第15話『それぞれの歩み』
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!
今回は少し時間が進み、それぞれが新たな一歩を踏み出すお話です。
努力を続けるオルタ。
前へ進み続ける兄たち。
そして、大きく運命が動き始める少女――エマ。
ぜひ最後まで楽しんでいただけると嬉しいです!
それから数週間が過ぎた。
父上との話以来、俺は毎朝、誰よりも早く起きるようになった。
◇
夜明け前。
まだ屋敷中が静まり返る頃、俺は一人、裏庭で木刀を構える。
深く息を吸い込み、一歩踏み込む。
木刀が風を切る音だけが、朝の静寂へ響いた。
一振り。
また一振り。
何度も繰り返す。
最初の頃は、すぐに腕が上がらなくなった。
だが、今は違う。
握る手は熱を帯び、腕は重くなっても、木刀を振る動きは止めなかった。
――それは、やらない理由にはならん。
父上の言葉が頭をよぎる。
魔力値が三だからといって、剣まで諦める理由にはならない。
今は結果が出なくとも。
積み重ねたものは、いつか必ず力になる。
最後の一振りを終え、大きく息を吐いた。
「本日も精が出ますな。」
穏やかな声に振り返る。
クラウスが布を手に立っていた。
「おはようございます、クラウス。」
「おはようございます、オルタ様。朝食の用意が整っております。」
「ありがとうございます。」
木刀を抱えながら屋敷へ戻る。
「以前より、足運びが安定してまいりました。」
「本当ですか?」
「ええ。しかし、疲れてくると右肩が少し上がります。」
思わず苦笑する。
「まだまだですね。」
「焦る必要はございません。」
「毎日続けることが、何より大切でございます。」
クラウスらしい言葉だった。
「はい。」
◇
食堂へ入ると、アレク兄上とエレン兄上は既に席についていた。
「おはようございます。」
「おう。」
「おはよう、オルタ。」
三人で食卓を囲む。
いつもと変わらない朝。
そう思っていた。
「オルタ。」
アレク兄上が不意に口を開く。
「はい?」
兄上は少しだけ頭を掻いた。
珍しく、何と言えばいいのか迷っているようだった。
「……元気出せ。」
思わず目を瞬かせる。
「え?」
「俺は難しいことは分からん。」
「でも。」
拳をぎゅっと握る。
「俺はもっと強くなる。」
真っ直ぐ俺を見た。
「父上も。」
「この家も。」
「お前も。」
「全部俺が守る。」
その言葉が、少しだけ嬉しかった。
「ありがとうございます、兄上。」
そう返すと、アレク兄上は照れくさそうに鼻を鳴らした。
その様子を見ていたエレン兄上が、小さく笑う。
「アレク兄上。」
「オルタは、そこまで落ち込んではいませんよ。」
「そうなのか?」
「ええ。」
エレン兄上は俺を見る。
「大丈夫ですよね?」
「はい。」
「驚きはしました。」
「ですが、落ち込んではいません。」
「父上から、大切なことも教えていただきましたから。」
「何を言われたんだ?」
アレク兄上が興味津々に身を乗り出す。
俺は少しだけ笑った。
「内緒です。」
「え?」
「父上と私だけの約束ですから。」
「なんだよ、それー!」
アレク兄上は少しだけ頬を膨らませる。
その様子に、エレン兄上がくすりと笑った。
「珍しいですね。」
「オルタが秘密にするなんて。」
「たまには、こういうのもいいでしょう?」
「むぅ……。」
納得したのかしていないのか。
アレク兄上は腕を組んだまま唸っていた。
思わず笑みが零れる。
(兄上たちらしい。)
朝食を終えると、アレク兄上は勢いよく立ち上がった。
「よし!」
「エレン!」
「今日も魔法の鍛錬に付き合え!」
エレン兄上も静かに席を立つ。
「はい。承知しました。」
「今日は昨日より厳しくいきますからね。」
「望むところだ!」
二人は肩を並べて食堂を後にした。
剣を磨くアレク兄上。
魔法を磨くエレン兄上。
二人とも、自分の歩む道を迷わず進んでいる。
(俺も負けてはいられないな。)
◇
朝食を終えた俺は、いつものように屋敷を出る。
廊下を歩いていると、兵士や使用人たちの話し声が聞こえてきた。
「アレク様は今日も騎士団で鍛錬か。」
「エレン様も朝から魔法の訓練だそうですよ。」
「さすが公爵家のお二人ですな。」
感心したような声が続く。
その直後。
少しだけ声の調子が変わった。
「それに比べて、オルタ様は……。」
「ここ最近、毎日のように街へ出ているそうですよ。」
「また遊びですか。」
「公爵家の三男ともあろう方が……。」
「魔力値三では、仕方ないのかもしれませんな。」
声は、しっかり届いていた。
だが、俺は立ち止まらない。
(是非もなし。)
今の俺にできることは、一つだけだ。
いつか、結果で示せばいい。
◇
城門を抜ける。
その瞬間。
「オルタ様!」
八百屋の主人が大きく手を振った。
「今日も来てくださったんですね!」
「おはようございます。」
「この前教えていただいた並べ方、本当に売上が増えました!」
「それは良かったです。」
隣のパン屋の女将も笑顔を見せる。
「焼きたてですよ!」
「帰りに寄っていってくださいね!」
「ありがとうございます。」
さらに子供たちが駆け寄ってきた。
「オルタ様!」
「今日、戦争ごっこしよう!」
「市場を見終えたらですね。」
「約束ですよ!」
「ええ。」
屋敷とは正反対だった。
ここでは誰も、俺をうつけ者とは見ない。
市場を歩く。
人の話を聞く。
品物を見る。
人の流れを見る。
その全てが、俺にとって大切な学びだった。
市場の奥へ進むと、二人の商人が荷車の前で言い争っていた。
「これはうちの荷だ!」
「違う! 俺の店の印だ!」
周囲は困ったように見守っている。
「オルタ様!」
八百屋の主人が助けを求めるようにこちらを見た。
「少し見ていただけませんか?」
俺は荷車へ近づく。
袋に押された印は同じだった。
だが、荷札の数字と結び方が違う。
「一度、荷札を見せてください。」
二人は顔を見合わせながら荷札を差し出した。
少し確認すると、原因はすぐに分かった。
「積み込む途中で、荷物の位置だけが入れ替わっています。」
「ですから、一重結びはこちらのお店。」
「二重結びが、そちらのお店ですね。」
商人たちは互いの荷を見比べる。
「……本当だ。」
「すまなかった。」
「こちらこそ。」
先ほどまでの険しい空気は消え、人だかりから安堵の声が漏れた。
「さすがオルタ様!」
「細かいところまでよく見てるなあ!」
俺は苦笑する。
「たまたま気づいただけですよ。」
だが。
二人が笑顔で握手する姿を見ていると、少しだけ嬉しくなった。
◇
夕方。
いつもの日課を終え、屋敷へ戻る。
玄関ホールへ足を踏み入れた瞬間、思わず足を止めた。
使用人たちが慌ただしく荷物を運んでいる。
木箱。
衣装箱。
家具まである。
来客にしては、荷物が多すぎた。
(誰かが移り住むのか……?)
その時だった。
白銀の髪が夕日に照らされ、柔らかく輝く。
見覚えのある、小さな後ろ姿。
少女が振り返る。
ぱっと花が咲いたような笑顔になる。
「オルタ様!」
「……エマ?」
思わず目を丸くする。
エマは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日からここに住むの!」
「……え?」
状況が飲み込めない。
どうしてエマが。
どうしてノヴァ家に。
俺が困惑していると、クラウスが静かに歩み寄ってきた。
「オルタ様。」
「少々、事情がございまして。」
その表情は、いつになく真剣だった。
(事情……?)
その言葉を聞いた瞬間。
数日前、父上が深夜まで執務室から出てこなかった夜のことを思い出した。
あの夜、一体何があったのか。
そして、その答えは目の前のエマにあるのだろう。
「事情……ですか?」
俺が尋ねると、クラウスは静かに頷いた。
「旦那様より、ご説明をと仰せつかっております。」
「父上が?」
「はい。」
エマはそんな空気など気にすることなく、嬉しそうに屋敷の中を見回していた。
「すごい!」
「広いお屋敷!」
「あっ、お庭もある!」
白銀の髪を揺らしながら、あちこちを駆け回る。
その姿は、いつもと何も変わらない。
だからこそ、クラウスの真剣な表情との違いが気になった。
「こちらへ。」
クラウスの後を歩きながら、俺は数日前の夜を思い出す。
あの日。
父上の執務室には夜遅くまで灯がともり、騎士たちが屋敷中を慌ただしく動いていた。
エドガー殿の姿も見えた。
(あの夜……何があったんだ。)
◇
「数日前の夜。」
クラウスは静かに語り始めた。
「エマ様のお屋敷へ、刺客が現れました。」
思わず足を止める。
「刺客……?」
「はい。」
「狙いは、エマ様でございました。」
胸がざわつく。
「どうして……。」
「魔力測定の後、音属性の存在は王都にも伝わりました。」
「響きの賢者以来とも言われる希少な属性。」
「その力を利用しようと考える者がおりました。」
「幸い、旦那様は念のため護衛を増やしておられました。」
「刺客は全員、その場で捕らえられております。」
父上は。
やはり、先を読んで動いていたのか。
◇
翌朝。
父上はエドガー殿を執務室へ呼んだという。
エドガー殿は深く頭を下げていた。
「申し訳ございません。」
「娘を危険な目に遭わせてしまいました。」
父上は静かに首を横へ振る。
「お前の責任ではない。」
短い一言だった。
執務室へ静寂が落ちる。
父上は窓の外へ視線を向け、小さく息を吐いた。
「希少な力は、人を惹きつける。」
「善人ばかりではない。」
エドガー殿は黙って頷く。
父上は再び口を開いた。
「昨夜で終わりとは思うな。」
「……はい。」
少しの沈黙。
そして父上は、穏やかな声で言った。
「屋敷へ移れ。」
エドガー殿が顔を上げる。
「旦那様……?」
「家族ごとだ。」
「しかし……。」
父上は静かに微笑んだ。
「ここなら、私が守れる。」
それだけだった。
決して多くは語らない。
だが、その一言だけで十分だった。
エドガー殿は深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
◇
「そういうことだったのですね。」
俺は静かに呟いた。
クラウスは小さく頷く。
「旦那様は、教えるだけのお方ではございません。」
「守るべき者は、必ず守られます。」
父上の言葉が頭をよぎる。
――国とは、人だ。
その言葉を、父上自身が誰よりも実践していた。
◇
「オルタ様!」
エマが笑顔で駆け寄ってくる。
「これから毎日遊べるね!」
「ええ。」
自然と笑みがこぼれる。
「よろしくお願いします。」
「うん!」
エマは嬉しそうに頷き、再び新しい部屋へ駆けていった。
◇
その頃。
騎士団の訓練場では、レオが何度倒れても立ち上がっていた。
「もう一回お願いします!」
その姿を見た騎士団長は、小さく笑う。
「その根性だけは父親譲りだな。」
◇
森では。
リックが斥候隊長である父の背中を必死に追い掛けていた。
「待ってよー!」
「敵は待ってくれんぞ!」
笑い声が森へ響く。
◇
近衛騎士の鍛錬場では。
マルクが歯を食いしばりながら丸太を担いでいた。
「力だけでは駄目だ。」
「姿勢も意識しろ。」
「はい!」
額から汗を流しながらも、その返事は誰よりも大きかった。
◇
補給倉庫では。
カイルが帳簿と荷札を何度も見比べている。
「よく見ているな。」
補給隊長である父が声を掛ける。
「兵糧一つ違えば、多くの兵が困りますから。」
父は満足そうに頷いた。
◇
皆、それぞれ違う場所で。
それぞれ違う道を歩いている。
だが。
目指す先は、きっと同じなのだろう。
その姿を思い浮かべながら、俺は小さく笑った。
(皆も頑張っている。)
(ならば、俺も負けてはいられない。)
翌朝。
屋敷の門の向こうから、大きな声が聞こえてきた。
「オルタ様ーーー!!」
聞き覚えのある元気な声。
思わず笑みがこぼれる。
どうやら今日も、退屈する暇はなさそうだ。
第15話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は「それぞれの歩み」というタイトル通り、オルタだけでなく、仲間たちや家族が少しずつ前へ進み始める様子を描きました。
そして、エマに訪れた大きな転機。
この出来事は、今後の物語にも大きく関わってきます。
次回は、久しぶりに六人が再集合!
成長した子どもたちが、再びどんな「戦争ごっこ」を繰り広げるのか、ぜひ楽しみにしていてください!
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『本能寺で死んだ織田信長、魔力値3の落ちこぼれ貴族に転生する ~人を活かして異世界天下布武~』
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