閑話 狂気の先に
物語の本筋には影響しません。
ジークに手当てしてもらったことが功を奏したのか、ショニーはだいぶ落ち着てすーすーと寝息を立てていた。
こいつは昔から、気弱で、おどおどしていて、それでいてなぜか一度決めると梃子でも動かないような強情な奴だった。
村を出て、商人をやると言った時だって、家族や村のみんなに反対されても一歩も譲らず、結局その通り村を出て行った。
私は昔から、村では勉強も武術も一番で、魔法だって使えた。だけど、自分の意志ってものがあんまりなかった。
だから、よわっちくても、不器用でも、夢を持つこいつが眩しく見えた。憧れていたのかもしれない。わざわざこんなとこまで追いかけてきちまったことは一つも後悔していない。
ショニーは気が付くと、危ない目にばかり合っている。誰かが見ていなきゃ本当にすぐ死んじまう。
全く困ったもんだ、そう思いながら無防備な寝顔を晒すショニーを見つめていると、ドアがこんこんとノックされる。
誰だろうか。
「ニナです。」と声がした。
私は、自分のやけている頬をパシッと叩くと、扉を開ける。
「どうした?」
ポロを抱きかかえて下を向くニナを見る。ニナは私よりは頭一個分くらい小さいので彼女が下を向くと表情が見えない。
ニナが、バッと上を向くと、まるで泣きそうな顔で目に涙を貯めていた。
「うぅ、ゴエ~、私、ジークに嫌われちゃったかもしれないよぅ」
そう言ってポロを抱っこしたまま、私に泣きついてきた。
なんだこの可愛い生き物は。
とりあえず、部屋に入れて話を聞くことにした。
彼女の話曰く、今日の件で、ジークにきつく当たり、言いすぎてしまったらしい。それに加えてジークの前で平然と人の命を奪うような冷酷さを見せてしまい、嫌われたかもしれないということだった。
「ジークはね、きっと人を殺したくないのよ。
でもね、でもね、私はジークに死んでほしくないから、そう言っちゃったの。絶対嫌われた。うぅ」
そう泣きながら抱き着いてくる。
私は今日の出来事を思い出す。正直ジークのあの行動は異常だ。ほかの人が見たら、頭がおかしいと笑われても仕方がないと思った。
「んなこと、この世の中で生きていくなら、避けては通れない道だろ。大体、意地でも人を殺したくないなんてとち狂った思考、どうやったら身につくんだ?
所詮、その罪悪感を抱えられないような器小さいやつだったのかもしれねーよ。
だから、お前が気に病む必要なんてないよ。」
私は彼女の頭を撫でながら、慰める。おい、なんでこんな髪の毛サラサラなんだよこいつ。
すると、ショニーが目を開けて、それはまずいよ、という顔をした。なんだよこいつ起きてるのかよ。
ニナは目を赤くした顔を上げ少しムッとする。
「そんなんじゃない。ジークは、とっても優しいの。困った人がいたら、それが例え誰でも救いたいって思う人なの。」
私はため息をつく。その優しさが周りや自らの身を滅ぼすようなら、それは愚行だ。理想じゃ世の中食ってはいけねえ。
「じゃあよ、ニナ、お前はジークに何をしてほしいんだい。彼に人を殺す決心をしてほしかったら、覚悟を持って殺せ、そう言って終わりでよかったじゃないか。」
ニナはすこしうーん、と考えた後、
「……私は期待しているのかもしれない。だってなんだか、ジークは人を殺さないことが当たり前みたいな顔をしているのだもの。まるでそんな世の中が自分には見えているかのように。」と言った。
私はそれを聞き思わず、笑ってしまう。それを笑わずにいられるわけがない。そんなことがありえたら、それはまさしく平和そのものだ。
魔法が強いもの、特にその中でも魔人と呼ばれる者たちは性根から狂っているということはよく言われることだが、ジークもそうなのかもしれない。
あの優しさ、なんて言葉を使えば聞こえがいいが、つまりは彼の理想主義とも言えないような利他的協調思考は明らかに常軌を逸している。
『自分の力は自分のために使う』ということが個人としても国家としても常識の世の中で、まるで『自分の力は他人のためにある』かのようにふるまうことは、自ら都合のいい餌として、人々の目の前にぶら下がることと同じだ。
そしてその餌は、まさしく自分や周りの身に危険を呼び込むきっかけとなってしまう。
「そんな世の中在り得ない。まずそんな気持ちじゃすぐ死ぬ。厳しいようだけどな。」
現実主義の蔓延る、この世の中では理想主義や平和論は絵空事だ。
「だがよ」
私は続ける。
だが、一つだけ例外ある。
「お前たちの力を以てして、国に、世界にしっかりとした秩序を作ればそれはできるかもしれない。」
実際魔王国は魔王と十人衆からなる魔人と魔法使いによって高度に統治された君主制国家だ。治安もかなりいいと聞く。それに魔王国はおそらく大昔から続く魔法大戦に終止符を打とうとしている。つまり戦争を終わらせる最後の戦争をおっぱじめる気だ。
あの国は攻撃的現実主義の実現、つまりこの無政府状態の国際社会において覇権を握り、世界統一を目指しているのだろう。
皮肉にも、それは平和への最短ルートかもしれないと私は思っていた。
しかし、ジークを見て、話を聞いて私は少しそれを考え直していた。
ジークの魔法はまさしく超魔人級だ。私と彼の魔法量には月との距離くらいの差を感じる。
そして、この世の中の常識だが、魔法とは武力であり、軍事力だ。
だからもし仮に。
もし、ジークが魔王国と同等規模の力を持つ国家、もしくは国家同盟をまとめ上げ、魔王国に対して協調姿勢をとる、つまり理想主義・国際協調主義的外交をすることができるようになれば、それが最もいい方法だ。
なによりそれは流れる血と無為な憎しみが段違いに少なく済む。
そこで私は一つ賭けてみることにした。
ジークは狂っているが、何か歴史に残るでかいことを成し遂げる奴ってのは、私ら一般人から見たらみんな狂っている。流れに乗らないからこそ、流れを変えられる。
一方で流れを変えるというのも一筋縄ではいかない。それには力のほかに、知識が必要だ。法治制度や、国家間外交と言うのは感覚的に出来るようなものではない。
「ちつじょー?そんな大変そうなことできないよ~」ニナが困ったような顔で私を見る。
「まあ、大変だろうな。けどよ、もしニナがジークを支えてやりたいと思うなら、私はその手伝いができるぜ。」
そう言って、私はすらすらと手紙を書き、ニナに渡す。
「私の知り合いへの手紙だ。そいつは魔法都市ってとこにいる。魔法都市へは南の海を渡った後、まあ、説明が難しいんだが、従属都市のようなとこから行ける。まあ、行けばわかるさ。もしかしたら、そいつに会うことがニナの助けになるかもしれない。」
判断はお前に任せる、そう言ってニナに手紙を渡した。
ニナはよくわからないという顔をしていたが、とりあえずこくんと頷き、その手紙を受け取る。
「でもそうね、もし、ジークがそんな世界を作ってくれるなら、見てみたいかも。」
そう言って彼女は無邪気に笑った。
ショニーを見ると片目を開けて、こちらを見ている。こいつ、寝たふりしながら、私を見て、面白がってやがるな。
私はショニーの傷のところをちょんとつつくと、聞き心地のよい悲鳴が部屋に響いた。
もしよければ、ブックマーク・評価をしていただけると嬉しいです。




