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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
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28話 B組2

 教室に残っていた僕は、徹くんの次の言葉を待っていた。

 きっと、彼は頭の中でこれから何をどう話すべきなのか、色々と考えて整理をしているのだろう。

 だったら僕はそれを待つしかない。


 やがて、徹くんは口を開いた。


「えーっと、俺とコノハが幼なじみなのは知ってるだろ?」


 その質問に僕はうなずいた。


「だから、あいつの家の事情とか。小さい頃から見てきたわけだし、だいたい知ってるんだ。

 あいつは幼稚園生の頃から、母親に『東大を目指せ』だの、『偉くなれ』だの。勉強ばっか強制されてさ、他にも、親から友だちを勝手に選ばされたりとか。とにかく厳しかったんだ。不良だったり、学校の成績が悪いヤツとは絶対に遊ぶなって釘を差されていたらしい。そうやっていつの間にかあいつの周りから友だちが消えていって、気づいたら一人になってた」


 徹くんは声のトーンを落としてそう言った。他の誰かに聞かれないようにという配慮よりは、永井さんのつらさを誰よりも理解しているがゆえの気遣いの言葉のようにも聞こえた。


「徹くんは永井さんを陰ながら支えていたんだね」


 そう言うと、徹くんは少し照れくさそうになりながら頭をかいて。


「そんなことはした覚えないけどね」


 そうしらばっくれて、徹くんは窓辺へと歩み寄った。


「コノハの母親は、あいつをここよりもっといい私立に行かせたかったらしいよ。けど、コノハは絶対にこの学校がいいって、譲らなかったんだとさ」


「そう、なんだ……」


 それはもしかしたら、徹くんがいたからではないだろうか。

 そう言おうとした言葉を呑みこみ、僕は窓の外をふと見た。

 やけに強い光を放った太陽が、そこから見える。僕はそのまぶしさに耐えきれず、思わず目を細めた。


「雪くんだったら、どうする?」


「何が?」


 徹くんの質問の意図がわからず、僕は首をかしげた。


「例えばさ、自分の大事な人が苦しんでるとき。そいつに手を差し伸べるかどうかって話」


 手を、差し伸べるかどうか。


「……僕には、よくわからないや」


 よく考えもせず、僕は徹くんの質問にそう答えた。するとどうしてか、徹くんはきょとんとした顔で僕を見て、それから思い出したように「あ」と小さく叫んだ。


「そろそろコノハを追いかけなきゃ」


 そう言って彼は、さっき永井さんが消え去った方へ向かってゆっくりと歩き出す。僕は慌ててその背中を追いかけた。


「行くあてとか、わかってるの?」


 徹くんは立ち止まった。自然、前が止まれば後ろを追いかけていた僕も止まるしかない。

 徹くんは肩越しに僕を振り返った。


「そんなの、わかるわけないじゃん」


 その顔は、楽しそうに笑っていた。


***


 海とコノハが他愛もない話を中庭でしていると、突如放課後にも関わらず、校内放送を知らせるチャイムが鳴りだした。

 コノハは思わず言葉を止める。すると直後、何だかマイク越しで言い争うような声が聞こえた。

『いいから、いいから』と言うどこか聞き覚えのある声がそれを制して。


 そして、次の瞬間。


『永井さーん、永井コノハさーん! 3年B組出席番号19番、永井コノハさーん!』


『待った、徹くん! 待ってってば!』


『3年B組出席番号19番、永井コノハさん。どうせまだ学校にいるんだろ。とっととこっち来い。場所は放送室!』


『ちょっと、徹くん! いい加減にしないと先生がっ!』


 同じく聞き覚えのある声とともに、放送は電源が切れた音を響かせたかと思うと、また静かになった。

 誰がどう聞いても、悪ふざけをしているとしか思えないような校内放送だった。しかもその当事者と思しき2人は海もコノハも面識がある人物である。


 海は「呼ばれてたけど」と言いながらちらりとコノハの様子をうかがった。

 彼女の肩は、怒りでふるふると震えていた。


***


 放送室の重いはずのドアが音を立てて開かれるなり、僕は慌てて放送機器の電源から指を離した。てっきり先生が入ってきたのかと思いきや、そこから現れたのは肩で息をした永井さんだった。

 遠藤さんも彼女の背中からひょっこり現れる。

 永井さんはずかずかと土足で放送室に入り込むなり、はぁと息をついた。


「徹、あなた……」


「おぉ、来た来た」


 徹くんがいたずらを成功して嬉しそうな顔をしている。残念ながらテンションがあがっているのは彼だけだ。僕も永井さんも、遠藤さんまでもがあきれて物も言えない。

 永井さんはやりきれない怒りを振り切るかのように、何故か僕を鋭くにらんだ。


「雪も止めなさいよ!」


「と、止めたんだけど……」


 なんとかしてよと思いながら、僕は徹くんを見た。


「ま、いいじゃん。気にすんなよ」


 彼はあくまで悪いと思っていないらしく、飄々《ひょうひょう》とした態度でいた。


「さて、お2人が会えたところで、わたしたちはそろそろ帰りますか」


「え?」


 不意に海さんが僕の手をつかんだ。

 そのまま僕はずるずると海さんに引きずられて行く。

 放送室をでるとき、一度海さんは肩越しから徹くんたちを見やってから、


「2人は2人で仲良くやってください。それじゃ」


「え、ちょ、待ってよ遠藤さん!」


「じゃあねえ」


「ちょっと、なんで雪だけじゃなくて遠藤まで帰るのよ!」


「コノハにはあとでLINEしとくから、しっかり確認しろよ」


 そのまま遠藤さんは僕を引きずっていって、やがて放送室から出るとそのドアを閉めた。

 ふぅ、と彼女は息をつく。


「2人でしかできない会話ってのがあるだろ? ここはわたしたちが邪魔するところじゃない」


「ああ、そうだね」


 2人きりにしたのには、ちゃんと理由があったのか。てっきり、徹くんみたいにいたずらをしようとしていたのかと思ってしまった。

 2人でいるときでしかできない会話がある。たしかにそうだろう。2人はさっきも教室で話していたけど、きっとまだまだたくさん。話したりないことがあるはずだ。


「あ、そういえば。永井さんは今日も遠藤さんのところに泊まるの?」


「それも含めてLINEしとくって話。渡良瀬に聞かれるわけにもいかないだろ」


 徹くんにバレずに、永井さんは遠藤さんの家へ行くことができるのだろうか。


「あ、そうだ雪」


 遠藤さんが突然、僕の顔に向かって人差し指を突き出した。


「わたしのことは、海って呼んで」


「え、あ、はぁ。うん……、え、何で?」


「そう呼ばれたいから」


「……わかった」


 今さらなんだというのだろう。僕はわけがわからないまま、とりあえず彼女の突然の申し出にうなずいておいた。

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