと思ったら、開かなくなっていたという話も、聞く人によれば理解できない空想話にすぎない。そのような話をして、もし馬鹿にされたら、否定されてしまったら。夫が生きているかもしれないという僅かな希望や、夫の存在そのものが否定されてしまうようで、きっとカテラは胸を痛めるに違いない。
ヴェルナーは今一度、カテラに宣言する。
「カテラさん。やはりメテルリオンを目指しましょう。旦那さんが伝えたかった事をきちんとその目で確かめるべきです。……俺もお供します」
正直、任務を言い渡された時は不安と苛立ちしかなかった。腹をくくってカテラとバズの三人で旅を始めてからも、自分がこの女性と行動を共にするのは、あくまで軍人としての責務なんだと、心のどこかで思っていた。けれども今は違う。ヴェルナー自身がこの女性の力になりたいと心から思っている。大切な人を思う真摯な心を無下にしたくないと心の底から感じたのだ。
「ヴェルナー、……ありがとう。」
その真意が伝わったのか、カテラも穏やかな表情を浮かべ頭を下げた。
一方、黙り込んでいたアイリもカテラの真剣さに懐柔されたのか、小さくため息をついてこう言った。
「母さんがそこまで言うなら仕方ないか。うん、わかった」
「アイリもありがとう。あなたならわかってくれると思ったわ」
「うん、だから私もついて行くわ」
ヴェルナーは和やかな親子の会話に耳を傾けていたが、最後の言葉でがくっとつんのめった。
「はっ!?ついて来る!?」
何を言い出すんだこの女は、という眼差しでアイリを見つめた。当の本人は誇らしげに胸を張った。
「元々別の用件で私も東の大陸を目指していたの。行き先も同じだし、ちょうどいいわ。それに母さんってどうも世間知らずだし、やっぱり心配よ。あんたたち二人じゃ不安だしね」
そう言うと、目を細めてヴェルナーに笑いかける。ヴェルナーは改めて、こいつとは馬が合わないと思った。いや、馬が合わないというより―――可愛げがない。貴族の令嬢と聞いてたから、どんな清楚で高尚なお嬢様かと思えば、とんだ跳ねっ返りだ。
「……おまえ、帝都の駐在任務あるんじゃないのかよ」
ヴェルナーが皮肉をこめて言うと、アイリも臆することもなく答える。
「言ったでしょ、別の用件があるって。それで少し休暇をもらってたの。それに駐在任務って言っても、普段王宮で訓練してるだけだから、私一人抜けたところで支障は無いわ。」
「王宮!?お前まさか……近衛師団か!?」
驚いたように立ち上がるヴェルナーを見て、気を良くしたのか更に自慢げに鼻を鳴らした。
近衛師団とは、王宮での警護を任とし、皇帝と皇族の常に傍らに控え、彼らの手足となって働く兵団だ。軍人にとって皇帝の信頼は最大の名誉、すなわち近衛師団とは、上を目指す軍人であれば誰もが入団を切望するエリート集団なのだ。その誰もが憧れる近衛師団に所属するのが、今目の前で勝気な顔をして座っているこの女。
「そういえば、きちんと自己紹介していなかったわね。オルセン帝国軍トランベル特務王室守護兵団、通称近衛師団所属アイリ=ジュンア中尉です。以後お見知りおきを」




