13 借り物競争1
教室のドアが開いたのでそちらに目を向けると、さっきまでいなかった永井さんと海さんが戻ってきた。
「遅かったね」
声をかけると、永井さんがちょっと驚いた顔をしてきた。
僕は首をかしげる。
僕と永井さんが見つめあっていると、隣にいた海さんが永井さんの背中を軽くたたいた。
「ぼーっとしてんなよ」
それから海さんは僕に顔を向けてそう言ってきた。
「え? ああ、うん……」
海さんは永井さんを引っ張って教室の後ろにある、自分たちの席へ向かっていった。
隣の席の篠田がぼそっと言う。
「今ぼーっとしてたのって、あきらかに永井さんだよね」
「うん……」
というか、僕に向かって「ぼーっとしてんなよ」って言ってきたっていうより、どっちかっていうと……。
まあいっか。
与えられたお昼休憩はだいたい1時間くらいだった。遅れて教室にやってきた海さんたちは、なかば急ぐようにしてご飯を食べていた。
***
お昼休憩のあとの応援合戦は最悪だ。食べた物が消化しきれていないまま腹に残り、声を張り上げにくくなる。
海は応援合戦から戻ると、早々に支度を始めた。お手洗いに行ったり、水分補給をしたりとか。夏の暑さはいまだ最後の力を振り絞るかのように、体じゅうにまとわりついて残っている。朝に塗っておいた日焼け止めもだいぶ汗で流れた。また塗り直す。
いよいよ海の出番は次でラストだ。男女混合の借り物競争。体育委員の浦園奏羽いわく、「体育祭で最も嫌われる鬼畜レース」だとかなんとか。
よくわからないけれど、ようするに勝てばいいのだ。勝てば。海はゆっくりと伸びをした。準備運動はしっかりとやっておく。
「借り物競争に出場する選手は入場門前に集まってください」
そんなアナウンスが聞こえた瞬間、各チームから悲鳴やら歓声やらがひときわ大きくなって聞こえた。
「海さん」
名前を呼ばれて振り返ると、加藤雪がきらきらした目を自分に向けて、両手でガッツポーズを作っていた。
「頑張ってね」
そのエールに、海は少し笑って「当たり前だろ」と返しておく。
正直体育祭なんて、とてつもなく面倒な学校行事。出る必要もない気がした。だけどまあ、これも"約束"だし。仕方ないか。
入場門前へ行くと、永井コノハがいた。そういえば彼女も出場するんだった。
「さっきは、ごめん」
突然、謝罪された。
海は眉間にシワを寄せながら、「何が?」と聞いた。
「覚悟もないのに、人の事情を垣間見ようとしたりして。浅はかだったわ」
「なんだ、そのこと」
「あんたが抱えてるものが何かはわからないけど、それって雪に関係あることなの?」
「ああうん、まあね」
「それがわかれば、いいわ」
入場の合図を知らせるホイッスルが鳴り響いた。
「借り物競争の選手の入場です」
アナウンスとともに、歓声があがる。
海たちは入場門を走り抜けてリレー待機の列に並んだ。レーンは5つ。スタート地点から5メートルほど先には、レーンの数の分だけ机と、その上には箱が置かれていた。
海は気合いを入れ直すために、ハチマキを結び直す。なるべくきつく結ばないように気を付けながら。とはいえ、ほどけないように注意して。
海の前に並んでいたコノハと4名の選手が審判の合図でスタートを切った。箱にたどりついて手を突っ込み、何やらゴソゴソしだしてから彼女たちはやがてそこから紙を1枚引っ張り出した。おそらく、お題が書かれた紙だろう。
たいていの人たちがもたつくなかで、唯一コノハは反応が早かった。何のお題なのかはわからないが、観客席の雑踏に消えたかと思いきや、すぐに姿を現した。何故か保健室の先生である、岩富先生を連れてきた。
そのままレーンに戻り、彼女は1番のりでゴールテープを切った。
審判の人にお題の書かれた紙を渡し、コノハは岩富先生に向かって頭をさげた。いったいどんなお題だったのか、やがてアナウンスが聞こえた。
「3年B組永井コノハ選手、お題。『苦手な先生』です!」
周囲からどよめきと歓声があがったが、しかしコノハも岩富先生も特に気にしている様子はなく、さっさと自分たちの持ち場へと戻っていった。
その光景は観客にしてみればさぞつまらないものに映ったことだろう。
コノハらしいなと、海は思わず心の中で笑った。




