43 違う世界
町に着くと、薬屋で追加の傷薬をもらう。この世界では病人やけが人を専門に診る職業が発達していないので、薬のもらうのが関の山だった。ミラレスにもらった薬よりも効果は薄いのかもしれないけれど、ないよりましだ。
幸いショニーさんの容態は安定しているようで、宿でゴエさんがつきっきりで見ていた。
「ジークたちは部屋でくつろいでいてくれ。何かあったらまた呼ぶよ。」そう言ってくれたので、僕たちは彼らの部屋から出た。
僕はすこし、必要なものを探すためにいくつかの店を回ってくると言って、ニナに先に部屋に戻ってもらった。
僕はどうしても彼のことが気になっていた。無事に仲間に助けられてもらえただろうか、それとも……。
本当はそうすべきではないと分かっていたけれど、強迫的な衝動に駆られて僕は町を飛び出す。
今日僕らが襲われたところまでに着くころにはもう日が暮れかけていた。
そこには地面が焦げた跡と、取り残された彼が少し離れたところに横たわっていた。
足を引きずった跡がある。
いくらか力を振り絞って町に向かおうとしたのかもしれない。
僕は彼に近づき、そして気が付く。
わずかにだが、まだ息がある。
それでもだいぶ弱ってきている。この辺りは夜気温がかなり下がるので寒くなってきている。そのせいで体力を消耗してしまっているのかもしれない。
僕の選択肢は一つだった。
僕を朦朧と見つめる彼に本をもって触れる。
『熱傷(右顔面)』『靱帯損傷(右前距腓靭帯)』『低体温症(中等度)』『難聴』
一応彼がこれ以上ナイフ等の武器を持っていないことを確認して自分の上着を彼にかける。一刻も早く体温を上げてあげなければ生死に関わる。
「大丈夫、大丈夫だから。」
僕は彼に声をかける。
近くで見ると僕よりも少し幼い顔立ちをした少年だった。
「君、僕によしかかれるかい。」そう聞くと、彼は意識が朦朧としているのだろうか、ぼーと僕を見てから頷く。
僕は彼を背負うと、急いで町に戻る。
僕たちが泊っている宿とは違う宿を急いで取って、もこもこに布団をかける。それでも冷えた体温は簡単には元に戻らない。
これではいけないと考えて、宿の主人に風呂はないのか聞くと、幸い近くに銭湯のような公衆浴場があった。
急いで彼を背負って、そこに向かう。
どうやら日本の銭湯とは違い、男女分かれておらず、下着は着たまま入るのがこの世界では普通のようだった。
僕はぼーとする彼の服を脱がせて上下、下着姿にすると、肩で支えて、風呂に向かう。
彼の汚れを落とし急いで湯船に浸かる。彼の髪は綺麗なピンク色の髪だった。薄汚れていたから全然分からなかった。
しばらくすると、彼の体温が戻ってきたのか、顔色が良くなってくる。それでも、顔の火傷が痛むのか苦悶の表情を浮かべる。
「顔の傷は痛むかい。」
そう言っても彼は状況が飲み込めないのと、顔が痛むのとでおどおどしている。
その後彼の意識がはっきりしてきたようなので僕たちは銭湯を後にして先ほどの宿に戻る。
まず火傷の処置だ。
本によると火傷は軽傷から重症になっていくにつれて、順にⅠ度、Ⅱ度、Ⅲ度と重症度が分かれているようだったが、彼はⅠ度~Ⅱ度で範囲もそれほど大きくなかった。痛み止めと可能止めの薬を塗って包帯を巻いておく。
ひとまず、処置が終わったところで僕は今後について彼と話そうとするが、彼は理解ができないという顔をするので困った。
彼の診断項目に難聴があることを思い出す。
僕はこの国の字が分からないので、宿の主人に代筆頼めないか聞いたところ、主人は不得手らしいが代わりに主人の娘を紹介してくれた。
僕は彼女を介して筆談することで意思疎通を図ろうとする。
僕はここまでしか面倒を見られないこと、宿のお金を数日分は払っておいたこと、いくらかお金を置いてゆくこと、しばらくは安静にしていることを彼に指示する。
しかし、彼は相変わらず理解しているのかどうかよくわからない顔をしていた。
もっと面倒を見てあげたかったが、僕の立場でやってあげられることはこれくらいだった。ショニーさんやニナを裏切る形で彼を助けることに僕は罪悪感がありつつも、そうせずにはいられなかった。
彼は僕を縋るような目で見ていたけれど、それを振り切るように宿を出る。
僕は見捨てることもできないが、救うこともできない自分の不甲斐なさが憎かった。
「ただいま」
僕らが泊っている部屋に帰ってきた。
「随分時間がかかったね。」
そう言いながらニナはポロをもふもふしながらごろごろしている。
「うん、ついでに大衆浴場も寄ってきたんだ。ゆっくりしすぎちゃった。」
彼女はふーん、と言いながらポロとじゃれている。
初めて彼女につく嘘がチクリと僕の胸を刺す。
ちらっと僕を見てニナが、口を開く。
「ねえ、今日の私、怖かった?」
僕は言葉に詰まった。僕自身今日のことをどう整理をつけていいか分からなかった。
「じゃあ、嫌いになった……?」
ニナはポロに顔をうずめてそう僕に聞く。
僕は首を振る。
「そんなわけないよ。
ただ、人の命を奪うことに関してどうすればいいか、自分の中で決められないんだ。」
場に沈黙が流れる。
「私はジークに死んでほしくないの。」
ポツリと、彼女が漏らす。
「私たちの周りでは、戦争が至るところで起きていて、命がいとも簡単に散ってしまう。
たしかに、躊躇う時もあるけど、こんな状況で相手への同情が自分や自分の大切な人の命より優先されるなんておかしいよ。」
わかっている。わかっているけれど。
「ジークのすることはジークが決めるべきだと思う。
それでも、私はもう目の前で大切な人を失うのは絶対に嫌。」
そう言って、彼女は顔を上げ、僕の目をまっすぐに見る。その翡翠色の瞳は潤んでいて、今にも涙が零れそうだった。
「だから、しっかりと覚悟を持てるまでは、ジークが戦うことは私が許さない。」
彼女の瞳からは強い意志が感じられた。
ニナはしばらく僕の目を見つめた後、ふっと目を逸らし、ポロと部屋の外に出て行ってしまった。
僕は部屋を出ていくニナを追うこともできず、ため息をついて、ベッドに倒れこむ。
追って、引き留めて、僕は彼女にいったいなんて言えばいいんだろう。
僕はこの世界に来て初めて、平和な日本が恋しくなった。
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