第25話・アイデンティティをその胸に 後編
「アイデンティティをその胸に」編完結です。
当日。
僕は、完成した作品の展示の準備を終えた。
「ほぉー!なかなかすごいわね!」
後ろから、ローザの感嘆の声が聞こえる。
僕は得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん、今回は今までで1番自信があるよ。なんてったって、絶対これはみんな思いつかないたったひとつの作品だろうからね。」
「それはそうね。」
ローザが頷く。
外から歓声が聞こえる。
どうやら、開会セレモニーが終わったようだ。
「そろそろ私も自分のところに戻るわ。」
「うん。ところで、ローザは何をつくったの?」
「べっ、別にそれは私の勝手でしょ!」
そういって瞬時に踵を返し去っていくローザ。
僕、何か怒らせるようなことしたかな?
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『階層展』初日、そして2日目での、僕の作品に対する反応は、思っていたより微妙だった。
観客は物珍しそうに一度足を止めるが、すぐにその場を過ぎ去ってしまう。
「なんで!?なんでこんなに反応が悪いの!?」
僕は1人嘆く。
ローザの作品が盛況だという噂も、その嘆きに拍車をかけていた。
2日目の今日、展覧時間終了間際に、僕は独自性をさらに出そうと思い、自らの作品に近づいていった。
どうせ誰も見てないなら、もっと僕の個性を出してやる。
そう思い、絵の具を持って近づきかけた僕は、たった1人僕の作品の前で立ち尽くす人の存在に気付いた。
気になって、物陰に急いで隠れ様子を見ることにした。
それは、1人の男の子であった。
年は、自分と同じくらいで、薄汚れた服を着て何故かIDバンドを隠していた。
彼は、泣いていた。
人目を憚らずに。
ただただ静かに涙をこぼしていた。
僕がつくった絵画、『青空色の海』を無言で眺めながら。
ふと、そこで僕は自分を省みた。
自分のアイデンティティを表現したいがために、今僕は自分の作品を変えようとした。
こんなにも、感動してくれている人がいるのに。
こんなにも、自信があった作品なのに。
全体からの評価が悪いってだけで。
アイデンティティって何なんだ?
みんなからの評価を得ることでアイデンティティを得られるのか?
この光景を見た今なら思う。
それは違うと。
アイデンティティは、良くも悪くも自分そのものなんだ。
自らを形造る本体。それがアイデンティティなんだ。
この作品を今変えると、それは自分自身で自らのアイデンティティを汚すことになる。
評価が少なくたって、自分の個性をわかってくれている人がいる。
それを、この男の子は気づかせてくれた。
気づけば、僕の目からも涙が溢れていた。
2つの嗚咽は、静かに、静かに展示室に広がっていた。
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それからの僕は、アイデンティティというものを過剰に意識するのをやめた。
そうすることで、今まで外面ばかりを気にしていたせいで、気づかなかったことに気づくことができた。
例えばこれ。
「ローザ!最優秀賞おめでとう!」
『階層展』最終日。
なんと、最優秀賞に選ばれたのはローザの作品だった。
「ありがとう!ふふん、タロウに勝っちゃったわね。」
ローザはとても嬉しそうだ。
そんなローザに、僕はボソッと言った。
「…もしよかったら、いまからお祝いに2人でどこか食事でもどう?」
「____!!」
急にローザの顔が赤くなる。
「い、いいわね!ありがとうタロウ!」
そうして、2人で連れ立って歩いていく。
「結局最後までなんの作品が教えてくれなかったけど、何をだしたの?」
「それはまた機会が来た時にね、フフッ。」
そう言って微笑むローザ。
でも僕は、それが何なのか、噂で聞いてわかっていた。
多分今もそのカバンの中に作品群の1つである誰かへの愛の手紙がはいっているんだろう。
「ええー、教えてよー。」
じゃれ合う僕らは、連れ立ってバベルの闇へと消えていった。
雑踏にも負けないただ1つの輝きを放ちながら。
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