3 魔法系臓器
次の日も、その次の日も目覚めると天井は藁ぶき屋根であった。僕は仕方なく今現在を現実として認識することにした。
少女が犬と遊ぶ声が部屋に響く。
多分だが、僕は雪原で倒れているところをこの老人と犬と少女のうちの誰かに拾われたのだろう。
この数日で、いくつかわかったことがある。
まず体が縮んでいた。縮むというか若返っていた。怪しい薬も飲んでいないのに……。
自分のもとの服を着てみるとどうにもぶかぶかでおかしいなと思い、この家にあった小さな鏡で自分を見てみると中学生くらいの少年が僕を見つめていた。
言葉についてはわからない。老人と少女は日本語ではない言語を話しているようで、話している内容もさっぱりだった。
そして老人と少女についてもまだ把握しきれていなかった。
白い髪に翡翠色の瞳をした少女はニナと呼ばれていた。年は十歳を超えたくらいだろうか。身長も見た目の年齢も僕より少し大きい。
いつも犬と遊ぶか、外で駆け回るかしている。
ときたま僕にマシンガントークを一方的にかましては、真っ白い髪を揺らしながら満足げな顔で去ってゆく。
言っている意味は分からないが、頷くと喜んでさらに饒舌になる。まるで犬みたいでとても可愛い。
額に大きな傷がある老人の方はガローと呼ばれていた。とても大柄で、まるで熊のような人だが、
どこのだれかとも知らない僕にご飯を与えてくれ、体を拭くタオルを毎日持ってきてくれる。
作ってくれるご飯はとてもおいしいし、いつも優しい目でニナを見守っているので、きっといいひとなのだろう。
そしてニナと同じく真っ白な毛をした大型犬の名前はポロらしい。
ニナがいつも「ぽーろー」と呼んでいるのできっとそう。
ポロはふわふわでまるでぬいぐるみみたいだ。
日本のころに見たペットの例にも漏れず、野生を失ってしまっているタイプで、寝るか、ニナの遊び相手をしている。
僕が今いるこの家の周りはあたり一面雪原で、少し遠くに森がうっすらと見えた。森で囲まれているのかもしれない。
この雪原の中、周りに住んでいる人はいないのか、この二人以外の人は見かけなかった。
普段の食事を見るにガローが森や雪原で動物を狩って生活している。
日中はガローが森の方に狩りに出かけ、その間をニナとポロは家でお留守番だ。
僕ももちろんお留守番で、ニナの何を言っているかわからない話を聞くか、ポロと遊ぶか、例の本を読むかして過ごしていた。
ここがどこかはわからないままだった。
ただどうやら本のせいでどこかに来てしまったことは確かであった。
件の僕とともに落ちていた本だが、一通り目次の項目は触れてみた。
やはり変わらず人間の臓器についての本だったみたいだ。
古びた本なのに触れると文章が出てくるハイテクな仕様は一体どういうことなのだろうか。
さて、これはどうやら人体の解剖書なのだろうと思ったが、ほとんどが聞き覚えのある臓器である一方で、項目の中には、『魔臓』や『魔力管』といった器官の記載があったため、人間の解剖学書ではないのかもしれない。
そんなこんなで本とにらめっこをしていた時、それは起こった。
外の方で大きな音がするので、外に出てみると、ガローが少し遠くで、象ほどの大きい獣と戦っているのが見えた。
そして、刮目すべきは彼らの戦いは剣に火を纏わせ、雷鳴を轟かし、周囲を凍らす、まるで神話の神々の戦いのようであったことだ。
僕はその戦いに圧倒され、魅了された。
その日の夜に、どんな手品かとガローに駆けよって手のひらを見るが、タダの手である。
頑張って身振り手振りを使って先ほどの魔法のようなものをやってくれと一生懸命に伝えるとガローはしばらく考えた後、一度だけ囲炉裏に向かって火を出してくれた。
それはタネも仕掛けもなくまさに魔法でだった。胸が高鳴った。
そこで合点がいった。おそらくこの本はガローについての解剖書なのかもしれない。彼はいわゆる未開の地に住む特殊能力者であるというのが、最も納得がいくものだった。この地域には、もしかしたらガロー以外にも手から火が出る人がいるのかもしれない。少なからずガローは人間ではなく、手から火が出る種族で、この本は彼らについての解剖書なのだろう。
そう納得した僕は再び本を開き、自分の聞き覚えのなかった項目を読み直す。
しばらく読んで息をのんだ。
この本によると
どうやら僕になくて、ガローにある臓器として、『魔臓』と『魔力菅』そして『魔膜』がある。
魔臓はちょうど鳩尾くらいの高さに左右に二つある臓器のようだ。その左右の魔臓からまるで血管のように魔力菅が全身に伸びている。これら二つの臓器がどうやら魔法の発生に関わっているらしい。
魔膜は体の表面を覆うように存在しており、皮膚の少し内側にあるようなものみたいだ。
これら三つは魔法系臓器と言われているらしい。
魔法の原理としてはこうだ。
体の周りに漂っている魔力を吸収し魔力菅を通して、魔臓に貯める。
魔法を使う時は魔臓から、魔力菅を通して、魔力を火や氷という形で放出するらしい。
魔という文字がゲシュタルト崩壊しそうである。
魔膜はよくわからないが魔力を遮断してくれるようなもののようだ。
本には小難しい言葉で、魔膜は皮膚の基底膜に一致しており、などとつらつらと書いてあるのだが、
専門用語が多すぎて僕が理解できたのはこの程度である。
さてここで問題となるのは、僕にはそれらの臓器があるのだろうか、ということである。
それがあればきっと僕も魔法を使うことができる。
そしておそらく僕にはない。
なぜなら日本、というか少なくとも僕の周りには手から火を出す人なんていなかったからだ。
ということはやはりガローは僕の知っている人間とは違う種族なのだろう。
とは言っても、目の前で見せられると、簡単に諦められるものじゃない。
もしかしてと思ってしまう。
もっとこの本を読めば何かわかるかもしれないと期待して、膨大な量の記載内容をなんとか読んでいこうと決意した。
ちなみに一応ガローの手から火が出ることをニナに頑張ってジェスチャーで教えてみたが、真顔で目をぱちぱちしながら僕を見てこいつは何を言っているのだろうという顔をされた。
まさかニナ、君も手から火が出るのか……?
数日ニナを観察していたがどうやらニナは魔法を出さない子であった。
そうして一週間が経ち、一か月が過ぎ、あっという間にこの世界で迎える二度目の冬が来た。
僕は言葉を覚えた。




