真相
「つまり、ヴェイルのギフトは、ただ傷を移す力じゃない」
リゼットの声が、凛と洞窟内へ響いた。
「対象の傷を請け負う。その代償として、傷の大きさに応じて、自分の記憶と人格を相手へ受け渡す。
それが、このギフトの本質だよ」
リゼットがこの事件の真相を語り終えると、エルナさんの姿をしたヴェイルは、ぱちぱちと乾いた拍手をした。
「すごいじゃない。まるで見てきたみたいな、完璧な推理だ」
その口調は軽い。
けれど、笑っているはずの瞳の奥には、深く濁った怒りが沈んでいた。
「それで……わたしの推測が正しかったなら」
リゼットの声が、わずかに震えた。
普段の彼女なら、決して見せない弱さ。
そこにいたのは、真実を暴く探偵ではなく、大切な人を奪われかけている、一人の少女だった。
「エルナは、まだそこにいるんだね?」
ヴェイルは一瞬だけ目を伏せ、そして肩をすくめる。
「ああ、そうだよ。あんたの大切なメイドは、あたしの奥でちゃんと生きてるさ。今も、この状況をぼんやり見てるんじゃない?」
「……そう」
リゼットは短く息を吐いた。
「よかった」
その声は、あまりにも淡々としていた。
けれど、俺は見逃さなかった。
細剣を握っていない方の手。
その指先が、抑えきれないほど震えていたことを。
「だからさ」
ヴェイルは、エルナさんの顔で笑った。
「そいつらを殺すまでの間だけ、見逃してくれない? 復讐が終わったら、あたしは消える。体も、このお姉さんに返すよ」
リゼットは細剣を握り直したその手から震えは、もう消えていた。
「それはできない相談だよ」
「なんでだい?」
「エルナの身体で、そんなことをさせるわけにはいかない」
「へえ」
ヴェイルの笑みが、薄くなる。
「じゃあ、仕方ないね」
次の瞬間、エルナさんの体が消えた。
いや、違う。
踏み込みが速すぎて、消えたように見えただけだ。
「力づくでやらせてもらうよ!」
ギン、と甲高い金属音が、洞窟内の静寂を裂いた。
ヴェイルの二振りの剣を、リゼットの細剣が受け止める。
火花が散り、そこから先は、俺の目では追いきれなかった。
右から斬撃。左から突き。低く沈んだ体勢から、跳ね上がるような蹴り。
それをリゼットは受け、弾き、かわしていく。
リゼットには余裕があるように見えた。
彼女が言っていた、真相に辿り着いた彼女の身体能力は、普段とは比べものにならないほど引き上げられている。
なのに。
「どうしたのさ!」
ヴェイルの声が響く。
「なんで反撃してこないんだい!」
ヴェイルの言うとおり、リゼットに反撃できる隙は、何度もあった。
ヴェイルの踏み込みが深くなった瞬間。剣を振り切った直後。体勢がわずかに崩れた一瞬。
それでもリゼットは、踏み込まなかった。
「本気で止める気があるなら、斬ればいいだろ!」
「……できないよ」
リゼットが小さく呟いた。
「あ?」
「エルナの体を、傷つけたくない」
その言葉に、ヴェイルの表情が歪んだ。
「甘いね」
刃が振り下ろされる。
リゼットはそれを受け止めたが、衝撃に押され、大きく後退する。
「その甘さで何が守れるのさ!」
ヴェイルはさらに踏み込む。
「こいつらはガルドを殺した! リュカを壊した! あたしに罪を着せて、のうのうと生きてる! そんな連中を生かしておけっていうのかい!」
「生かしておきたいわけじゃない」
リゼットはヴェイルを見据えた。
そして、強い意志を込めて言葉を発する。
「でも、殺させるわけにはいかないよ!」
「だから、それはこのお姉さんの手を汚したくないって話だろ!」
ヴェイルの声が荒くなる。
「安心しなよ。殺すのはあたしだ。あたしの意思でやる。この体がお姉さんのものでも、罪はあたしのものだ。あんたの大切なメイドは関係ない!」
「違うよ!」
リゼットの声が、一際大きく洞窟内に響いた。
その声に、ヴェイルの動きがわずかに止まる。
「もちろん、エルナの手を汚させたくない。それは本当だよ」
リゼットは細剣を滑らせ、ヴェイルの剣を横へ受け流す。
そのまま一歩、距離を取った。
「でも、それだけじゃない」
「……何が言いたいのさ」
「わたしは、あなたにも殺してほしくない」
ヴェイルの目が、大きく揺れた。
「は?」
「ヴェイル・アディス。あなたにも、これ以上、人を殺してほしくない」
「ふざけるな!」
ヴェイルが吠え、力任せに乱暴な斬撃が振るわれる。
「今さら何を言ってる! あたしはもう殺した! リュカを殺して、お姉さんの体を奪って、証拠を消すためにリュカの体まで切り刻んだ! もうとっくに戻れないところまで来てるんだよ!」
「それでもだよ」
リゼットは一歩も退かなかった。
「あなたは、まだ戻れる」
「戻れるわけないだろ!」
「戻れるよ」
リゼットの声は、強かった。
「あなたは、エルナの体に入ってから一日しか経っていない。それなのに、あなたはノアを見る時、優しい目をしていた」
ヴェイルの表情が固まる。
「わたしを見る時もそうだった。エルナの記憶に引きずられていただけかもしれない。彼女の感情が混ざっていただけかもしれない。だけど、それだけじゃなかった」
リゼットは、細剣をゆっくりと構える。
「あなたの目は、温かかった。そして、どこか切なかった」
「……黙れ」
「本当に壊れきった人間は、あんな目をしない」
「黙れって言ってるだろ!」
ヴェイルが踏み込む。怒り任せの一撃。速く、鋭い剣の軌跡。
けれど、さっきまでのような迷いのない剣ではなかった。
リゼットはその一撃を受け止めた。
刃と刃が噛み合い、二人の距離が近づく。
「あなたはガルドを愛していた。リュカを憎めなかった。エルナを殺しきれなかった。自分がしたことに目を逸らしながら、それでもどこかで分かっていたんだよ」
「何を……」
「自分は、こんなことをしたかったわけじゃないって」
ヴェイルの呼吸が乱れた。
「違う」
「違わない」
「違う!」
「あなたがしたいのは、復讐じゃない」
リゼットは、目を逸らさずに言った。
「ガルドが死んだ意味を、リュカが壊された理由を、自分が生き残ってしまった罪を、どこかにぶつけたいだけだよ」
ヴェイルの剣が震える。
「だったら何だっていうのさ……」
声が、掠れていた。
「あいつらは殺されるべきだ。そうだろ? あんたなら分かるだろ? 探偵なら、真実を知ったなら、分かるだろ!」




