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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
14/126

13話 永井コノハ5

 家の最寄駅に着くと、コノハはハァとため息をついた。

 まもなく6時近い。学校から家まで往復2時間は大したことないとはいえ、正直時間がもったいない気がしてならない。

 それでも、大杉学園に入学したのは自分の意志なのだから文句を言っても仕方のないことだ。何せ、母親の反対を押し切ってまで入学してしまったのだから。これを言ってしまえば「だから近いところにすればいいって言ったじゃない! 空風女学院はたった十分で行けたのに!」などと言い返されるに決まっている。


 空風女学院は母が入りたくて――しかし入れなかった学校だった。あそこの学校は国公立大学合格者も多く存在するエリート校で、母はよくそのことを自慢げに話していた。

 自分が卒業した学校でもないのに。


 コノハの成績では合格可能性率700%だったのだから、まぁそこそこだったろう。母親も期待しているのが見え見えだった。

 だけどコノハは、「大杉学園がいい!」と駄々をこねてまであの学校に入学した。そのときの、母の不満げな顔はよく覚えている。


 子どもがなんでもかんでも、すぐ親の思い通りに動くと思わない方がいい。


 それを知らしめたくて、コノハは反抗的な思いも抱えながら大杉学園へと入学した。それに、同性の人間に囲まれながら中高合わせて6年間も同じところに通うだなんて、気持ちが悪い。

 多少男子がいたほうが、わりと心も軽くなるってもんだ。何より、女子同士のウザったいくらいの世間話や誰かしらの悪口を聞かずに済むのだから。


 しかし、大杉学園に入学したのは今思えば失敗だった。


 渡良瀬徹。


 コノハのすぐ隣の家に住む、幼馴染だ。幼稚園に入園する前からずっと一緒にいる。


 渡良瀬家はコノハの住む一帯の地域において最も古い平屋建てである。徹の祖父母の家だったものを、彼らが亡くなってからも息子一家が住み続けているといった具合だ。

 その祖父が亡くなり、祖母も亡くなったとき。徹の父が苦悶の表情を浮かべ、母が泣いている横で、徹だけが泣かずに、真っ直ぐ前だけを見て立っていたことを、コノハは今でもよく覚えている。

 かなしくないの? そう聞いたコノハに徹は「さあね」とあしらった。本当は悲しいのだろうか、泣くのを我慢しているのだろうか。彼はああ見えておじいちゃん、おばあちゃん子だった。


 渡良瀬徹は、人前では泣かない人だと思う。


 まだその祖父母が生きていた頃、コノハは徹と一緒になって彼らと遊んだことがあった。

 徹の祖父母はコノハにとっては良き相談相手でもあり、もう1つの家族の形でもあった。

 コノハの母は娘に勉強を強いて周囲をあまり見ず、父もそんな母にあきれて家庭を顧みなくなった、面倒な家族だった。そんな両親は毎日顔も合わさず、言葉さえ交わしていなかった。コノハが物心ついた頃からそうだったため、あの両親に仲の良かった時期があったのかといささか疑問にさえ思う。

 そんなこともあってか、渡良瀬の一家により一層引かれた。温かい眼差しをした祖父母、自分を心から愛してくれる両親。そんな存在がいる徹に、コノハは嫉妬しつつも、あこがれていた。


 コノハはある日、徹の祖父母に「両親が離婚するかもしれない」と言った。

 子どもの口から放たれたその一言に、彼らは微妙な表情をしていた。コノハはまだ小学1年生だった。同じく小学1年生の徹はその近くで、ダンゴムシとアリを戦わせるという、ちっとも面白くなさそうな遊びをしていた。


「つらかったら、いつでも言うんだよ」


 徹の祖母はコノハの頭を優しく撫でながらそう言ってくれた。

 やがてコノハの両親は離婚さえしなかったものの、別居の選択をした。

 家をでていったのは父だった。


 去っていく父が最後にコノハの頭を撫で、「ごめんな」と謝ってきたのは何故なのだろうかと、いまだにコノハは理解できていない。あんなに家庭に関しては見向きもしていなかった父のはずなのに、どうして今更……。


 それが小学5年の頃、4年も前の話だ。あれから一度として父とは会っていない。どこに行ったかもコノハは知らなかった。母は知っているのかもしれない。

 あの2人がいまだに離婚をしていないところを考えると、いつかは会えることもあるかもしれないが。あるいは本当に離婚してしまうかもしれない。そのとき、自分はどちらについていくことになるのだろうか。


「永井コノハ」のままでいるのか、母親の旧姓である「佐々木」となるのか。


 しかしそれは、今のコノハにとってはどうでもいい話でもあった。


「ただいま」


 家のドアを鍵で開け、中に入る。家の中は暗かった。母親はまだ仕事をしている時間である。

 リビングへ向かって電気を点ける。部屋の中央にあるテーブルの上には「今日の夕飯」というメモ書きとともにコロッケと野菜サラダの盛られた大皿と、伏せられたお茶碗と汁椀が置いてあった。


 どうやら今日も一人の夕食らしい。


 コノハがついたため息と、外で鳴らされた玄関のインターフォンの音とがちょうど重なった。


 面倒に思いながら壁に設置してある応答ボタンを押して、外にあるカメラが映し出してくれた映像を、液晶画面から見つめる。そこに現れたのはあの渡良瀬徹だった。


 何の用だと思いながら、コノハはぶっきらぼうに「何?」と聞いた。

 徹が返事に気づき、「よっ」と親し気に手をあげて挨拶をしてきた。


『どうせ今日、1人なんだろ。俺ん家で夕飯食べれば? 母さんは大歓迎だし、たぶん』


 歓迎されているのかいないのか、よくわからない言葉だった。

 コノハははぁ、ともう一度ため息をつき、そして言う。


「ママから用意されてるからいらない、平気」


『あ、そう?』


 徹の言葉を最後まで待たずに、コノハは応答ボタンから指を離すとそこから背を向けた。

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