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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
9月
73/126

6 正体

 永井さんが戻ってくるまでのあいだに、僕たちは海さんに今日の学校でその後起こったこととか、秋庭先生が帰りのホームルームで知らせてくれた簡単な連絡を教えておいた。


 それにしても静かな病室だなと僕は思った。

 とはいえ、この部屋には海さんしか入院していなくて、あとはベッドが空いているから当然と言えば当然なのだけれど。

 この部屋しか空きがなかったのだろうか。

 

 そのときドアがガラガラと音をたてて開いたので、僕が思わずそちらを見ると、永井さんがお茶のペットボトルと財布を両手に持って病室に戻ってきた。


「おかえり」


 篠田と楽しく談笑していた海さんが気付いて、彼女に声をかけた。


「ただいま……」


 少し沈んだような声のトーンに僕は違和感を覚えた。


 思わず、どうしたの、と僕が聞こうとした隣で徹くんが「遅かったな」と永井さんに言った。


「道にでも迷った?」


 からかうような言い方に永井さんは眉間に皺を寄せて不機嫌な態度を顔いっぱいにあらわにすると、「そんなんじゃないわよ」と言って海さんのもとへと歩いてきた。


「はいこれ、頼まれたやつ。お茶だけどいいわよね。あとこれ財布」


「うん、ありがと」


 海さんは永井さんの手から財布とペットボトルを受け取ると、さっそくペットボトルのフタを開けて中身を飲み始めた。

 喉が渇いていたのか、ペットボトルの中身はあっという間に減っていく。


 僕はそれを眺めながら、ふと視線を感じた。

 誰だろうと海さんを見て、篠田を見て、徹くんを見て、最後に永井さんを見た。


 僕を見ているのは永井さんだった。彼女は僕のことをまるで観察でもしているかのように、じぃっと、それこそ穴の空くくらい見つめていたのだ。

 僕の顔に何かついているのだろうか。そう思って頬に手をあてたり髪を触ってみたりしてみたけれど、特に何もない。


 わけがわからず、僕は永井さんを見つめ返した。


 攻防戦のようなにらめっこは、永井さんが先に目をそらすことですぐに終わりを告げた。

 いったい何だったんだ?


「あ、そうだ」


 ベッドの上の海さんが不意に何か思い出したように声をあげた。


「今日、様子見で入院することになっちゃってさ、もしかしたら明日学校に行けないかもしれないから、先生に連絡しといてくれない?」


「それくらいどうってことないよ。ねぇ、みんな?」


 篠田の言葉に僕らはうなずいた。


「むしろ遠藤さんはもう少し安静にしておきなよ」


「ああ、そうするよ」


「それじゃあもう遅いし、そろそろ帰ろうか」


「そうだな」


「うん」


 僕らはそれぞれに帰る支度を始めて、海さんに「じゃあね」と言って病室をでた。


 帰りの階段をおりながら、前を歩いていた篠田が「お腹減ったぁ」とつぶやき、徹くんも「ラーメン食べたいなぁ」とそれに返事をするかのようにそう言った。食べ物の話をされてしまうと、僕も少し小腹が空いているような気がしてきて、帰ったら夕飯前に何か食べようかなとちょっと考えてみた。


「ねぇ」


 僕の後ろを歩いていた永井さんが、僕にしか聞こえないくらいの小さな声を僕にかけてきた。

 僕は振り向きつつ、「何?」と返事をする。


「雪って、さ……」


 言い淀んでいるような口ぶりが彼女にしては珍しく、僕は階段の途中で立ち止まって永井さんを振り仰いだ。

 改めて顔を見合わせると、永井さんは僕らの前を歩いている徹くんたちを気にしながら、小声で僕にこう言ってきた。


「雪って、さ。……兄妹とか姉妹とか、いる?」


 突然すぎるその質問に僕はしばらくの間あっけにとられた。


「いない、けど」


 どうしてそんな質問をしてきたのか、僕にはわからなかった。


「そう」


 永井さんもどこか納得できていない顔だったけれど、僕が質問をする前に彼女は僕の横を通り過ぎて、徹くんのもとへ行ってしまった。


***


 病室の窓からは病院の出入り口がちょうど見える位置だった。そこから雪たちが現れて、そして帰っていく姿を見届けていると、突然ノックもなく病室のドアが開いた。

 誰なのか、見当はついている。海ははぁと息をついて突然の来訪者に顔を向けた。


「あなた、私がいるといつも不機嫌な顔を見せるわよね。どうしてかしら」


 上等な着物に身を包んだ、海とそう歳の変わらない少女は、とりあえずベッドサイドに置かれている椅子に腰かけた。

 海は少女から視線をそらしてこう言った。


「今日はどんな御用でいらしたんですか?」


「別に。あなたが救急車に運ばれたとご連絡を受けたので来ただけです」


 海は思わず少女を見た。


「どうやって」


「協力者からですよ」


 少女はそれ以上何も言わなかった。


 夏休みに会ったときも、彼女は「協力者」について言っていた。いったい、その協力者とはどこの誰なのだろう。

 とはいえここで彼女に聞いてみたところで、答えてくれるわけがないことは明白だ。彼女は基本、秘密主義者だ。

 救急車に運ばれてすぐに彼女に連絡が入るということは、間違いなく協力者というのは学校の人間だろう。

 そこまでわかれば今はいい。


「体育館倉庫に閉じ込められたと聞いたわよ。誰が閉じ込めたとか、わかってる?」


「そんなの1人しかいないだろ」


 海たちを体育館倉庫へと招いたあの生徒だ。

 海はその生徒に見覚えがなかった。一瞬だけ「例の関係者」ではないかと疑ったが、B組に在籍しているというだけで、あの学校では人にあまり良い目では見られないのだ。特に生徒間では。


 どうしてあんなことをしたのかは気になるところだけれど。


「そういえば、私。さっき初めて彼女に会ったわ」


「彼女?」


「あなたが以前定期連絡で話してくれた、たぶんあの子が永井コノハ」


「コノハに会ったの!?」


 少女は涼しげな顔を崩さずに、人差し指を自分の口元へ持っていった。

 海はすぐに口を閉じる。


 それから小さな声で「どこで?」と聞いた。


 答えてくれるかはわからなかったが、少女はあっさりと答えてくれた。


「病院の廊下で。彼女の手にはペットボトルと財布があったわ。ああ、そのペットボトルよ」


 言いながら少女は、海がいまだ手に持っている、先ほどコノハが買ってきてくれたお茶のペットボトルを指差した。

 ということは、本当に「さっき」の出来事だろう。


「彼女、少し驚いていましたよ」


「そりゃそうでしょうね」


 海は皮肉交じりに敬語で返した。


 コノハが驚いて当たり前だ。だってこの少女は。


「さて。あなたが無事だということもわかったので、私はこれで」


「もう行くのか?」


「仕事を放り出してきたので」


 椅子から立ち上がり、少女はゆっくりとした足取りでドアまで歩いていく。


「あ、そうそう」


 ドアに手をかけて開けたところで、少女は海を振り返った。


「体育祭、頑張ってくださいね」


「嫌味か」


 立ち去る少女に海は忌々し気にそうつぶやいた。

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