↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
PR
30/126

29話 母

 次の日、学校の廊下を歩いていると、永井さんにでくわした。

 彼女は近くの曲がり角で立ち止まったまま、その先をじぃっとにらみつけるようにして突っ立っている。


 何をしているんだろう。


 なんとなく近づきづらくなってしまい、僕はその場に立ち止まったまま彼女の様子をうかがうことにした。

 やがて永井さんの口が動き、「こっち」と言う小さな声が聞こえた。

 曲がり角から現れた人物は、永井さんとそっくりな顔をした少し年配の女性だった。


「コノハの母親だよ」


「うわぁっ!」


 思わず大声をあげてしまい、慌てて口を両手でふさいだ。

 後ろを向くとそこにいたのは徹くんだった。


「と、徹くん……」


「よっ」


 彼は僕に軽い挨拶をかわしてから、僕の横を通り過ぎた。その方向の先には、永井さんと彼女のお母さんがいる。


「ちょ、徹くん」


 彼は僕のほうを向いて自分の口に人差し指をあてている。「静かにしろ」という合図らしい。僕はとりあえず口を閉じて、そのままなんとなく。彼のあとに続いた。


 永井母子おやこが入っていったのは、進路相談室だった。

 徹くんに追いついた僕は、彼と顔を見あわせる。


「何してんの?」


「わっ――っと、今度は海さんか」


 いつの間に、彼女まで僕らの後ろについてきたらしい。


「何してんの?」


「えっと……、永井さんを見かけたから、追っかけてって、なんか。そのまま……」


「そうそう」


「ふぅん。で、肝心のコノハは?」


「この中入ってった」


 徹くんが進路相談室を指差した。

 僕らはその部屋の前に移動する。

 ドアは、当たり前だけど、しっかり閉じられている。しかもドアにはめられている窓は曇りガラス仕様で中の様子がどうなっているのか、見ることはかなわない。さらに言うと防音だから音も聞こえないし……。


「気になるなら開けてみればいいじゃん」


 ドアに手をかけた海さんを、僕は慌てて止めた。


「ストップ!」


「なんでさ」


「な、なんでって。そりゃ、まずいでしょ」


「どこが?」


「ど、どこがって……」


 どう考えてもまずいと思う。ここに入ったってことは、おそらく永井さんはお母さんと一緒に進路相談をしているはずだ。もちろん先生がいなければ話は始まらないだろうから、中に先生もいるだろう。

 担任――はいないから、副担任の秋庭あきば先生か。


 だとしたら、中でしているのは三者面談か。


「じゃあさ、そっと聞くのはありじゃね?」


「徹くんまで何言ってんのさ」


 彼のことも止めようとしたけれど一歩遅く、徹くんはそのドアを数センチほど開けてしまった。

 バ、バレなきゃいいけど……。

 数センチほどの隙間から中をのぞくと、見えたのは秋庭先生の顔と、背中を向けている2人の人物だった。もちろん、その2人とは永井母子だ。


 僕は恐る恐る、中でされている会話に耳を傾けた。


 大人の女性――永井さんのお母さんのほうが口を開く。


「――ですので。今後、B組に残っていてもこの子には何のメリットもありません。ですから、B組から他のクラスへの編入を望んでいます。昨夜お電話でも申し上げたように」


 こっちからは彼女の顔は見えないけれど、声から判断するに厳しそうな母親だなぁ……。

 けれど、昨日の徹くんとの会話で聞いた、永井さんのお母さんの話。そこから考えるとたしかに、ああいう母親なのはうなずけるかもしれない。


 永井さんの声は聞こえない。黙り続けているのだろうか。


「ですが、三年生になって今更クラス替えというのは、不可能なんですよ……」


 秋庭先生が困ったように永井さんのお母さんの要望にそう答えた。

 永井さんのお母さんがだんっ、と強くテーブルをたたく音が響いた。


「だいたい、クラス替えがないというのがそもそもおかしいんです! どこの学校でも成績に差はあれど、毎年。クラスは替わっているんですよ!? それなのに大杉学園は中学部のB組のみ。クラスが替わることがないだなんて、そんなのおかしいではありませんかっ!」


「お、おっしゃるとおりです……」


 永井さんのお母さんのものすごい剣幕に、秋庭先生はたじたじになっている。僕があぜんとしていると、徹くんが小さな声で。「あれがコノハの母親だよ。俺、マジであの人無理だわ」とささやいてきた。

 僕も、ああいう人が自分の母親だったとしたらダメかもしれない……。


「ま、所詮はそんなもんだろ」


 海さんは冷静だった。


「親が子どもを選べないように、子どもだって親を選べない。育った環境もまた然りってね。仕方ないんだよ、そういうのは」


 どこか寂しそうな目をしているのは、僕の気のせいだろうか。


「遠藤の育った環境ってのはどうだったんだよ」


 徹くんが海さんに質問する。

 海さんはチラッと僕を見てから、正面を向いた。


「わたしのところはさ、両親ともに厳格な人だった。まあ、コノハの母親みたいにヒステリックじゃないんだけどさ。最初はすごく嫌いだったけど、今は……そうでもない、かな。やっぱり、親は親だし」


 親は親、か。

 僕もいつか、そういう風に思える日が来るのだろうか。


 何故かしんみりとした空気になった僕らの雰囲気をぶち壊すかのような一言が、廊下に響いた。


「もし、コノハを編入する気がないのなら、今すぐこの学校を辞めさせていただきます!」

改稿日:2018/05/20

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。