5 酷似
も、もしかして閉じ込められた?
慌ててドアに駆け寄って手をかけてみると、ドアはびくとも動かなかった。試しに押したり、引いてみたりしても無駄だった。
どうして。
「だ、誰かあ!」
ドアをドンドンとたたきながら、僕は叫ぶ。けれど外からの反応はなかった。力任せにドアをたたき続けて、何度も「おーい!」だの「開けてください!」だの叫んでみたけれど、開かなかった。
もしかしてドアのロックは内側からはずせるようになっているのかもしれないと思って、ドアをよく観察しようとしてもそこには何もなかった。
「ど、どうしよ……」
困り果てていると、後ろでドサッという音が聞こえた。
後ろを向くと、海さんがほこりだらけの床に倒れている。
「海さん!」
彼女の肩に手を置くと、突然がしっとその手をつかまれた。
「海、さん?」
顔を伏せているため、どんな表情をしているのかわからない。けど、肩は激しく上下していて、髪にたくさんの汗が張り付いていて、苦しそうなのは見ただけでわかる。
なんで、いきなりこんな。
「…………」
「え?」
気のせいか?
今、小さな声で。
「海さん、何て?」
「…………」
「もっかい言って!」
小さくてかぼそくて、全然聞こえないけれど、これだけは聞かなければいけない。
何故か僕はそう思って、必死に海さんの言葉に耳を傾けた。
「たすけ、て」
「助けて?」
「たすけ、て……よ。お母さま……、お父、さま」
お母さま、お父さま?
それはもしかして、いや、もしかしなくとも海さんのお母さんとお父さんのことだろうか。
どうしてそれを今?
「お兄さまっ……」
お兄さま?
たしか、お兄さんはいないって。海さんは言っていなかっただろうか。
そんなものはいないって。
すごく強く、否定してきた。
「助けて。助けて。助けて。助けてっ」
海さんの悲痛な叫びはなおも続く。止まらない洪水のように、とめどなくあふれて、「助けて」を繰り返す。
助けて、を口にするたびに海さんの体の震えは大きくなる。
汗を大量にかいているにも関わらず、その体からどんどん体温が落ちていくような。
「誰かっ! 誰か来てください!」
僕はドアに突進して、何度も何度もドアを強くたたいた。だんだん手が痛くなっていくけれど、そんなことにかまっている暇はない。今は一刻も早く海さんを!
彼女のためにも、早くここからでなければいけない。
とはいえ、どうする。ドアは誰かに閉じられて、挙句鍵をかけられた。助けを呼ぼうにも誰もこの近くを通ってこないし、ああ。どうすればいい!
「誰か! 誰、かっ!」
ダメだ、大きな声をだしすぎて枯れてきた。
「誰っかぁっ!」
そのとき、がちゃんという音がたしかに僕の耳に聞こえた。
呆然とする僕の目の前で、その重たいドアは横にスライドするように開き、わずかに光が差し込んだ。
そのまぶしさに思わず目をつぶり、再び目を開けたら。
「大丈夫か!」
「徹くん!」
そこに現れたのは徹くんだった。
「た、助かったぁ……」
友人の姿が、まさに救いの神のように思われた。
「ど、どうしてここに……」
安心したあまり、僕はへなへなと床に倒れた。
「いつまで経っても戻ってこないからって、戸田たちが心配してた」
「いつまで経ってもって……、どのくらい時間経ってた?」
「三十分、くらい」
「そんなに!?」
この中にいたのは一瞬だった気がしたけれど。
あ、そうだ海さん!
「徹くん、海さんが!」
「え?」
僕がもう一度海さんを見ると、彼女は頭を片手で抑えながらひどく苦しそうな顔をしていた。顔じゅういっぱいに脂汗を浮かべているものの、それでもしっかり前を向いて。
徹くんが僕の後ろで息を吞む音が聞こえた。
しかし、海さんが前を向いていたのはほんの一瞬だった。
ぐら、と彼女の体は傾いたかと思うと、焦点の合わなくなった目は唐突に閉じられ、その場に倒れた。
***
そこからがまた大騒ぎだった。
とりあえず保健室の岩富先生を呼んで、先生に対処してもらおうとしたら、海さんの容体を診るなり「自分がやるより医者に診せた方がいい」と先生にしては珍しく慌てだし、今度は急いで救急車を呼んだ。
やがてやってきた救急車と救急隊員によって海さんは担架で運ばれ、付き添いとして岩富先生が救急車に乗り込んで出発した。
僕はクラスに戻ると、みんなに心配される中で体育館倉庫で何があったのかを話した。
「誰に閉じ込められたとか、そいつの姿見なかったの?」
「残念ながら……」
情けないことに僕は徹くんの質問にそう答えるしかなかった。
「結局、遠藤さんはどこの病院に入院したのかな」
「鳥羽総合病院じゃなかったっか? 先生と救急隊員が言ってた」
鳥羽総合病院……。
あれ?
「たしか鳥羽総合って」
「オレの親が経営してるとこだ」
そう言ったのは鳥羽心愛くんだった。
たしか彼の父親は医者で、母親は看護婦だって聞いたことがあるけれど。
「病院経営してたんだ……」
「まあね」
鳥羽くんはつまらなそうに答えた。
「地図書くから、放課後にでも行ってみればいいよ」
「案内してくれないの?」
篠田が首をかしげる。
「あそこには行きたくないんだ」
鳥羽くんが憎々し気につぶやき、そっぽを向いた。
これ以上何も聞かないでくれ、という意思表示にも見て取れる。
みんな、色々な事情があってこのクラスにいる。これ以上追及するのはいけないことだろう。
「わかった。ありがと」
***
放課後、鳥羽くんに描いてもらった地図通りに町を歩いていくと、鳥羽総合病院はすぐに見つかった。
「おっきぃねぇ」
篠田が手を日除け代わりにしながら、ため息まじりにつぶやいた。
「そうだね」
当たり前だけど、敷地も相当広い。駐車スペースも多いし……。
鳥羽くんって、こんな大きな病院を経営している一家の子どもなんだ。
「行かねぇの?」
「あ、うん」
徹くんが先頭を歩いて、永井さんがその隣を歩く。僕と篠田はそのあとに続いた。
病院の受付カウンターで海さんが入院しているであろう病室を聞いてみると、そこにいた看護婦がすぐに案内してくれた。
言われたとおりの病室――516号室を訪れてみると、そこの近くに「遠藤 海」という名前が印刷されたプレートが見つかった。
コンコン、とノックすると「はい」と返事が聞こえた。
僕は慌ててドアを開けた。
「海さん!」
病室の4つあるうちのベッドは3つほど空いていた。入って右側の窓近くのベッドだけが埋まっている。
「雪」
病院によくある入院着を着こんだ海さんは、ベッドに起き上がって本を読んでいた。
「遠藤さん」
篠田が僕の脇を通り過ぎて、海さんのもとへと走り寄った。
そこから徹くんと永井さんが続いて、僕は慌ててそのあとに続いた。
「何だ、みんな来たの?」
「まあね。心配だったし」
海さんはどうやら全然平気そうだった。
「苦しいとかない?」
「大丈夫。熱中症だって言われた」
熱中症?
僕は徹くんを見た。彼も僕を見ていた。僕らは目と目を合わせて互いに疑問をぶつけあう。
あれが熱中症の症状だとは思えないんだけど……。
「せっかく来てもらったのに悪いな。特に何もない」
「何でもてなす前提なのよ。病人は病人らしくいなさい」
永井さんが腰に手をあてて海さんを叱るようにそう言った。
あ、そうだ。
僕は肩にかけていたもう1つのカバンを海さんに差し出す。
「これ、海さんのカバン」
「ああ、ありがと」
海さんはそれを受け取って、中を確認した。そこから財布を取り出す。
「コノハ」
名前を呼ばれた永井さんが、「何?」と聞いてくる。彼女に向かって海さんが財布を投げた。
永井さんが慌てて受け取る。
「それで飲み物買ってきて。みんなの分とか」
「いいけど。みんな、飲みたい物とかある?」
永井さんの言葉に僕ら全員は首を横に振った。
正直ここまで来るのに疲れてのどは渇いてきたけれど、僕には自分のカバンの中に学校で買ったお茶のペットボトルがあるし。
他のみんなもそんな感じだろう。
「じゃあわたしの分だけでいいや。適当にお茶」
「わかった」
永井さんはうなずいて病室をでていった。
僕は改めて海さんを見る。
さっきの、あの苦しそうな顔が噓のようですっきりとしていた。だいぶ落ち着いているみたいだった。
熱中症というのは噓っぽいけど、きっと言えない事情があるのだろう。
無理に詮索しないほうがいい。
***
病院内にあるコンビニで適当にお茶のペットボトルを買ったコノハは、すぐに海の病室まで戻ろうとした。
途中、エレベーターと階段の両方を見つけた。
車イスを使っていたり、点滴台を持っている人たちはエレベーターへ、その他の健康そうに見える人たちは階段を使っていた。
コノハは少し考える。
最近わりと運動不足だし、エレベーターより階段のほうがいいかもしれない。それに海の病室は516。たった5階だ。
コノハはエレベーターへ向けていた足を、すぐさま階段へと切り替えて上り始めた。
最初は大したことないと高をくくっていたが、実際に上ってみると5階につく頃には、はぁはぁと肩で息を繰り返していた。
「運動不足って、困ったものね」
徹に知られたらまたからかわれるだろうから、黙っていようと思った。
「さて、と」
516号室はすぐそこだ。
歩き出そうとしたコノハは、廊下の奥に人が立っていることに気づいて思わず足を止めた。
一瞬、幽霊かと思ってしまったが、ちゃんと両足はついている。
いや、そもそも幽霊って本当に足がないのだろうか。
廊下の奥でいまだ動かない人間を、コノハはよく観察してみた。
着物を着ている。とても高そうな着物だった。髪は茶色でショートカット。歳はだいたい同じ頃だろうか。この病院の患者、ではなさそうだ。
誰かに似ている。
直感的にコノハはそう思った。
けれど誰だろう。
いつまでもその場に立ち続けていると、その人物が初めてこちらに気づいてその体を振り向かせた。
かわいい顔立ちの少女、あるいは少年だった。けれど着物の派手さから考えて、少女に思えるが、海のように男子の制服を着るだけでそう見える人もいるのだ。もしかしたら少年かもしれない。
いや、それよりも。
着物の人間は不敵な微笑みをコノハに向けると、すぐにその場を立ち去り、廊下のさらに奥へと進んでいった。
一方でコノハはその場を動かなかった。いや、動けずにいた。
あの着物の人間の顔に、心当たりがあったのだ。
どうして、いや、もしかしたらそっくりさん? あるいは双子とか。
コノハは自分でも知らないあいだに、その名前を口にしていた。
「雪……?」




