11話 永井コノハ3
「もうすぐ修学旅行だね」
放課後の掃除の時間中に、篠田がそんなことを言った。
今日もいつも通りらしい日だった。ああ、昨日は本当に非日常だったのかとか思いながら、僕は黒板の汚れを濡れ布巾で綺麗にしつつ、篠田の言葉に「ああ、そうだね」とぼんやりと返した。
その直後、僕の手から濡れ布巾が消えてしまった。驚いて消えた方向を見ると、そこには両頬を思い切り膨らませて、腰に両手を添えた篠田が仁王立ちしている。
何か余計なことをしただろうか。
「な、何?」
「もしかして今の話、聞いてなかった?」
「修学旅行の話、だよね?」
確認のために聞くと、篠田は「そうだよ」と答えた。
なんだ、あっているんじゃないか。
僕は少しホッとする。
けれど篠田は、それでも膨らませたままの両頬をすぼめることなく、「雪ったら上の空!」と怒鳴った。
「そ、そうかな……」
「そうだよ!」
僕は両腕を組みながら、う~ん、とうなる。
たしかに今日はどっちかというと上の空だったかもしれない。というか思えば、正確には昨日の放課後あたりからだと思う。昨夜、どうやって家に帰ったか、そして夕飯を食べたのか、果たしてお風呂に入ったのか。それからちゃんとベッドに入って寝たのかどうか、僕はあんまり記憶になかった。
考え事をしすぎていたのだと思う。
「ごめん、篠田」
「別に謝る必要ないけどさぁ」
篠田はもう一度、「修学旅行、楽しみだよね?」と言ってきた。
僕はうなずく。
楽しみかどうかって言われたら、それはもちろん楽しみだ。普段仲の良いクラスメイトと一緒になってでかけてお泊りをする。楽しみでないわけがないのだろう、たぶん。
けど、昨日の今日で色々引っかかることがあるから、修学旅行のことについては、少しばかり後回しになっていた。
篠田はそれでも僕にいぶかし気な目を向けて来るから、僕は「ほんとだよ、ほんとに楽しみだから!」と必死になる。
篠田はふぅっと息をついて、気を取り直すように明るい声で「明日から、班決めだよね」と言ってきた。
「そうだね」
篠田は僕の濡れ雑巾片手に、「楽しみだなぁ」とくるくるその場でまわった。よほど修学旅行に行きたいのだろう。
篠田は「あ、そうだ」と何か思いついたようにまわるのをやめると、僕のほうを再び向いた。
「私と同じ班になろうよ、雪!」
「いいよ」
言いつつ僕は、彼女の手から雑巾を奪い返して、掃除の続きを始めた。
「雪ぃ~」
「え、な、何?」
何故か篠田が恨みがましそうな顔でこちらを見ている。僕はわけがわからずきょとんとするしかない。
篠田がまた怒鳴る。
「真面目に聞いてよぉっ!」
「えぇっ!?」
こう見えてちゃんと真面目に聞いていたはずなんだけど……。
思わず固まってしまう僕に、ケラケラ笑う声が聞こえた。