第34話・バベルのおとなたち 後編
バベルのおとなたち編、完結です。
彼女がいたのは、二階の屋根裏部屋だった。
火をつけたのと同じやつらに、ここで紐で縛られ拘束されていたらしい。
私はすぐさまカナンを助けようとした。
しかし、私とカナンの間を大きな火の壁が遮っていて近づけない。
どうやら壁を伝わってここまで火の手がまわってきてしまっていたようだ。
「カナン!大丈夫だからな!今助けてやる!」
「……その声はアルテン君……?でも……もうこれじゃあ多分助からないよ……。」
「諦めるな!まだ希望はある!」
何とかして火の壁を越えられないかと必死にもがく私に、何故か壁の向こうからフフフと笑う声が聞こえてきた。
「……私ね、あの初めてあった時にね……、アルテン君に一目惚れしちゃったんだ……。フフ、おかしいよね、こんなこと今言うことじゃないのに……。」
「助かってからまた俺にそれを言ってくれ!今は命が大切だ!」
こんなに熱くなる自分ははじめてだった。
ほんとうに、私もカナンにあの一回の出会いで恋をしてしまっていたのかもしれない。
火の壁が大きくなる。
「……フフ、会ったのは一回だけだったけど、私の目に狂いはなかったみたいね……。アルテン君、助けに来てくれてありがとう…。そして」
火の壁は益々大きくなり、叫ぶ私の耳にかろうじて最後の一言がはいってくる。
「大好きだったわ。」
瞬間、火の壁は向こう側を包み込んでいった。
その後の記憶は私には残っていない。
気づいたら、病院のベッドの上だった。
近くの看護師に聞くと、どうやら私はあそこから救助隊に助け出されたらしい。
デモの顛末は、見舞いに来た父から直接聞いた。
デモ隊は鎮圧したこと。
火事は鎮火したが、中にいた人は全員亡くなっていたこと。
火事の犯人はまだ捕まっていないこと。
私はそれを、ぼんやりとしながら聞いていた。
しかし、その後父が言った一言には驚かされた。
「これからは、3階層とかの低階層の支援をメインにやっていこうと思う。」
父らしい言葉ではあった。
しかし、私は許せなかった。
全てを人のせいにして、私の好きな人を殺した低階層のやつらが。
そして、そんなやつらを支援すると決めた父が。
その時私は決めたのだ。
父の後を継いだら、もう2度とこういうことがないように、徹底的に身分を分けてやる。
理想なんて追いかけられなくしてやる。
もう2度と、あんな目に遭わないために!!!
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ダンっと男は机に腕を振り下ろした。
落ち着くのを待って、女が話しかける。
「……でも、それがどうしてあなたとあの男の子が似てることになるの?」
「似てるのだ。あの何かを追い求める純粋な目。父を憧れ、目標としていたあの頃の自分に。……私だって、父がやっていたことの方が正しいということくらいわかっている。だが、だがどうしても貧民層のやつらを許せないのだ。頭ではわかっていても、体が動かないのだ、どうしても!!!」
再び男は叫ぶ。
「父みたいになりたい、父のような偉大な男になりたい。そんな純粋な気持ちが、一瞬にして憎しみへと変わった。そんな私のようなこどもは、私だけで充分じゃないか!もうこれ以上、私のような思いをさせるこどもをださせるわけにはいかない!!!」
ブルブルと震えながら叫ぶ男。
そんな男に、女は黙ってあるものを差し出した。
「……これは……?」
「以前ね」
女が男の問いを無視して話し始める。
「以前ね、このバベルで、偉い人が作った法律にそれは大層な勢いで反対した富裕層の女の子がいたらしいよ。その女の子は、必死に闘って、その法律を廃止にまで持ち込むことができた。」
男の脳裏に、あの忌々しい光景が思い浮かぶ。
「……それがなんだね?」
男は不機嫌にそう問い返す。
「なんでその女の子がそうしたか理由を知ってる?……あの子、平民層の子と身分違いの恋をしていたらしいわ。その男の子と恋をしたい。その夢を実現したいために、偉い人に嫌われることを恐れず闘った。それがこその時の心のささえだったらしいわ。」
女が差し出したのは、甘い芳香を放つキンモクセイの花だった。
「こんなもので……。」
驚きつつ、それを受け取る男。
黙ってそれを見つめる男に、女は再び話しかける。
「……認めてあげてもいいんじゃない?」
キンモクセイの芳しい香りが、そっと男の鼻腔をくすぐっていった。
残り数話となって参りました。
あと少し走り切りたいと思うので、最後までお付き合いよろしくお願いします。
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