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第16話:収穫祭へ

 まさか、である。言ってみるものだ、とまたしてもシエラは自分の運が恐ろしくなった。

 ちょうど一年前に彼を見掛けたあの収穫祭の季節。さすがに何気無く……とはいかなかったが、少しの勇気を出して誘ってみれば、何の問題もなく承諾で返されたのだ。そもそも彼の住む隣町で行われるのだから特別珍しいものもないだろう。それでも時間を割いてもらうからには目一杯楽しんでもらわなければ、と張り切るしかないのだった。

 これまでの信用もあり、供もなしでの遠出は両親にもあっさりと許可された。事情を知るローズはシエラ以上に気合いを入れて身支度を整えてくれたし、それを見た母親にちょっぴり冷やかされはしたが。

「ローズと出かけられるのはいつも楽しみだったのに、ごめんなさいね」

「そのお言葉だけで充分ですよ。あたしもお嬢様離れしないといけませんから」

 シエラの髪を編み込んでいる途中、頬に手をあて溜め息をつく素振りをする。選んでくれた服に着替えてからもシエラは大人しくされるがままになっていた。着せ替え人形のように色々と世話をされるのは恥ずかしいが、ローズ本人がいつも楽しそうなので、こうして遊びに行く時は基本的に任せている。あまり派手にはしないでと毎回注文させてもらってはいるが。

「嫌だわ、無理に離れなくたって良いのに」

「うふふ、冗談ですよ。それにアーレイン様とお二人でお出かけされるのは嫌ではないでしょう?」

「それはまあ、そうだけど……」

 わざわざ申し合わせての外出なんて、嬉しさと緊張で昨夜はよく眠れなかったほど。これまで授業で顔を合わせることしかなかったが、彼は一体どんな気持ちでやってくるのだろう。少しでも楽しみにしていてくれたらいいと思う。義務感や、幼子のわがままに付き合う心持ちではなくて。

「お迎えにいらっしゃるんでしたっけ。紳士的な方なんですね」

「ええ。……どうやって来るのかしら? もしかしたら魔法で瞬間移動させてもらえるかも!」

 往復する手間になるだけだろうに、意外にもアーレインは家まで迎えにくると言った。タニアだった頃は社交など当然知らなかったが、それでも彼の所作が洗練されているのは察せられたし、きっと女性を相手とした礼節も一通り身に付けているに違いない。下手な人間より悪魔の方が礼儀正しく誠実だ。

「お戻りになったらお話をぜひ聞かせてくださいまし」

「もちろん! お土産も買ってくるわ」

「嬉しいですけど、どうかお気遣いなく。……さ、できました。お嬢様とアーレイン様、きっとお似合いですよ」

「もう……っ!」

 鏡の中の少女は白地に青い花模様のワンピース姿。いつものバレッタは置いていく代わりに、彼の目に良く似た琥珀色の石がついた飾りで髪を留めて。これならあの美貌の魔法師と並んでもそれほど田舎臭くは見えないかもしれない。……ちょっと張り切りすぎかしら、と顔を熱くしつつもローズに心からの礼を言う。


 外に出てみるとアーレインは既に到着していた。

「ごめんなさい、遅くなってしまって」

「いや、急ぐことでもない。……向こうに馬車を待たせてある」

 平素と変わらない姿で、これからいつも通りに授業が始まりそうなほど。少しばかり良い服を着たシエラを見ても何の言葉もない。そこまで期待していたつもりはなかったが、わずかでも落胆してしまったのはつまり、そういうことなのだろう。

 見送りにはレビが出てきていた。大袈裟とは思えど、彼としてはどうしても魔法師の挙動が気になるのかもしれない。まして二人きりで出掛けるとなれば尚更。

「レビ。留守を任せてしまうけど、よろしくお願いするわ」

「いえ! ボクも修道院の仲間と足を向けるかもしれませんし」

 アーレインはシエラの後ろに控えていたのだが、意外にもレビは彼の方へ向かい進むとぐいと片手を付き出した。

「差し上げます!」

 嫌に緊張した面持ちで、アーレインが大人しく手を出したところに銀貨を一枚落とす。

「旦那様からです。もし何かあれば使ってください」

「俺に?」

「くれぐれも無駄遣いしないでくださいね。くれぐれも!」

 銀貨一枚。祭りに持参するには大金過ぎ、魔法師に渡すにしては少額だ。

 青年はじっと手の中の硬貨を見つめていたが、やがて大人しく腰元の袋へとそれをしまった。

「……受け取っておこう」

「お嬢様に何かあったら承知しませんから!」

「わかったからそう喚くな」

「喚くとは何事ですか!」

 しつこいくらいの念押しに嘆息を返し。睨まれるのを無視して身を翻す。

「行くぞ、シエラ」

「は、はい……!」

 背中越しに投げられた声に応じてからレビには小声で謝って、長身を慌てて追いかける。些細ながらも自分を先導する姿に胸が高鳴ったのは事実だ。それはそれとして、確かにあまり御者を待たせる訳にもいかない。

「ジジイには貸し馬車にしろと言われたんだがな」

 早足で隣に並ぶと渋面をつくってみせる。貸し馬車は一般的に貴族の乗り物として利用されるものだ。豪奢な装飾がなされており、それこそ舞踏会に行くならばわかるが。

「そんな、悪いわ。辻馬車でもわたし達にはちょっと贅沢なんだから」

 個人で送迎を頼めるような辻馬車も、町を走る乗合の車に比べれば割高だ。責務に応じた収入があるのは当然だが、頓着なく選択肢に加えられることに嫌でも立場の差を感じるのは商売人の血か。

「そういえばさっきの……あの、父とレビが失礼したわ。ごめんなさい」

 特権階級である魔法師に金銭を与えるのはまさしく愚行だろう。意図はわからないながらもともかく代わりに謝ると、彼はおもむろに先ほど硬貨をしまった袋を探り始める。

「さすがに銀貨は持ち歩いていないな。後で同等のものを返そう」

 受け取った銀貨をそのままではだめなのだろうか。不思議に思って見上げれば。

「あの銀貨には小さな傷がつけられていた。返せば、写本師は目敏く文句を言うだろうな」

「そ、そうだったの……。よくあの一瞬で気付いたわね」

「財宝には企みがつきものだ」

 どこか呆れた言い方は昔の経験に基づくのかもしれない。そんな会話をしながら二人が馬車へ近付いていけば、馬が途端に落ち着きを失い始める。御者が手を焼いている様子にシエラはまたかと落胆し。

「……何故か動物に好かれないのよね。わたしは大好きなのだけど」

「魂の気配を察知しているのかもしれないな。獣は悪魔が嫌いだから」

 思わぬ答えにぎょっとする。思い返してみると確かに彼は旅の中でも馬を使おうとしたことはなかったが、そんな背景があったとは。

「そう怖がるな。呪詛の類いであるまいし」

「ええ、そうね。悪魔が理由もなく人を呪わないこと、わたしはよく知っていると思う」

 肩を竦める。元悪魔と彼に魂を救われた人間が揃うとは馬にとってさぞ災難なことだったろう。どうにか宥めすかしてもらったところで乗り込むと、アーレインが外套を脱いで手渡してくる。当然、正装時のものではないが。

「泥が跳ねる。膝に掛けておくといい」

「ありがとう、でもこの服が汚れてしまうわ」

「そのための上着だ、構うものか」

 言う通り、席の横は空いているから車輪が跳ね上げた泥がついてしまう。乗り慣れているからかと配慮に驚く一方、狭い空間に二人きりという状況のせいでシエラの心臓はどうにかなりそうだった。大人しく受け取った外套を膝に乗せるも、握り締めた手が汗ばんでしまうのはどうしようもない。いつもは対面に座るものだから、こんな、隣に存在を感じることなんて。

「こっ、この距離をいつも歩いて?」

 なんとか会話で気を紛らわしたかった。座面に綿は入っていても道の凹凸が直に体へ伝わってくる。長時間乗っていたら下半身が痺れてしまいそうだ。彼は隣町から通ってくれているが……

「日による。急ぎの時は転移魔法を使う」

 問うより先に言葉を継ぎ。

「言っておくが、他人を転移させることは出来ない」

 曰く、自分が完全に制御できるものしか転移させられないのだそうだ。だから身に付けた衣服や簡単な荷物程度はそのまま運ぶことができるが、他人を移動させることはできないらしい。多少は惜しい気もするが。

「転移魔法がどんなものかは経験してみたいけれど、そこまで残念には思っていないわ。その……あなたとお喋りしながら移動する方がきっと楽しいから」

 言ってシエラが笑うと

「別に話上手だとは自分でも思わないが……変わっているな」

 青年は呟き、顔を背けてしまったのだった。それから彼はずっと外を見つめていたから、その顔色を伺い知ることはできなかった。

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