エピローグ
朝日がカーテンの隙間から差し込み、その眩しさで目を覚ました。
視界に飛び込んできたのは、何度か見たものの、まだ慣れない天井だった。
ベッド横のサイドテーブルに右手を伸ばし、ブレスレット型の魔道具を起動する。そこに組み込まれた術式が、俺の左腕と左足を制御し始めた。
リゼットの《真理宣言・祝福》。
それは、これまで解き明かしてきた真実の重みに応じて、願いを叶える力を蓄えるものらしい。
彼女はその大部分を消費して、俺の右半身の自由を取り戻してくれた。
けれど、そこまでしても、左半身は今もブレスレット型魔道具による制御が必要なままだ。
おまけに、自分の内側にギフトの力をほとんど感じない。
以前、レインを救った時と同じだ。
《残響記録・調律》の反動で、しばらくは通常の《残響記録》すら使えそうになかった。
ゆっくりと上体を起こした、そのときだった。
コンコン、と扉がノックされる。
「はい」
俺が答えると、ドア越しにエルナさんの声が聞こえてきた。
「ノアくん、朝食の準備ができたわよ」
「凄いな。タイミング、ばっちりだ」
「メイドですので」
まったく答えになっていない彼女の返しに、俺は苦笑しながら身支度を整え、食堂へと向かった。
食堂に入ると、リゼットはすでに席についていた。片手に紅茶、もう片方の手には新聞。朝からずいぶん優雅なものだ。
「おはよう、ノア。今朝の新聞、見る?」
「おはよう、リゼット。ああ、見せてくれ」
リゼットは新聞を畳むと、テーブルの上をすーっと滑らせてきた。
料理の皿を絶妙に避けながら新聞がこちらへ届く。その横で、エルナさんが無言のままリゼットの頭をこつんと小突いていた。
「いたっ」
「行儀が悪い」
「はーい」
相変わらずのやり取りに苦笑しつつ、俺は新聞を開いた。
「これは……」
一面に載っていたのは、『不滅の残火』の一連の事件についての記事だった。
そこには、ガルド・ロックフォードの死は討伐中の事故ではなく、金銭問題を巡るエリシアとジェイクによる計画的な殺害だったと書かれていた。
さらに二人は、真相を知る可能性のあったヴェイルとリュカを口封じのために殺害。
その後、ガルドの高価な装備品を回収するため、封鎖されていたギガントバジリスクの巣穴に無断で立ち入り、ジェイクはそこでギガントバジリスクに襲われ死亡。
エリシアは、偶然近くにいた治安維持局の職員によって救出された――という筋書きになっていた。
記事の端には、エリシアの写真とともに、彼女の供述も掲載されている。
「ヴェイルのギフトのことには触れてないんだな」
「そうだね。そこまで公にする必要はないし、ギフト犯罪の詳細を広めるのは危険だから。世間に出せる形に整えて発表しているよ」
「なるほどな……」
ちなみにエリシアの処遇は、まだ正式には決まっていない。
だが、極刑に近い処罰が下されるだろうという話は聞いている。
「これで、この事件は解決だね」
「ああ、そうだな……」
事件は終わった。
ガルドの死から始まった『不滅の残火』を巡る一連の事件は、これで幕を閉じた。
そして同時に、俺の仕事もここで終わりだ。
ギフト犯罪対策課での、最初で最後の仕事。
リゼットとのバディ関係も、これで解消される。
「エルナ」
「ええ」
リゼットが短く呼ぶと、エルナさんは俺の前に一枚の書類を差し出した。
「これは……」
俺は何気なくそれを受け取り、内容に目を通す。
そして。
「……はぁ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
それはいわゆる請求書だった。
内容を要約すると、こうだ。
リゼットが俺に使用した『真理宣言』の祝福。
あれは本来、リゼットがとある目的のために長い時間をかけて集めてきた、願いを叶えるための力だったらしい。
それを俺のために使用した損失は、非常に大きく、また集め直さないといけないらしい。
よって、その補填として――白金貨千枚。
または、正式にギフト犯罪対策課へ加入すること。
「これ……冗談か?」
「ううん、本気」
リゼットはにこにこと笑っている。
「あ、安心して。最初の契約通り加入してくれるなら、ちゃんと報酬も払うし、屋敷もプレゼントするから!」
「安心できる要素が多いようで、根本的に安心できないんだが」
「待遇は王都最高水準だよ?」
「後半の条件、ほぼ借金返済みたいになってるだろ」
「労働による健全な返済だよ」
「言い方」
満面の笑みで答えるリゼットに、軽い頭痛を覚える。
けれど、ため息をつきながらも、俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「こんなの、選択肢ないだろうが……」
そう言いながらも、俺の心はとっくに決まっていた。
ここを離れる気なんて、もうなかった。
エルナさんからペンを受け取り、俺は契約書にでかでかと名前を書く。
「仕方ないから、加入してやるよ。今日から正式によろしく頼む」
その瞬間、リゼットの表情がぱぁっと明るくなった。
それまで少しだけ緊張していたことに、今さら気づく。
「うん! これからもよろしくね、相棒!」
「ああ、よろしくな。相棒」
俺とリゼットが共に挑んだ最初の事件。
その真実は解き明かされ、事件は無事に解決した。
ただ一つ。小さな謎を残して。
「そういえば、エルナさん」
「ん? なに、ノアくん」
「あの日の夜、俺に言ってくれたよな。戦うことだけ、役に立つことだけが、人の価値じゃないって」
エルナさんと打ち解けた、あの夜彼女は俺にその言葉をくれた。
その言葉があったから、俺は少しだけ前を向くことができた。
だけど、エルナさんの中にヴェイルが入り込んだ正確なタイミングは、結局わからずじまいだった。
だから、確かめたかった。
あの言葉は、本当にエルナさんのものだったのか。
それとも――。
「ふふ」
エルナさんは柔らかく笑った。
「それは、ノアくんに任せるわ」
「え……?」
俺が戸惑っている間に、エルナさんはもうこの話はおしまいだと言わんばかりに、朝食の準備へ戻っていった。
やっぱり、この人にはかなわない。
この謎は、どうやら迷宮入りになりそうだった。
俺は紅茶を一口飲み、今度はリゼットへと視線を向ける。
こちらをきょとんと見つめ返すリゼットに、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「結局、お前は王女さまなんだろ? そんな奴が、どうしてギフト犯罪対策課なんてやってるんだ?」
リゼルディア・セレストフォン・エクセリア。
このエクセリア王国の王女の一人。
そんな人物が、なぜわざわざ危険な事件に首を突っ込み、ギフト犯罪なんてものを追っているのか。
事件が落ち着いた今、ふと気になった。
「うーん、理由はいろいろあるよ」
リゼットは少しだけ考えるように視線を泳がせる。
けれど、すぐにいつもの調子で笑った。
「でも、一番はやっぱり、ギフトによる謎や犯罪を解き明かすためかな」
「それは、なんでなんだ?」
「それはね……」
俺の問いかけに、リゼットは胸を張った。
そして、室内にもかかわらず被っているトレードマークの帽子。そのつばを、指先で軽く摘まむ。
まるで舞台の上で名乗りを上げる役者のように。
得意げに。堂々と。そして、俺を今後も振り回すことを宣言するかのように彼女は言った。
「わたしが、ギフト犯罪探偵リゼットだからだよ!」
まったく、答えになっていない。
けれど不思議と、それ以上に納得できる答えもなかった。
ギフトによる犯罪を追い、謎を解き明かし、真実へ手を伸ばす。
それが彼女なのだ。
ギフト犯罪探偵リゼット――
俺の、新しい相棒で居場所だった。
第一部完結です。
リゼットとノアの物語をここまで見届けていただき、本当にありがとうございました。
まだ回収しきれていない謎や、二人のこれからの物語も構想としては存在しています。
私の執筆方針として、続編となる第二部以降は、本作への反響を参考にしながら執筆を検討しております。
「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや⭐評価、コメントなどで応援いただけると嬉しいです。
皆さまからいただく反応が、物語を続ける大きな原動力になります。
第一部、本当にありがとうございました。




