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バベルのこどもたち   作者: 苫夜
25/40

第25話・アイデンティティをその胸に 後編

「アイデンティティをその胸に」編完結です。


当日。


僕は、完成した作品の展示の準備を終えた。


「ほぉー!なかなかすごいわね!」


後ろから、ローザの感嘆の声が聞こえる。

僕は得意げに鼻を鳴らした。


「ふふん、今回は今までで1番自信があるよ。なんてったって、絶対これはみんな思いつかないたったひとつ(・・・・・・)の作品だろうからね。」


「それはそうね。」


ローザが頷く。


外から歓声が聞こえる。

どうやら、開会セレモニーが終わったようだ。


「そろそろ私も自分のところに戻るわ。」


「うん。ところで、ローザは何をつくったの?」


「べっ、別にそれは私の勝手でしょ!」


そういって瞬時に踵を返し去っていくローザ。


僕、何か怒らせるようなことしたかな?




---------------------




『階層展』初日、そして2日目での、僕の作品に対する反応は、思っていたより微妙だった。


観客は物珍しそうに一度足を止めるが、すぐにその場を過ぎ去ってしまう。


「なんで!?なんでこんなに反応が悪いの!?」


僕は1人嘆く。


ローザの作品が盛況だという噂も、その嘆きに拍車をかけていた。


2日目の今日、展覧時間終了間際に、僕は独自性をさらに出そうと思い、自らの作品に近づいていった。


どうせ誰も見てないなら、もっと僕の個性を出してやる。


そう思い、絵の具を持って近づきかけた僕は、たった1人僕の作品の前で立ち尽くす人の存在に気付いた。

気になって、物陰に急いで隠れ様子を見ることにした。


それは、1人の男の子であった。

年は、自分と同じくらいで、薄汚れた服を着て何故かIDバンドを隠していた。


彼は、泣いていた。


人目を憚らずに。


ただただ静かに涙をこぼしていた。


僕がつくった絵画、『青空色の海』を無言で眺めながら。


ふと、そこで僕は自分を省みた。


自分のアイデンティティを表現したいがために、今僕は自分の作品を変えようとした。

こんなにも、感動してくれている人がいるのに。

こんなにも、自信があった作品なのに。


全体からの評価が悪いってだけで。


アイデンティティって何なんだ?

みんなからの評価を得ることでアイデンティティを得られるのか?


この光景を見た今なら思う。


それは違うと。


アイデンティティは、良くも悪くも自分そのものなんだ。


自らを形造る本体。それがアイデンティティなんだ。


この作品を今変えると、それは自分自身で自らのアイデンティティを汚すことになる。

評価が少なくたって、自分の個性をわかってくれている人がいる。


それを、この男の子は気づかせてくれた。


気づけば、僕の目からも涙が溢れていた。

2つの嗚咽は、静かに、静かに展示室に広がっていた。




---------------------




それからの僕は、アイデンティティというものを過剰に意識するのをやめた。

そうすることで、今まで外面ばかりを気にしていたせいで、気づかなかったことに気づくことができた。

例えばこれ。


「ローザ!最優秀賞おめでとう!」


『階層展』最終日。

なんと、最優秀賞に選ばれたのはローザの作品だった。


「ありがとう!ふふん、タロウに勝っちゃったわね。」


ローザはとても嬉しそうだ。


そんなローザに、僕はボソッと言った。


「…もしよかったら、いまからお祝いに2人でどこか食事でもどう?」


「____!!」


急にローザの顔が赤くなる。


「い、いいわね!ありがとうタロウ!」


そうして、2人で連れ立って歩いていく。


「結局最後までなんの作品が教えてくれなかったけど、何をだしたの?」


「それはまた機会が来た時にね、フフッ。」


そう言って微笑むローザ。

でも僕は、それが何なのか、噂で聞いてわかっていた。

多分今もそのカバンの中に作品群の1つである誰かへの愛の手紙がはいっているんだろう。


「ええー、教えてよー。」


じゃれ合う僕らは、連れ立ってバベルの闇へと消えていった。


雑踏にも負けないただ1つの輝きを放ちながら。






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