第32話・バベルのおとなたち 前編
新編スタートです!
「ふぅーー……。」
深夜、男は椅子から立って、思い切り腕を伸ばして深呼吸をする。
ここは、第98階層、『政府』における執務室。
今日男が1日かかり切りで取り組んでいた懸案の目処がたったらしい。
「お疲れ様でした。」
夜遅くにも関わらず、文句も言わずにずっと後ろに控えていた、豊かな肢体をもつ女性がそう話しかける。
「ああ、ひとまず例の「身分差分別法」の件の後からそれに乗じて騒いでおった富裕層の奴らを黙らせられそうであるからな。取り敢えずは大丈夫であろう。」
満足そうに男は目をこすりながらそう答えた。
「それはよかったです。」
女性は端的に返す。
しばらく沈黙の時間が執務室を流れる。
男は引き出しをおもむろに開き、磨き抜かれたケースを取り出して大切そうにそれを開く。
普段は滅多に見せない柔らかな表情でケースの中を見つめる男。
再び女性が口を開く。
「昔話を聞かせて。」
少し砕けた雰囲気で言葉を女性が発した瞬間、男の体が強張る。
「何故だ?」
振り向く男の眼光の鋭さを物ともせず、穏やかに理由を話し始める女性。
「……以前あの外界探索プロジェクトで『獄』に幽閉した男の子がいるでしょう?
どうしてそんなことをしたのかその理由があると思って。」
「理由は前に話しただろう。」
「その理由のもっと詳しい話を聞きたいのよ。」
穏やかな笑みを崩さない女性。
はあーーっと深い溜息を男はつく。
「……まあそれもそうかもしれんな。そろそろお前には話しておいた方がいいかもな。」
男はケースを机の上に置いた。そうして、聴衆がたった1人しかいない執務室で、男の昔話が始まった________
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私が生まれたのは、既に地球は汚染されて、バベルが出来たばかりであった。
物心がついてからは、私は父に憧れた。
混乱が続くバベルを、1人で纏め上げ、このようなシステムを作り上げたのだ。
確か、父の信条は「人民平等」だったはずだ。
あの死の時期を乗り越えてここまで生き残った人間はみんな平等。どんな差別もするに値しない。
……私とは正反対だな。なんで憧れた奴が、こんなことしてるんだと思うだろう?笑えるよな。
私が10歳ほどに成長したとき、ますます父の活躍は華々しくなった。
私も、周囲の人間から父の息子としての高い期待をかけられた。
つらかった。
確かに私は父に憧れていた。
しかし、私には父への憧憬以上に、その期待が重かった。
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そこで男は一旦話をやめ、机の上の水差しから水をコップに注ぎ、それを一息で飲み干す。
そしてまた再び話し始めた。
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私が現在の貧民層へ父に連れてこられたときのことだ。
その頃は、まだ貧民層や平民層、富裕層の区別はまだついておらず、人々の自由意志が尊重されていた。
だから、富裕層の人でも貧民層に気軽にいけたのだ。
父は、その層の代表者、今で言う管理者のところへ私を連れて挨拶に赴いた。
どうやら、私に紹介したいという子がいるらしかった。
代表者の後ろでモジモジしている女の子。
前に出なさいと促され、恥ずかしそうに彼女は顔を赤らめてでてきた。
「……わ、私の名前は……、カナン……と……いいます…。」
それが、私のカナンとの初めての出会いであった。




