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星空の懐中時計

 晩餐会が催されていた時、レイナードとアドワースは王城へと続く森の入口を警備していた。


 日中に吹き荒れていた風は止み、空気が冴えて星空が美しく輝く夜だった。


 レイナードは腰を下ろし、摘まみ上げた懐中時計の鎖を、目の前でゆらゆらと振っていた。


「いい時計だな、それ」


 傍らで、周囲を警戒していたアドワースがいった。


「父が造った物なんです。父の両手は魔法の手で……もしかすると、目に映すことができない時間をその手でつかみ取って、時計を完成させているんじゃないか……僕は子供の頃、そんな風に思い込んでいました。お客さん達は皆、父の時計を目当てで来店して、嬉しそうに包みを抱えながら帰っていくんです」


「素晴らしい仕事じゃないか。どうして、跡を継がなかったんだい?」


 懐中時計を見せて貰いながら、アドワースは尋ねた。


「時計造りをやりたくない……なんて思った事はありません。いや、(むし)ろやりたかった。だけどそれ以上に、父みたいになれない……そのことを恐れたんです」


 俯きながら、レイナードは話した。


「僕の造る時計はどこか、いびつで正確に時を刻まなかった。そんなものが、売れると思いますか?」


「お前らしくて、いいんじゃないか?」


 アドワースは、豪快に笑った。


 少し、むっとした表情を見せ、レイナードは続けた。


「当時の僕は、偉大な父を前にして、自分が役立たずに思えて仕方がなかった。期待を裏切って、がっかりさせることを望まなかったんです。それで、父に内緒で騎士団の試験を受けました」


「話していなかったのか?」


「ええ、合格した事も伝えませんでした。後日、そのことを知った父は、何もいわず入団するお金を用意してくれました。その事に対する感謝の言葉も、僕はまだ、ちゃんといえてないんです」


「……まあ、何にせよ、いえる時にいっておいた方がいいぜ。俺みたいに突然、親がいなくなる前にな」


「アドワースさんのご両親は?……」


「母親は、俺が物心がつく前に亡くなった。父親が、男手ひとつで俺を育ててくれたんだ。それを三流貴族の野郎が……」


 アドワースは、初めて会った時の様に激しい感情を見せた。


「虫けらみたいに、殺しやがった!」


「アドワースさんが、貴族を嫌っているのって……」


「あいつ等は、自分達の理屈が常に正しいと思って生きてやがる。自分の都合の良いように、事実をねじ曲げて平然としている。俺の父親は、何ひとつ悪いことをしていなかったんだ」 


 アストライア大陸において、市民の人権は(ないがし)ろにされる事が多かった。北部の文明が発展した都市でさえ、時代の変遷(へんせん)に法体系が追いついていなかった。


「俺の父親は、たまたま機嫌の悪かったクソ貴族に、無礼を働いたと難癖をつけられて切り殺されたんだ。俺は、本気で奴を(ほふっ)てやろうと思った。それを周りにいた大人たちが押さえつけて止めた。俺の首と胴が繋がってるのは、あの人達のおかげだ。だけどな――」


 アドワースは、木刀をひと振りして空気を切り裂いた。


「あの日から、俺の頬には絶えず血の涙が流れている……そんな思いで生きているんだ」


「…………」


 その時、レイナードは城の方で異常な物音を聞いた。


「アドワース! 城が騒がしい。何か変だ!!」


 だが、アドワースは城に背を向けて刀を構えていた。


「おい、神父さん、何処へ行くつもりだい? 子どもたちの引率には、ちょいと遅すぎる時間だぜ?」


 くすくすと笑う、子どもたちに囲まれた神父(メルク・レイズ)は、赤い目を光らせて微笑んでいた。


 レイナードは、小さな笑い声の重なりが、主人不在の夜の森を支配していくのを感じていた。

次週(3/30)の投稿は、お休みさせて頂きます。

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